15 駆け抜ける刃
向こうも気付いたのか、もしくは奇襲しようとしていたのか。
こちらが気付いたことを察して暗闇から飛び出してきた。鳥のような大きなクチバシ。身体はライオンのように大きな爪が大地を削り、背には翼が生え、尾はサソリのように尖っている。
「グリフォン…です。この道から戻る人がいないのは妙だと思っていたですが、これが原因のようです」
アシュレの表情が一気に険しくなった。私もすぐにエアルマを唱える。威嚇するようにグリフォンの咆哮が轟き、私から注意を反らさんとアシュレは炎を放射して私から離れた。
私でも知っているような伝説の生物だ。こんなにも突然現れるような存在なのか?グリフォンはアシュレの炎に怯むことなく、一歩踏み出すと、翼でその炎を払うように風を巻き上げる。
まるで炎をものともしないその姿はやはり、今まで見たモンスターとは格が違うのだと理解した。
グリフォンの羽ばたきは大気を裂いてカマイタチを起こす。坑道に風の刃が駆け巡るのを寸でのところで私はジャストガードする。
グリフォンもまたこの坑道の中では飛び回るような動きはできないはずだったが、構うことなくアシュレへと飛びかかって壁に身体を打ち付けながらも攻撃の手を緩めることはなかった。
アシュレも暗闇で相手の動きが読みにくいのか、攻めきれずにいるようだ。
だが、注意はアシュレに向いている。私にできることは限られている。無理はせずに、隙を探して攻撃の援護をする…つもりだった。
アシュレも無理に攻めようとはせず、一旦距離を置いているとグリフォンの足元に魔方陣が展開された。魔法も使うのかと驚いたが、魔法作品で良く出る定番ともいえる魔法生物だ。
私はまずいと思ってアシュレに教わったダッシュキックを放った。
「アヤ、ダメっ!」
勢いよく距離を詰めて踏み込んだ足は少し怯んだ程度でグリフォンの体勢を崩す程の衝撃にはならなかった。それどころか、こちらの足が痛むほどに重い。ここまでの大きいモンスターだ、私とは重量が比にならない。
魔法は中断されず、無数の風の刃が宙に巻き起こった。それが私めがけて放射される時、アシュレはグリフォンに飛びかかって背に剣を突き刺した。グリフォンが身をよじり、魔法の狙いが外れ私はギリギリのところで風の刃から逃げることができた。
アシュレはそのまま止めを刺すように、炎を剣にグリフォンを焼き尽くさんとしたが、風の刃はアシュレへと狙いを変え、炎を巻き込んで火炎の刃が炸裂する。
アシュレはそれを防ぐことはできたが、暴れるその巨躯に轢かれるようにのに地面を転がった。
追撃をかけんとグリフォンが向きを変える。キックでは体勢を崩せない、無暗に近付けばアシュレのように轢かれかねない。私にできることは多くない。遠距離から攻撃する手段も、斬撃を重ねるほどの剣術も持ち合わせていない。
立ち止まれば、風の刃や爪で攻撃を受けるかもしれない。立ち止まらずに駆け抜けつつ斬りつける、足りない剣の扱いを身体能力で補う。大したダメージにならなくてもいい。グリフォンの注意を反らしてアシュレの攻撃のチャンスを作らんと、私は坑道を駆けた。
すれ違いざまに剣で斬りつける。
坑道は暗いが壁も床も分かる。私は壁を水泳のクイックターンのようにして蹴り返してまた駆ける。
走る。斬る。壁を蹴る。
走る。斬る。壁を蹴る。
単純だからこその早い動きにグリフォンも私を補足できない。魔法や羽ばたきで風の刃を大量に出されると走り回るわけにはいかないけど、どちらも予備動作が大きいので離れていればガードすることはできる。
それどころか強いモンスターとの戦闘に感覚が研ぎ澄まされていくかのように、焦りを抱えながらも判断は冷静だった。身体が熱い。エアルマの熱がいつも以上に強く感じる。それと同時にジャストガードの虚の瞬間がいつもよりもハッキリと感じられる気がした。
これだけハッキリと認識ができるなら何も防がなくても身を躱すこともできる。グリフォンの攻撃は当たらない。
だが、極度に研ぎ澄ました感覚は負担をかけるのか、数度斬りつけると途端に足がもつれた。
集中力が途切れる。
急に呼吸が乱れ、汗が噴き出すように身体が異常を告げる。
無理をし過ぎたのかもしれないと後悔をする間もなく、グリフォンもその隙を見逃さなかった。
爪が私に振り下ろされんとした時、グリフォンの背後から煌めくような赤と白の光が瞬き、アシュレの一太刀がグリフォンの身を灼いた。
私をかばう様にして抱きかかえたアシュレの身体はその火花に照らされたせいか、髪と身体がうっすら白く光っているように感じた。
「爆ぜるのです…!」
白い火花が散るようにしてグリフォンの身体を灼く一太刀の傷跡は、その火花が連鎖するように爆裂し、光を放ちながらモンスターを灼き尽くさんと閃光が轟いた。アシュレはそれを直視しないように自分の身体を影にして私の視界を塞ぐ。
おそらくまともに見ていたら目に光が焼き付いてしまっていたかもしれない。
倒した…?!って声に出そうとして、フラグな気がしてぐっと堪える。
おかげさまか、しばらくして坑道に巨大な何が倒れて崩れ落ちる物音が鳴り響いた。グリフォンを倒すことができたようだ。
アシュレは私を降ろして、グリフィンの方へ振り返る。私も覗き込むが、やはりもうグリフォンは動くことなくそこに倒れ込んでいた。
「こんなモンスターがいるのは想定外なのです。アヤが気を引いてくれなかったらけっこう危なかったです」
「少し疲れました…」
攻撃は受けなかったが、エアルマの消耗と疲労で足が痛んだ。だんだんとエアルマの動きにも慣れてきたのだろうか?さっきの動きをスキルとして覚えれれば私に足りない火力を補える気がする。
「あれは…?」
アシュレは坑道の隅に何かを見つけて駆け寄った。少し窪んだところに羽で包まれた巣があった。アシュレがその羽を払うと中に卵が3つあった。
グリフォンって身体はライオンみたいだけど、卵生だったんだ?たしかにクチバシあって翼もあったけど…。
なんにせよ、こんな広くはない坑道で襲いかかってきたのは卵を守ろうとしていたからのようだ。卵があるということは雌であり、もしかして雄も近くにいるのだろうか?連戦はさすがにしんどい。戻ってくる前にここを離れるべきだろう。
アシュレに近寄ろうとした時、地面の影が揺らめいた。振り返ると、先制のリングが発動しグリフォンがまだ生きていたことを知らせた。卵を守ろうと執念がそうさせたのか、グリフォンの頭が巣を漁るアシュレを見据えている。
「アシュレ!」
たしかに倒れていた。だが、消滅はしていなかった。声をかけたときはすでに遅く、掠れた叫びを上げながら、大地を掻き、アシュレへと飛びかかる。
私は無意識に近いほど先制のリングが発動した時点でエアルマを発動し、グリフォンへと斬りかかった。動きはもう止められない、私の攻撃では致命打にはならないかもしれない。
―――首を落とせ。
メレディスの言葉を思い出していた。首を斬れればそのまま消滅を狙えるかもしれない。グリフォンも卵を守ろうと、アシュレしか見ていない。
突き立てるようにして剣は、首元であったためか、思ったよりもすんなりと肉体を貫いた。グリフォンもさすがにそれには仰け反るように体勢を崩して壁へと衝突する。
その衝撃で振り落とされないように突き立てた剣にしがみつくように力を入れた時だった。その衝撃とは別に背中に何かがぶつかったような感覚がした…。
「アヤ、離れて!」
炎を纏った剣撃が私の背中にある何かを斬り裂く。アシュレの焦燥した表情が私の目にすれ違った。グリフォンはもう動かない。いくつかのパーツを残してバラバラに霧散していく。
そのドロップ品とも言える残ったパーツの中には私の背を刺したサソリのような尻尾が足元に転がっていた。
これ…間違いなく毒があるんじゃ…。
エアルマはもう解除したはずなのに、身体の熱が引かないどころか、さらに熱くなるのを感じた。目の前が赤くなるのとは別に黄色と緑が視界の色彩を点滅するように乱暴に吐き気を呼ぶ。
気が付くと私は地面に倒れ込んでいた。痛みはない。ただ熱さと気持ちの悪さが増して、アシュレの声が右や左にぐるぐる回るように鳴り響いて何を言っているか理解することができない。
意識が途切れそうになる。ポーションを…ここで死んだら魔王城に戻ってしまう。そんなわけにはいかなかった。
「こっちだ、仲間がグリフォンの毒を受けた!手を貸してください!」
途切れ途切れではあったが、アシュレが誰かを呼んでいる?坑道の先の道から誰かが来たようだった。橋が落ちて取り残されていた人間がグリフォンが倒されたことでここへ来たのだろうか…?
意識を保とうと、どうにか動こうと足掻いたが、抵抗虚しく私は気を失った。
(7/6):更新が遅れていますが、少しリアルが忙しいことと、次話の演出に関して少し悩んでいるためもう少し時間がかかります。もう続きを書いていないというわけではないため、お待ちいただければと思います




