1.特殊能力対応警察
黒銀 樹は考える。
数年前、突如として現れ出した超能力者。それに対応するべく政府によって新設されたのが特殊能力対応警察、略して特殊警察。
仕事内容は主に能力者の暴走を止めること。今回もその例に漏れず超能力者たちが問題を起こしたので特殊警察の出番というわけだ。
そして、第5期の特殊警察として採用された僕は紆余曲折あって班長という立場にあったため特殊警察屈指の実力者が集まる班長会議に出席していた。
この会議次第で今後の僕たちの班の動きが変わる。ある意味命がけの作戦よりも責任重大である。
「では、これより班長会議を始める。本日の議題は第4区の反社会的能力者組織の制圧作戦だ。敵拠点と構成員は全てわれている。今回の作戦でこの戦いを終わりにする!」
厳格という言葉をそのまま人間にしたような見た目の、特殊警察本部長殿がホワイトボードに貼られた地図を使って敵の拠点と各班の持ち場を説明する。
そう、いかにして安全なポジションを確保するかが僕にとって重要なのだ。
正直この戦いの勝敗はほぼ決している。
ひと月ほど前に能力者の身分向上をマニフェストとして結成され、結成から数日で構成員100人を突破し一時期世間を騒がせたナントカ団と、我ら'正義の'特殊能力対策警察の戦いはこれまで特殊警察側の圧勝で進んできた。
あとは残存勢力の掃討戦が残るのみ。
サボっても勝てる戦いなのだから、うちの班からは犠牲を出したくない。
もちろん言われた仕事はする。けれど、勝利が保証された作戦で命を落とすなんてマネは絶対にごめんである。
サポートに回れるのが希望。留守番ならなお良し。
そんなときだった。本部長に声をかけられたのは。
「黒銀 樹くん。君たちの班に正面からの突撃を頼みたい」
「は...い?」
突然の指名だったので上司に対してタメ口をきくというタブーに触れかけたが、なんとかギリギリのところで修正する。
「な、なぜ私たちの班なのでしょうか?」
「黒銀班は班員3名と少数ながらも、これまでの全作戦で負傷者0名という偉業を成し遂げている。それを踏まえて最前線が最適だと私は思うのだが...もちろん、無理強いをするつもりはない。どうだろうか?」
その表情は笑顔だが目は笑っていない。
作戦の主軸に据えられることを避けるため、班員を少数に絞って戦力不足を盾にしてきたが、逆に少数精鋭だと判断されたのだろう。
上からしてみれば成績優秀な班を遊ばせておくのはもったいないのだろうが大変迷惑な過大評価だ。そういうのは昇給だけにして欲しい。
こうも直接言われてしまえば、断ることはできない。
「わかりました。微力を尽くします」
渋々、そう答えるのだった。
その翌日、掃討作戦が始まる数分前。包囲はネズミ一匹逃げ出せないほど完成されていた。
僕の班は正面から能力者たちを逮捕すること。今回の作戦で一番危険な役割なので常に冷静な判断を強いられる場面なのだが...
一晩経っても僕のやる気が上がることはなく、無気力感に包まれていた。
「シンプルに帰りたい」
「ここまで来て何を言っているんですか。私たちが活躍すれば他の人が傷つく可能性が減るんです。やる気を出してください」
班長よりもしっかりしている班員にたしなめられる。彼女は第6期に特殊警察に採用された後輩だが、能力もそれ以外も優秀だったのでスカウトした。
「その通りなんだけどさ、今日は全力を出せない気がするというか。働きたくないというか」
「本音はやっぱりそれですか」
はあ、と鈴香は僕に聞こえるように大きなため息をつく。
「やっぱり、あらかじめ本部長にうちの班を推薦しておいたのは正解でしたね」
先ほどの言葉は訂正しよう。彼女は全然優秀ではない。
「本部長が一番最初に僕に声をかけてきたから、おかしいと思ったんだ。全部お前のせいだったのか!」
「ええそうです! 普段から樹さんが働かないのが悪いんですよ!」
文句が言いたいのはこっちだが、逆にキレられる。
「班に入る前は黒銀班に本当に憧れていたのに、まさかこんなダメ人間が班長だったとは」
確かに僕の班は他の特殊警察からは少数精鋭の優秀な班と認識されている。出会ったばかりの頃は鈴香もそのうちの一人で、あらゆる命令に従順だったのだが面倒な仕事と班長の仕事を押し付けに押し付けた結果、かつての僕に対する尊敬は霧のように消え去った。
「...よっし今日も頑張るゾ!」
「まあ、ちゃんと働いてくれるならもういいです」
作戦開始時間を言い訳に、鈴香の氷のように冷たい視線を強引に終わらせる。
今度良い上司アピールでもしておこうとコンニャクよりは固く心に決めつつ、目的の建物に足を踏み入れる。
何かの倉庫のような建物で、広さはそれなりにあるが、倉庫としてはもう使われていないのか内部に残されている物はほぼ無い。
待っていたのは一人の大柄な男だった。
状況から考えて撤退の時間稼ぎ役だろう。
「よく来たな国の犬共。先に言っておくが他の仲間は地下通路から脱出済みだ。お前らがそれを見つける頃には...」
「よっしゃあ! アタリだ!」
「...正面はハズレでしたか」
男の言葉を無視して喜ぶ僕と悔しがる鈴香。
相手がどんな能力を持っていようが一人なら僕の班がまず勝つ。それが僕にとっては嬉しいのだが、鈴香にとっては不満のようだ。
わざわざたくさんの能力者に囲まれるシチュエーションに飛び込むことを望むなんて、きっと前世はバーサーカーの類だったに違いない。
僕たちを出迎えてくれた男はそんな僕たちの様子が気に食わなかったようで。
「余裕でいられるのも今のうちだ。飢餓の刃! 紅蓮の炎!」
男の能力とみられる、三日月を縦に細長くした形の炎が飛んでくる。
僕も男の子なのでアクション映画とか大好きだし、できることなら派手な能力のぶつかり合いとかしたいのだが、残念ながら僕の能力はかなり地味なので逆立ちしてもそんなことは出来ない。
「消えろ」
炎は僕にあと少しでぶつかるというところで消滅した。
男は僕たちが何らかの能力を持っていることは想定していたようでそこまで驚きはしなかった。
「能力を消す能力か、鬱陶しい。めんどくせえな」
しかし、男が次の攻撃を仕掛けようとしたところで異変に気づく。
「能力が出ねえ!?」
男の推測はそこまで的外れではなかったが、正解でもなかった。
僕の能力は、相手を自分と同じ能力する能力なのだが、わざわざ彼に丁寧な解説をしてあげるほど僕は暇じゃない。
能力が使えない状況になかばパニックに陥った男は、いつの間にか背後に回っていた鈴香に簡単に拘束される。
「この顔、作戦のリストに載っていた須藤 孝で間違いなさそうですね」
「そうだね。周囲の警戒は僕がしておくから鈴香は無線を送っといて」
「わかりました」
鈴香に報告を任せ、僕は今しがた捕まえた男に向き直る。
捕まってもなお男は好戦的で僕を睨みあげている。
「クソ、何だかわからねえが能力を封印する能力があるみてえだな。だが、俺は負けたがそこの監視カメラがこの戦いのデータを俺の仲間に送っている。おっと、今更壊してももう遅い。今頃脱出に成功した仲間が次の作戦を練っているだろうよ」
負け惜しみからかより饒舌になった男が自分たちの優位性を主張する。
自分たちがこれまで連敗続きだというのに、その自信はどこから来るのだろうか。そこだけは本当に見習いたい。
けれど彼には気の毒だが、他の特殊警察は僕よりも数倍は優秀だ。
裏を抑えた班から制圧完了の連絡が来るまでそう時間はかからなかった。
「カメラもデータも壊す必要はないよ。もう全員捕まったようだからね」
放っておくといつまでも五月蝿そうだったので、特殊警察側の勝利を彼に教える。
一握りの希望も消え去った男の顔が絶望に歪むのは、敵ながら哀れであった。
作戦が終了して撤収作業が始まる。
と言っても僕の班の仕事は確保した男を引き渡すだけの作業だから楽でいい。
僕の能力は一度に一人に対してしか使えないという制限があるので今は解除してある。
能力者の攻撃に対して自動で能力を発動するモードがあって、普段はそっちを主に使っているからだ。
ただ、それが良くなかった。能力を取り戻した男は外に出た途端、手錠を自らの能力で焼き切って逃走を図った。
だが、それは大悪手だ。
「おい待て! そっちに行くな!」
慌てて叫んだものの僕の制止の声は男には届かない。
パンッーーーーーー
10メートルほど走ったところで男の脳を1発の銃弾が貫いた。
「遅かったか...」
男は即死した。
狙撃したのは、うちの班の副班長。
2キロ離れた距離までなら倍率スコープ無しのスナイパーライフルで正確な狙撃ができる凄腕の少女で、室内戦が得意ではないため今回は外で待機させておいた。
外に出てから逃走しようとした男を見て、冷酷に、冷静な判断をして男を射殺したのだ。
とはいえ、僕には彼女を責めることはできない。
特殊警察には能力者に対しての殺害許可があり、能力者によって一般人に危害が及ぶ場合はいかなる手段を使ってもそれを排除する義務がある。
彼女はそれに忠実に従ったまで。
むしろ逃した僕に責任がある。
彼女は副班長として班長のミスをカバーしただけのこと。
「嫌な仕事だよな。本当に」
みるみる冷たくなっていく男の傍で、ただ手を合わせることだけが僕にできた全てだった。