13 私が神殿のボスを?
「ハァーハッハッハッハ!!」
城の玉座に、魔王の笑い声が響き渡った。
魔王は私が勇者の仲間に入れたと知って愉快だと笑ったのだ。
魔王からの命を受けて、勇者の情報を集めることになって3日目の朝。
まだ日も出ていない深夜に私は宿を抜け出した。昨日戦闘訓練をアシュレとしていた郊外に出て、黒い羽を取り出す。
魔王城へと転移すると、例の部屋に着地した。メレディスはいない。
まあ常にこの部屋にいるわけじゃないだろうし、そのうち来るだろう。
机の上にある本を開いてみる。
魔王城にある書物、どんなものが書かれているのだろう?と思ったが、読むことのできない言語だった。もともとゲームだったせいか、言葉や使われている文字はずっと私の世界と同じだったはずなので珍しい。
埃と蜘蛛の巣が酷い。
ホウキとかがあれば一度掃除したいとこである。
一応、鉄格子も開けようとしてみたけど、開かなかった。
少しして扉の鍵を開ける音がした。私はメレディスに連れられて魔王城を歩く。前回は転移して見れなかったが、魔王城は広い。通路も無駄に広い。
だけど、あまりモンスターがたくさんいる、というわけでもないっぽい。
出払っているのだろうか?
そして玉座に辿り着く。魔王の前で礼をする。恐怖なのか、やっぱり魔王と言うだけあってオーラのようなものがあるのか、ここに立つと心臓が少しうるさくなる。
「報告せよ、勇者の情報はどうかのぅ」
「…はい、私は勇者と接触し、情報を探るために仲間となって今は旅に同行しています」
私は街に転移されてからの事を話した。
アシュレの仲間になったこと。
今はエルノマハという街にいること。
仲間はいない。龍の剣を扱い、炎に特化した剣士であること。
順調に情報が集まっていることと、仲間として忍び込めていることに気に入ったのか、ひとしきり笑った魔王が、続けた。
「よいのう。なんとも愚かな勇者よ。
正直に言うとだ、貴様の働きにはそれほど期待もなかったのだがの。
なかなかに愉快な話だったぞ。
してメレディスよ、エルノマハの街から近い神殿はどこだ?」
「あそこには鉱山があるねぇ。そこに神殿があったはずだよ」
「であれば、そこへモンスターを差し向けろ。阻止せねばならん」
「あそこは土と火の影響が大きい。そこで力を発揮できるモンスターを優先して向かわせます」
「人間よ、勇者は炎に長けていたと言っておったな?」
「は…はい!」
「他に仲間を連れて行く可能性はあるかのぅ?」
「なさそうに思いますが、私に知らされていない可能性はあるかもしれません」
昨晩の夜の稽古の時に、たしか誰かの名前を…。
「リリア…?」
「おや?それは魔法使いのリリアのことかい?」
「分かりません…。でも勇者がその名前を一度口にしたことがあった気がします。仲間なのですか?」
「それを調べるのはお主の仕事だろう?なぜ勇者は一人で神殿を回っているのかは聞かなかったのかい?」
たしかに、不思議だった。
私のような人間を仲間にするにもかかわらず、勇者は一人で旅をしていたのだ。他に誰も同行してくれなかった、というわけでもないだろうに。
「まずは、勇者の信頼を得ることが何よりも重要と考えました。
あまり深く探りすぎて怪しまれては元も子もありません。
仲間として同行できるのであれば今後はずっと勇者の情報を何かしら手に入れることができるはずです」
私はそう言い訳しながら、もう一つの懸念も話すことにした。
「魔王様…、たしかに勇者は炎に長けた剣士でしたが私が見た勇者の戦闘はほとんどのモンスターを一撃で倒しています。おそらくはアレが全力であるとは思えません。
私が単純に他の魔法を使えるのを見ていないだけかもしれません」
「…なるほどのぅ。
メレディス、イフリートデビルに準備させよ。
奴に今回の神殿への進軍を指揮させるのじゃ」
「かしこまりました、魔王様」
イフリート…確かに強そうだけど…
ゲームとかだと炎の魔人っぽいのだよね?
炎を扱うアシュレに優位に立てるんだろうか?
そんなことを思っていると、魔王が私を見ていた。
「待て、メレディス。異世界からの人間ならば我々とは違う判断を下すやもしれぬ。貴様なら勇者を倒すためにどのモンスターを差し向けるか、一応聞いてみるとするかのぅ?」
「え?」
いや、知らないし。
どんなモンスターいるとか分かんないし…。
私の意見を聞く気があるのは多少なりとも魔王からも信用を得られているだろうか?だが、ここで判断を間違えたら、また何を言われるか…。
「私は、この魔王軍にどんなモンスターがいるのか知りえません。
熟知している魔王様の判断が相応しいかと…」
「メレディス、アレを人間に見せろ」
「よろしいので?」
「かまわん」
メレディスはそう言われて、一冊の本を取り出した。
「これにはこの魔王城にいるモンスターの情報が載っている。
イフリートデビルというのはコレだねぇ。
他にお前なら選ぶというモンスターはいるかい?」
つまりこの魔王軍の総戦力が載っている本…?
それを私が見ていいものなのだろうか。本を受け取る手が震える。いや、この情報を勇者に流したりするメリットはたしかに私にはないのだけど。
だが、思ったほど詳細なステータスなどが載っているわけではなかった。
ところどころ読み取れない文字も多く、読み込んでもこれでは敵の挿絵でどんなのがいるかを簡単に把握することしかできないだろう。
パラパラと本をめくる。おそらく鉱山があること、土と火の神殿と言ってることから火山系の場所になるだろう。
それならば…と、目当てのボスを探すとすぐにそれは見つかった。
私が探したのはゴーレムだった。
炎に強く、土の影響を得て、物理にも特化したモンスター。おそらくではあるが、勇者はスピードタイプの剣士なはずだ。岩系の防御も高い敵と言うのは戦いにくいはずである。
ふと、昨日の勇者が私を抱きしめてくれた夜のことを思い出した。
こんな異界の地に来た行く当てもない人間に手を差し伸べてくれたアシュレ。
もし本当に、魔王が私の意見を聞いてくれるならば、弱いボスを選んで勇者に肩入れすることも可能だろう。
…いや、何を考えているんだ私は…。
あんまり妙なボスをここで選んでせっかく得られそうな魔王の信頼を失うわけにはいかない。
なによりも視界の隅に結晶化したカナの姿が光る。バカな考えをしている猶予はない。
だが…、私が勇者の仲間になった途端にいきなり強敵を差し向けたら勇者に何かを疑われる可能性はあるのだろうか?
それにゴーレムは動きが遅い。攻撃手段さえあればスピードタイプの勇者にとってそれは逆にただのサンドバックにしかならないだろう。
考えがまとまらない。良く分からなくなってきた。
「ロックゴーレムか…なるほどねぇ」
考えあぐねていると、メレディスが私がゴーレムのページを見ていることに気付いたようだ。
「いえ…確かにイフリートデビルは勇者の炎攻撃に強いかもしれません。
ですが勇者もまた炎には耐性があると思うのです。
炎に強く、物理に強いゴーレムの方が攻撃面、防御面でもいいのではないかと思ったのですが…」
「なるほどのぅ、メレディス。イフリートデビルとロックゴーレム。どちらも準備させろ」
「かしこまりました、魔王様」
私は報告を終えて、また転移の部屋へと戻る。どっと疲れが出た。
まだ勇者と行動を共にして3日なのだ。
現状の情報ではまだ何ができるのか判断しにくい。
「メレディス、瀕死になった時に猶予がある時と、すぐに霧散する時の違いはなんなのでしょうか?」
「肉体の損傷によって瀕死になる、その損傷の程度によって消滅までの時間が変わるねぇ。毒なんかでも時間がたてば消滅するんだよ」
「損傷が大きいほど蘇生するのが難しくなると…」
「首を落とせ」
首…?
「損傷度に関わらず肉体を消滅させる急所がある。
首をはねるか、胸部を大きく失うような攻撃を受けるとその生命を消滅へと導く」
やっぱり迷宮系ゲームの影響は受けているのだろうか?
即死系のスキルの概念もありそうだ。
「もしダンジョンなどで勇者が瀕死で生きている場合は首を斬り落とすがいい。そうすれば消滅するはずだ」
「わ…分かりました」
私は今回の話で気になったことがもう一つあり、メレディスに問う。
「もう一つ聞きたいことがあるのですが…」
「なんだい?」
「あなた方は勇者がドラゴンの剣を持っていること。ドラゴンから力を与えられ、剣を強化していることはご存じだったのですよね?」
剣のことや森でのドラゴンの話をしても特に反応はなかった。なによりも森のドラゴンは魔王軍の手のモンスターに襲われていた。知っていたはずなのだ。勇者が特別な剣を持っていること、それを鍛えるためにドラゴンのいる元に向かっていることを。
「そうだねぇ、それは知っていたよ」
「では…なぜ、前に勇者の情報を聞いたときに教えてくださらなかったのですか?!」
メレディスはゆっくりと振り返った。私に近づいてその手を私の顔にそえた。
「いいかい?この際だからハッキリと伝えておこう。
魔王様も言っていたことではあるが、我々はお主だけにそれほどの期待をしているわけではないのだよ。お主の働きがなくともこちらはこちらで様々に動いておる。今回の働きは想像以上ではあったが、期待以下だったときはもう一人の人間が犠牲を払うだけの事…」
「なっ…」
「お主が本当の事だけを話すとは限らんしねぇ。
お主が勇者を倒すための重要なカギであるなどと過信しないことだ。
こちらの知っている情報と違う報告などがあれば裏切ったとみなすであろう」
魔王はどうだか分からないが、このメレディスという魔術師は思った以上に警戒心が強い。そのくせ、こちらの問にはあんがいしっかりと答えてくれたり、扱いが手荒だったり雑だったりするわけでもない。腹の底が未だによく知れない。
骨の手は頬に冷たい感触を伝えてくる。下手な嘘などはこれからも吐くことは許されないのだろう。
「どのみちドラゴンたちとは前の魔王復活の際に対立した相手だからねぇ。勇者との関係がどうあれ、警戒すべき相手だよ」
「メレディスは…100年前の時には居たのですか…?」
「………」
先代の勇者、スティレットを見たことがあるのだろうか?
人間なら難しいだろうが、魔族であるならそのくらい生き永らえている者がいてもおかしくはないはず。
「余がこの魔王城に来たのは先代の魔王が倒されたあとのことだ」
「そうですか…」
転送するいつもの場所へ着く。そんなには経っていないはずだが、早めに戻らなければちゃんと睡眠も取れないし、最悪アシュレに宿を抜け出したことがバレるかもしれない。今は少しでも怪しまれずにいるべきだ。
「分かっているとは思うが、勇者の仲間になったからといって肩入れしすぎないようにねぇ」
「もちろんです、信頼を得るために出来る限り勇者の味方はしますが、それは今後も近くで情報を探れるようにするためです。
その心配はいりませんよ」
そう答えつつ、私はメレディスの方へと顔を向けることができず、転移の魔法陣の上へと移動した。
街の郊外へと戻って来る。
薄く空が明るくなり始めていた。急いで戻ることにしよう。
また、寝坊するわけにはいかない。そうは思ったが、慣れない世界の環境。戦闘訓練。魔王城への報告への緊張。疲れは蓄積してきていた。
そして、アシュレに起こされるまではぐっすりと眠ったのだった。




