11 迷子とアイスクリーム
魔王城から転移して2日目の夕刻。
日も沈み始め辺りは茜色に染まり始めた。
ギルドで妹の捜索クエストを貼りだし、防具店にも寄ってみる。そこで分かったことは装備を付けれる制限。
武器:白刃剣
鎧?服?盾?:勇者のお下がりライトアーマー
アクセサリー:先制のリング
装備出来るものはこの3枠しかないようだ。
ファッション用の装備というものと、冒険者用の装備というものが分かれているらしく、ファッション用の指輪はいくつでも付けれるようだが、冒険者用の指輪はどれかを外さないと指に透明な壁でもあるかのように付けることができなくなる上、ネックレスなども付けれないようになっていた。
先制のリングを外せばネックレスなども付けれるかもしれないが、私には先制のリング以上に相性のいい装備は存在しないだろう。
またガントレットや盾があり、腕装備があるのかと思ったが、これも鎧の枠なのだそうだ。鎧を脱いでファッション用の服などを着て、この盾やガントレットを付けることで多少の耐性を上げつつ、速度を維持できるのだという。
けど、アシュレのお下がりとはいえこの鎧も相当いいものだろう…。とにかく装備の種類が分かったのは一応収穫だったと思う。
それにしても3枠って少なさ過ぎない?
普通はアクセサリーとかだけで2枠くらいありそうなものだけどね。
そろそろどこかで夕食を食べていくか、何かを買って宿で戻って食べるかしよう。そう思いきょろきょろと街を見ながら帰路を歩くと女の子が一人、同じようにきょろきょろしてるのが見つかった。
親とはぐれたのだろうか?
まさかね。と、思っていると子供の目から涙がこぼれた。
「お父さんとお母さんは?はぐれちゃったの?」
「…わからない」
「迷子になった時に連絡先とか書いてあるのとか持ってる?」
「…わからない」
ていうか、よくよく考えたらこの世界ケータイも電話もないじゃん…。
住所とか書いてあるのは持ってるのかな?と思ったがそれ以上に混乱しているのか、全部わからないと返されそうだ。
というかよく分からない質問をしたせいで余計に不安にさせてしまった気さえする。
「私はアヤ。あなたの名前は?」
「アヤ?」
「そうそう、名前教えてくれる?」
「ナナカ」
「ナナカちゃんだね。一人で来たわけじゃないよね?」
「うん」
「お母さん?」
「うん」
「分かった、じゃあ一緒にお母さんを探そう。お母さんの名前は?」
「お母さん」
うーん…?
少しづつこっちの警戒も解けたのか返事はしてくれるけどいまいち要領を得ない。確か少し戻った広場に衛兵さんがいたはず。彼らに任せれば大丈夫だろうか?
私は子供の手をひいて広場に戻ろうとした。
だが途中で子供の脚が止まり腕が伸びる。
どうしたのかと、ナナカちゃんを見ると広場に出ていた屋台のアイスクリーム屋さんに目を奪われていた。
『まあ…アイスクリームくらいならいいかな。私のお金ではないけど…』
少しの罪悪感を覚えながら私はアイスクリームを買うことにした。
「はい、いらっしゃい
美味しい美味しいキャンディアイスクリームはどうだい?1個50Gだよ!」
10万あるから余裕ではあるんだけどアイスにしては思ったより高いな…。
ていうかアイスにキャンディ入ってるの…?
舐めてる間に溶けそうだけど?
「2個ください」
とはいえナナカだけに買うと気兼ねしてしまうかもと思い、自分も食べることにした。
「アヤ、ありがとう!」
まあ喜んでくれたならよいでしょう。
あとキャンディーは想像と違って小さく砕けたザラメのようなものがアイスに混ぜ込んである感じでお洒落だった。クリームにパリパリとした触感と程よい甘み。思ったよりもすごく美味しい。
「あっ!」
ナナカちゃんは急に走り出した。向かった先にいたのはお母さんらしき女性と、アシュレがいた。
「わ…アヤ?」
アシュレも私に気付いて、驚いていた。
ナナカちゃんはお母さんに走りよって、抱きかかえるように受け止めた。おそらくアシュレはお母さんと共にナナカを探していたのだろう。
見つかって良かった。
思わず微笑んでしまう。
「あのねー、お姉さんがアイス買ってくれて、一緒にお母さん探してくれてたの」
それを聞いて母親は私を見てペコペコと頭を下げる。
「お姉さん、ありがとう!お母さん見つかった!」
「うんうん、良かった。今度ははぐれないように気を付けてね」
ナナカちゃんの頭を撫でて、手を振りながら母親と帰っていった。
「迷子の子を面倒をみていたのですか?優しいのですね、アヤは」
「それはアシュレもでしょ?」
「………そうですね」
少しだけ表情が暗くなった気がするけど、気のせいだったかもしれない。
「アシュレ」「アヤ」
私たちは同時に名を呼んでしまった。
「あぁ、ううん。アシュレから先に話して、どうしたの?」
「いえ、妹さんの捜索はどうだったのかなと思ったのです」
「…ギルドに捜索のクエストは出してきたから何か分かれば連絡が来ると思う。けど、現状だと収穫は何もないかな…」
「そうですか…。アヤは何を言おうとしたのですか?」
「えっと、アシュレにお願いがあるんです。
明日向かうという神殿に一緒に行ってはダメでしょうか?」
勇者はそれを聞いて「うーん…?」と、唸る。考えるということは連れて行ってもらえる可能性があるのか、ただ単純になんで?って思っているだけなのか。
「とりあえず、理由を教えてください?」
「この街にいるかどうか、それすらも分からない妹を探すにしてもできることは限られています。
捜索のクエストを発注するにしても報酬金が多い方が力を貸してくれる人は増えることでしょう。ですが、いつまでもアシュレに頼ってばかりではいられません。
アシュレの戦いを学んだり、私もモンスターと戦って素材やこの先、自分で戦っていける力を身に着けたいです!」
アシュレは私の話を否定しない。ずっと考え込んでいるようだった。
「…うん。確かに報酬金を上げたいと言うなら私がお金を工面することはできるです。でもそれはあなたの今後のためにならないですね…」
「では…!」
「…でも危険が付きまとうのです」
アシュレは足を止めてじっと私を見る。
「森にいる野生のモンスターはまだいいのです。
何かあっても守れると思うのです。しかし神殿へ行くというのは野生ではなく、魔王軍の手のモンスターとも遭遇するということなのです」
アシュレは私の胸に軽く拳で叩いた。
「おそらく今日以上に怪我をするです。私が守り切れるかは分からないのですよ」
「…それでも、いつまでもアシュレに何から何まで助けてもらう自分を許せないです」
勇者の情報を得るための建前ではある。
だけど、本心でもあった。結局ついて行くことになれば、それはそれでアシュレに迷惑をかけることになるのはわかってはいた。
それでもこのままずっと街から街へ行くのにアシュレに護衛。アシュレが神殿に行っている間の宿代と食事代もこのままではアシュレが出しかねない。一方的に恩を受け取るというのが私はどうにも苦手だった。
いや…もしかしたら罪悪感に耐えることができなかっただけなのかもしれない。
「…わかったのです。ただしこちらからも条件があるのです」
「は、はい!」
「夜に特訓をしようと思うのです。
夕食を食べましたか?まだでしたら食事が終わって少ししたら戦闘の稽古をします。今日の森の戦闘で気になったこともありますし、教えることはたくさんあるのです」
「そ、それはむしろ嬉しい提案ですが…またアシュレに迷惑をかけていませんか?」
「少し脅してしまいましたが、実は森でのアヤの戦闘は悪くなかったのです。
この辺のモンスターなら倒せない敵はいても、逃げたり、立ち回ったりすることくらいは問題ないレベルです。しかし神殿に行くのであればもう少し自分の身を守れる術と、できることが増えた方が私としても助かるのです。
そういうことですので、特訓を受けてもらうことを条件とするのです」
「ぜひお願いします、師匠」
アシュレは少しだけきょとんとした。
「…弟子をとったつもりはないのです」
「なんとなくそう呼んでみたかったんです!」
アシュレは少し微笑んだ。いい人なんだなって思う。
そう思うたびに私は自分の心にナイフを突き立てる。
…分かっている。
でも、それが私のやるべきことだ。




