18 魔人とゴーレムの番人
アシュレは少し口を開いたように見えたが、相変わらずあまりこちらの心の準備などを待つ様子はない。溶岩の滝が流れ、溶岩の海に浮く巨大な島のような岩の足場を進んでいく。
いかにもボスが出ますよ、という具合だ。
周囲の溶岩がボコボコと音を荒げ、地面が震えるような音と共に溶岩を纏った岩石が突如として降り注いできた。
「アヤは動かないでください!」
アシュレがそう制止するとこちらへ命中しそうな岩石を剣で斬って軌道を逸らしていく。
近くにいくつかの溶岩が降り注いだがアヤとアシュレに当たったものはなく、最後に巨体な岩石が降ってきたかと思うと、それはゆっくりと立ち上がった。
グリフォンよりも大きい人型のそれは全身から炎を巻き上げるモンスターであった。
おそらくはイフリートと呼ばれる炎の魔神が現れたかと思うと、地鳴りと共に今度は熔岩の海との淵から巨大な岩石の手がこちらへ登ってこようとするように出現した。
本当に2体のボスを差し向けてきたのか!と、アヤも恐怖を隠せずにいたがアシュレは火の玉をその岩の手の方へと飛ばした。
イフリートも意に介さない火の玉はたとえ岩の手に当たったとしても効果はほとんどなかったはずだろう。だが、アヤの目には映っていた。
いつ投げたのか、設置したのか、その火の玉の先にはすでに爆弾があり、火の玉と衝突した。爆音と共に岩の手は堪らず吹き飛びゴーレムが熔岩の海に沈み、灼熱の雫が降り注ぐ。アヤは熔岩の波から離れて避けきれない溶岩はジャストガードして消滅させた。
おそらくはゴーレムは溶岩に落ちてもなんともないだろう。だが、二体ボスがいる状況なのにこのまま各個撃破されてしまっては意味がない。アシュレもそれを理解しているのか、飛んでくる溶岩とイフリートの攻撃を最小限で避けて一気にカタをつけようと攻撃を重ねていた。
アシュレから戦わなくていいと言われたが、そもそもアヤにできることは多くなかった。この溶岩があちらこちらにある足場では高速移動しながらの斬撃は難しく、イフリートの身体からは炎が巻き上がっているのでうかつに近付けず、ゴーレムが来たところで斬撃が通じるか怪しく出来ることがなかった。
アシュレはその炎を纏う巨人の懐でインファイトを繰り広げ、斬撃を浴びせている。その一撃、一撃は決定打には欠けるものの徐々にイフリートの体力を奪っていく。
それはイフリート自身も察していたことだろう。ちょこまかと翻弄するアシュレに対して激しい怒りと覚悟をもった渾身の攻撃は足場を砕く勢いで震撼させると共に地面の所々から炎が吹き荒れ、イフリートが咆哮を重ねると炎は竜巻のように螺旋を纏ってアシュレへと向かっていく。
アシュレは動かなかった。剣を構えて詠唱をしている。剣は詠唱によって赤から白へとボルテージを上げていく。それに呼応するようにしてアシュレの背後には白い光が魔方陣のように紋様が何かを形成するようにして、激しい突風と光を発しながらそこには赤黒い鎧のような鱗を帯びたドラゴンが出現していた。
ドラゴンは出現と同時に炎の竜巻を物ともせずにイフリートへ突進し、体勢を崩させると背をよじって尻尾を叩き付けるようにしてイフリートを地面へとねじ伏せた。
ドラゴンはまた光となって姿を消していく。召喚できる時間は長くはないようで、イフリートは拳を地面へと叩き付けて吠えながら立ち上がろうとした。
だが、その頭上にはアシュレがすでに剣を構えており再度叩き付けられるようにして剣が頭を貫いた。
圧倒的だった。
紛れもなくアシュレが勇者なのだと実感する勇猛な立ち回り、力、技術の全てがまるでゲームのリアルタイムアタックのプレイ動画を見ているかのような鮮やかなものであった。
ゴーレムもイフリートが倒されたことに焦ったのか、気がつくと身体を丸めてアシュレの方に転がるようにして大岩が迫っていた。
二人同時に登場していれば戦況はまた違っただろうか。いや、ゴーレムが溶岩に落ちて戻ってくるまで2分と経過していなかった。それほどまでに早くボスを倒してしまうのであればどちらにせよ、何かのタイミングでボスを分断してしまえばいずれにせよ今と同じになっている。
アシュレは焦る素振りもなく冷静に爆弾を取り出すと、転がってくるゴーレムの近くにある溶岩に向かって投げた。
爆撃により軌道を変えてアシュレはその反対側へと避けると、ゴーレムは止まるように丸まった姿勢を解除したがそのまま倒れるようにして膝をついた。
爆弾は致命打にこそなっていないが、手と脚のような箇所にはヒビが入っていて亀裂から溶岩のように赤く揺らめいている。おそらくは完全には修復できておらず、溶接するように砕けた四肢をくっつけているのだろう。
「アヤも爆弾を投げてください!近付けてはダメです!」
アシュレはそう言って爆弾をゴーレムに投げては火の玉を撃ち爆撃していく。
ゴーレムは堪らず爆撃で身体が崩れてよろめき、すぐさま崩れた岩石が肉体に戻りはするが亀裂がだんだんと増えていき、動きが鈍っていくのが分かった。
アヤは察してしまった。このまま続ければゴーレムは爆弾が尽きるまでできることはないことを。爆弾の残りはまだ十分にあって、いずれはなす術なくゴーレムが倒されることに。
魔王の使者としてアヤにできることはもう残っていなかった。できることは勇者の信頼を得るためにもこのゴーレムに爆弾を投げることしかなかった。
腕の修復が困難になり砕け落ち、胸部に亀裂が入り始めると中に岩ではない青い宝石のようなものが煌めき、弱点なのだと分かった。
アシュレはアヤの爆弾を投げるタイミングに合わせて爆弾を投げる。二つの爆撃によって胸部が大きく砕け散った。
爆撃にまぎれるようにして距離を詰めるとアシュレは剣を鞘に収めたまま叩き壊すようにしてゴーレムの核を撃ち抜いた。宙に青い煌めきが飛散すると共に岩石は主を失い崩れ落ちていく。
アシュレはそれを見て大きく深呼吸をした。
「おつかれさまです、アヤ」
そしてアヤの方を見てそう言った。
「どうにも爆弾の効きが悪いと思いましたが、岩のモンスターではなく、魔法生物が岩を動かしていたのですね。
もうこれ以上の危険はないと思いますが慎重に進みましょう」
神殿の最深部へ辿り着く。
ボスの間を抜けると入口にあったような小さな部屋があり、別の次元にあるのではないかと思うほど先程までの熱気も感じないような神聖な場だった。
階段と祭壇があり、そこには指輪が見えた。アレが遺物と呼ばれる装備なのだろう。アヤはどんな効果があるのか気になりつつも、ふとその神聖な場に似つかわしくない文字が階段の壁に刻まれており目を止めた。
おそらくは誰かが壁を削って書いたものだろう。文字のように見えるがアヤには読めないものであった。古い神殿ともなると古い文字なんかが使われたりしているのだろうか?
指輪を手にしたアシュレもアヤが見ている文字に気が付いたようだ。
「目的のものは手に入れたのです。町に戻ります」
アシュレは指輪を装備せずにただ指で掴んでいるだけだった。祭壇にあるときは高級なものに見えたが、よくみると赤い宝石がねっとりとした色の変化をしていて少し気味が悪い。
なんというか、まるで生きているような印象があったのだ。
「装備しないのですか?」
「これは装備すると生命力を吸われるのです。必要なときに装備します」
「なるほど」
どうやらリスク付きの装備らしいが、当然恩恵も大きいということだろう。今はあまり詮索せずに今度装備したときに効果を探ることにした。
遺物を手に入れたためか、部屋には神殿の入口のようにワープの魔方陣が回転していた。
ワープは神殿の入り口まで転移し、アヤとアシュレは町へと戻っていった。




