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3.優秀じゃないのに憧れられても困るだけ

特殊警察学校とは、将来特殊警察になることを目標としている人間や、未成年の能力者を養成する機関のことである。

僕とナノは特殊警察学校を経由せず直接特殊警察に採用されたためなんの関わりもないが、鈴香はここの卒業生なので知り合いが何人かいるらしい。

おそらく後輩と思われる女の子たちに囲まれて楽しそうに話している。


僕の方は教師の方たちと形式的な挨拶を済ませ、僕よりも退屈そうにしているナノを引っ張って一足先に試験会場の体育館に向かうことにした。

体育館では試験前の生徒たちが各々ウォーミングアップの運動をしていた。

遠くの的に能力を当てる者、サンドバックに目にもとまらぬ攻撃を打ち込む者など方法は様々だ。


「能力者の学校って初めて来たけど、結構設備も揃っているんだね」

「どうでもいい。早く帰ろう」

「まあそう言わないで。ほら、お菓子」

「わーいお菓子だ!」


その辺で遊んでいる幼児より頭の悪そうなナノを50円のお菓子で黙らせて見学を続ける。


「あそこの女の子、相当やるね」


体育館の隅の方で一対一の模擬戦をしていた女の子と男の子を見つけた。

糸を巧みに操って同年代くらいの男の子を圧倒している。

それも彼女が今戦っている男の子が特別弱いというわけではなく、この体育館内にいるどの生徒と比べても頭一つ抜けているのだ。

即戦力になりそうな彼女を見て強く興味を惹かれた。


「ナノはあの女の子、どう思う?」

「...今のあの子とやってもナノが負ける可能性はゼロ」

「だろうね。でも数年後なら?」

「わからない。けど必ず強くなる」


ナノはよく直感で人を評価したり行動したりするのだが、その直感を僕は信頼している。

清々しいまでに根拠はないが、これまでに異常なまでの実績を残しているからだ。

隠れていた伏兵をなんとなくという理由で回避したり、迷宮のような建物に閉じ込められた時も閉じ込められたことに気づくよりも先に脱出して来たり。

いろいろと人間離れした超直感を発揮してきた。


そんなことを考えていると。


「参った。綾音。俺の負けだ」

「...」


模擬戦がいつの間にか終わっていた。

最後まで糸使いの女の子が圧倒して、糸で両手両足を固定された相手の降参で終わった。

きっと試験でもめざましい活躍をしてくれるだろう。


「綾音、か。試験が楽しみだな」


生徒の練習風景を見た感想をそのままナノに伝える。

しかし返ってきたのは冷ややかな視線。


「...顔がいやらしくなってる。そういうのはナノに対してだけにして」

「い、いやらしくなってないだろ!? なってないはずだ!」


突然不機嫌になったナノを宥めることはできずに、特殊警察学校の実技試験は始まったのだった。






「それではよろしくお願いしますね」


学年主任の先生からの説明が終わった。

どうやら座って採点をするのが今回の仕事らしい。


現役の特殊警察に見てもらうことでいつもより緊張感を高めて試験をさせることが今回の目的だそうだ。

鈴香なら心配ないだろうが、ナノと僕は威厳なんて言葉は無縁の存在だ。どうしようか。

自然に、僕の隣の席に座っているナノに視線を向けた。


「特殊警察採用試験で98人抜きをしたナノさんですよね! 実はナノさんに憧れて特殊警察を目指しているんです。よかったらサインをください!」

「ずるい! 私も私も」

「ん。くるしゅうない」


ナノはサインを頼まれたり、握手を求められたりしてたくさんの生徒に囲まれていた。

意外にもナノは有名人のようだ。

それはもちろん構わない。構わないのだが...


「鈴香! 僕の周りに人がいないからって、かわいそうなものを見るような目を向けるのはやめろ!」

「... 帰ったら美味しいもの作ってあげますね」

「いらない! そんな同情から作ってもらったご飯なんて美味しくないから!」


鈴香とそんなおしゃべりをしていると、先ほど綾音と呼ばれていた少女に声をかけられる。


「班長の黒銀さんですよね? 私は歌町 綾音といいます。急で申し訳ないのですが、お願いがあります」

「なんだい? 頼みの内容によるが、できる限りの努力はするよ」


「私を班に入れてください!」


それは突然の申し出だった。

特殊警察の各班長には班員の指揮権とほかに、特殊警察に推薦する権利が与えられている。

歌町 綾音と名乗った糸使いの少女は、僕にその権利を使わせて採用試験を受けることなく特殊警察になりたいということなのだろう。


「僕は構わないけど...実はさっき君の戦いぶりを見せてもらったよ。あれだけの実力があれば採用試験を受けて班長になることもできるだろう。それでも僕の班に入ることを望むのかい? 個人的にはそっちの道をオススメするけど」

「ありがとうございます。ですがご心配には及びません。私は少しでも早く能力者たちを殲滅したいのです。班長を目指しているわけではありません」


戦闘狂...というわけではないだろう。

たぶん'怨み'だ。

私怨が動機で特殊警察に所属するケースは珍しくない。

人口だけでいうと能力者は全体の1パーセント以下と、少数ゆえに性格まで選り好みしている余裕はないという理由で重い犯罪歴さえなければあとは実力次第で特殊警察になれる。


だから彼女の優秀さを考えれば、過去は問題ない。

犯罪歴については帰ってから調べるとして...

"採用"、と僕の喉まで出かかったとき、


「待て!」

「茂?」


一人の生徒に止められる。

綾音は戸惑った表情を浮かべると、まず僕の様子をうかがう。


「試験時間まで時間はまだある。こっちの話は後でもいいよ」


僕がそう言うと、綾音は茂と呼んだ男の子に向き合う。


「何の用?」

「いや、えっと...」


どうやら茂は呼び止めた後のことを考えていなかったようだ。

何かを喋ろうとするが上手く声になってない。

綾音がとうとうしびれを切らす。


「何もないなら私はこれで...」

「ま、待て! 試験で俺と勝負しろ! 俺に勝てなかったら俺が黒銀班に入る!」

「...いいわ。どうせあなたを倒す程度の実力がなければ黒銀班には入れない。あなたが班に入れるかは黒銀班長次第だけど、その勝負受ける。黒銀班長も、もし今日の試験で私が負けたらさっきの話は無かったことにしてください。勝手を言って申し訳ありませんが、必ず勝ちますので」

「別にいいよ。むしろ班員の実力が観れるなら、こっちからお願いしたいくらいさ」

「な、何やら試験監督の仕事が大変なことになってきましたが、採点だけは忘れないようにしてくださいね」


鈴香の注意を聞き流しつつ試験が始まるのを待った。






試験は一対一の模擬戦方式で順調に行われていった。

勝敗という結果だけでなく動きの良さや技の完成度も採点しなければいけないため一時も目が離せない。

生徒たちの戦いを真剣に採点しているうちに綾音と茂の番が回ってきた。


「油断はしない。容赦もしない」

「ああ。最初から期待してねえよ!」


仕掛けたのは茂の方だった。

一瞬だけ手を広げたと思えば、次の瞬間には日本刀を握っていた。


「剣を取り出す能力かな?」

「そのようですね」


「せいっ!」


鋭い刃が綾音に届いた、かと思えばその刃はバラバラになって地面に落ちる。


「私の糸は鋼鉄も紙のように切り裂く。それくらいわかっているでしょ?」

「ああ。そっちこそ俺の刀が無限に作れることを忘れたわけじゃあないよな!」


2本目、3本目の刀が茂の手に現れて振るわれたかと思えば、綾音の糸によって数秒で砕かれる。

だが茂も負けていない。綾音から飛んでくる糸の攻撃を次に出した剣で両断する。

ぷつりと切れた糸は綾音という主人を失って地面に自由落下する。


「後輩の子に聞いた話ですが、茂君は学年2位の実力だそうです」

「なるほどね」


鈴香の情報にうなずいて返す。

綾音ほどではないが茂も即戦力になり得る強さを持っていた。


糸が茂の死角から蛇のごとく襲いかかる。だが茂もこれに気づいている。


「竜宮の一閃!」


自分の周囲をなぞるように剣を振るい、全方位から襲いくる糸を断ち切った。

しかし上をいったのは綾音だった。


いつからか一本の糸が地面に茂を囲むように置かれていた。茂はそれに気づいて上に飛ぶが、もう遅い。

糸はやすやすと茂の足を絡めとり、足の自由を奪われた茂はなすすべもなく次々に両腕を拘束され、口と指先以外動かせなくなった。


「勝負あり!」


審判の先生が叫んで、今日最後の試験が終わった。


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