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2.自称妻ってただのメンヘラじゃん、でも可愛いから許す

黒銀班副班長は人間ではない。


その事実を知っているのは黒銀樹と本人だけである。

名前はナノという。

これは無いと不便だからという理由で樹が与えた名前で、ナノの親個体がつけた名前では無い。

彼女は超能力が世界に出現したその翌日に樹の前に現れ、以来ある理由から樹と共に行動をしている。

生活するために必要な知識はなぜか最初から揃っていたが、たまに間違った知識のせいで周囲を困惑させることがある。


そして今回も、その間違った知識のせいで僕はナノに振り回されていた。


「樹。コウノトリに会いに行こう」

「はあ?」


先の作戦で発生した始末書の対応に悪戦苦闘している最中に、ナノがこの辺りの観光地について書かれた旅行雑誌を僕に向かって突き出すように見せる。

よく見るとサブタイトルには自然公園特集と書かれてあった。


「第8区自然公園に数年ぶりのコウノトリ復活?」

「そう、行くなら今がチャンス」


目をキラキラさせて上目づかいで僕を見てくる。

見た目はやや幼さを残しつつ人形のように整った顔をしているから、10人中10人が美少女と形容するだろう。

けれど人外だ。しかし可愛い。

言っていることはさっぱりわからん。しかし可愛い。


「2人で何を見てるんですか?」


近くにいた鈴香も興味を持ったのか寄ってくる。


「いや、僕も何が何だかさっぱり」


説明を求めようと問題の少女に視線を戻す。

するとナノは頰に手を当てて照れくさそうにモジモジし始めたかと思えば、


「そろそろ、樹との赤ちゃんが欲しいから///」


『は?』


僕と鈴香は、ナノの言っていることが理解できずにその場で固まる。

しかし、ナノとの付き合いがそれなりに長い僕は鈴香より先に自分が納得する答えを出せた。


「ああ、あれか。ヨーロッパのコウノトリが赤ちゃんを運んでくるっていうイメージをナノがいつもみたいに誤解して、赤ちゃんはコウノトリに会えばもらえるっていうベタな勘違いをしたのか」


我ながら完璧な回答だと思ったが、ナノは首を横に振った。


「少し違う。コウノトリが見ているところで生殖行為をすることで夫婦は子供を授かることができる」

「どんな変態行為だよ!」


ナノの全てを理解する日はまだまだ遠そうだ。


こほん、と鈴香がわざとらしく咳をして妙な空気を切り替える。


「まあ、ナノさんが変なのはいつものこととして、明日は休日ですからたまには出かけたりしませんか?」

「それは良いアイデアだな。ぜひ1人で言ってきてくれ」

「何言っているんですか。休日だからって1日中家にいたら病気になりますよ!」


そんなはずはない。

反論しようとしたが、鈴香は自分が信じたものを決して曲げない性格だし無駄だろう。


「なら、3人で明日自然公園に行こう」

「そうしましょう。私はお昼ご飯にお弁当を作っていきますね」


「そうか。けど残念だが僕は明日大事な用事があって...」


「え? まさか私に逆らえると思っているのですか?」


およそ部下らしくない不敵な笑みを浮かべる鈴香に、僕は嫌な予感を感じずにはいられなかった。






「まさか、本当に公園にくることになるとは...」


来ないと二度と仕事を手伝わないとまで言われてしまっては、さすがに選択肢は無かった。

僕の「せめて近場にしてくれ」という懇願で、行き先が一番近い公園になったのは不幸中の幸いだろう。

公園内は休日ということもあってあちこちに人がいて、それなりの賑わいを見せている。


「天気も良くて今日はピクニックには最適ですね」

「そうか? こんなよく晴れた日は1日家にいるべきだと僕は思うけどね」

「樹さんの場合は天候関係なく1日家にいるでしょう」


最近珍しくなくなった鈴香の冷ややかな視線をやり過ごし、もう一人の同伴者の方をみる。


「夫婦水入らずの空間に他の女を連れ込むなんて、樹ってば大胆。でもそんな樹も嫌いじゃない」

「その夫婦設定はいつになったら終わるんだ?」

「あ! 樹あれ食べたい」

「聞けよ!」


「前から気になっていたんですけど、なんでナノさんは樹さんのことを一方的に夫と呼んでるんですか?」


鈴香のごもっともな質問に、僕に代わってナノが答える。


「夫は妻に食べ物を用意して、妻は夫に食べ物を用意するもの。そして、樹はお腹が空いて倒れていたナノにご飯をくれたの。だから樹はナノの夫なの」

「は、はあ。何となくわかったような。でも納得はできないような...」


深く理解するのは最初から諦めているのか、鈴香はそれ以上の質問をすることはなかった。


「ねえ、あのフランクフルト買って?」

「金が無い。それに、鈴香のお弁当があるんだろう。ならそれで十分だろう」

「むう、なら樹がアーンして食べさせて」

「何が"なら"だよ! 自分で食えるんだから自分で食え!」

「どうでもいいですけど、私と一緒にいる間はアーンはやめてくださいね。周りの目が痛いので」


仕方なくフランクフルトを1本買ってナノの口に押し込む。


「ん。樹の、熱くておっきい」

「はいはい。そういうのはいいから」

「...樹のいけず」


「少し早いですがお弁当にしましょうか。そこの木の下にレジャーシートを敷きましょう」

「そうだね」


公園で遊ぶような予定も用意も無いので、鈴香の提案通り昼ご飯を食べることにする。


「あいかわらず美味しそうなお弁当だね」

「美味しそうじゃなくて美味しい、ですよ。でも、ありがとうございます」


ふふ、と鈴香が嬉しそうに笑う。

中身の見た目が整っているのももちろんあるが、中に詰まっているおかずのほとんどが僕とナノの好物だ。

この世でおそらく鈴香にしか作れない弁当だった。


「鈴香すごい! 今度ナノにも料理を教えて欲しい」

「いいですよ。ですがお料理のことになると私は少し厳しいですが」

「望むところなの。すぐに上達して樹の胃袋を掴むの!」


僕はどの順番に食べるか迷いつつ、何となく卵を最初に選ぶ。もちろん美味しい。

甘辛い味付けのコンニャクも、口当たりのいい里芋も、全てが最高の出来だった。

これ以上ない贅沢なご馳走に舌を鳴らす。


「これが家で食えたらなあ」


感動的な美味しさから、自然に感想が声になる。


「ゲホ、ケホッ!? あ、はい。家から1歩も出ずに私のご飯が食べたいということですよね。わかってます。わかってますから。そういう意味では無いのでしょう」


鈴香が一瞬だけ赤面したしたがすぐにいつもの調子に戻った。

しばらくお弁当に夢中で静かだったナノが、僕のそばに戻ってくる。


「樹。これ美味しい。はい、アーン」

「え? あ、アーン」


さりげなく星型に切られたニンジンを差し出して、親鳥がヒナに餌を与えるのと同じような感じで僕に食べさせようとしてくる。

僕は条件反射で口をあけ、出されたニンジンを食べる。味付けがしっかりしていて、これも美味しい。


「って、私がいる間はアーン禁止って言いましたよね!」

「大丈夫。周りに人はいない」

「そういう問題でもありません! 見てる私が気まずいんです!」


ナノと鈴香が賑やかに口喧嘩を繰り広げている間に、僕はお弁当を全て食べ終え自分の分を片付けた。






『ごちそうさまでした』

「はい。お粗末さまでした」


全部食べ終えて、帰りの道をゆっくり歩く。


「たまには外に出るのも悪くないでしょう?」

「まあ、たまにならね」


確かに今日は楽しかったが、休日は家でゴロゴロしたいというスタンスは変わっていない。

けど、別にいいだろう。

引きこもりが外に出てはいけないという法律はない。


「では、私は帰り道がこっちなので、それではまた明日」

「ああ、また明日...っておいおい明日は日曜日だろ。働きすぎて疲れてるんじゃないか?」


僕は鈴香の仕事中毒ぶりに苦笑する。

鈴香は不思議なものを見たような顔をすると、衝撃の事実を告げた。


「え? 明日は特殊警察学校の子たちの実技試験監督の手伝いを頼まれているじゃないですか」

「ゑ?」


雲ひとつない青空の下で、僕はやはり今日は1日中家にいればよかったという結論に至るのだった。


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