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疎外感と勘違い

アリアの信条は女子には優しく

穏やかな風に吹かれ、うなじを襟足がくすぐる。シャル姉の手によって、頭はすっかり軽くなった。もちろん物理的にだ、異論は認めない。

スーパー散髪タイムが終わり、せっかくだからと全身を洗われた後。すっかり夕方になってから、私たちは新しい仲間を迎えた。新しい環境に緊張ぎみだった子達も2週間たった今となっては孤児院生活に馴染んだようだ。

・・一部の子を除いては。


暦上では風の季節に入った。目には緑が溢れ、花びらが前を横切っていく。今日は絶好の畑仕事日和だ。

初めてのおつかいで手に入れた苗は順調に育っている。クルセナ様のもたらすお日様の光の下、畑仕事に精を出すのは私たちの班。毎日の水やりは洗濯や家畜の世話同様に朝ごはん前のちょっとしたお仕事だ。

手分けをして水やりをしていたが、昨晩雨が降ったおかげで一瞬で仕事を終える。

額にうっすらかいた汗をぬぐって周囲を見る。


「他になんか手伝うことあるー?」


四方八方から、大丈夫、もう少しでこっちも終わる、と声が返ってくる。

ふと、一人の女の子に目が止まった。


「何してるの?」


雑草の表面を撫でていたその子は私の声に驚いたのかビクッと肩を跳ねさせ振り向いた。

この子はメリサ。新しく私たちの班に入った女の子で植物が好きらしい。どうやら人見知りのようで、まだ心を開いてくれないのだ。ロロとルルがお気に入りみたいで双子の前だとよく笑っている。なんでも受け入れてくれそうなロロに癒されるのはわかるけど、破天荒なルルとは性格が合わなそうなのにな。


「それ、何集めてるの?」


言葉に反応しないメリサの前には雑草があった。他の作物の栄養を吸い取るから、見つけ次第抜いてるのに次から次へと生えてくるのだ。雑草はその身を守るかのように粘液をまとっていた。それで手が滑って抜きにくいという面倒くさい特徴がある。

メリサは、私たちにとって敵のようなそれを撫でて…いやその表面から粘液をこそげ取って手元の袋に詰めているようだ。

私の視線に気づいたメリサは小さい声で、


「これ・・オイルなの」


といった。そしてそのまま俯いてしまう。オイル、オイル・・うん、わからん。申し訳ないが、もう少し私にもわかるようにいって欲しい、と頼むとメリサはしぶしぶ口を開いた。


「食用・・なの。あらかじめこれを鉄板に塗っておくと食材が焦げないの。強い火から守るの。貴族とかが、手や髪にぬって日除けする薬剤みたいなの、あれの仲間なの」


詳しく聞いたことには、食堂で出される料理は時々焦げていて、それが苦くて嫌だったらしい。メリサの故郷は植物に囲まれていたらしく、そこでは料理にオイルを使うのは当たり前だったとか。


彼女の故郷は遠いところにあって、商人の親と旅先で物を売って暮らしていたらしい。しかし、この領地に着く直前、盗賊被害にあってしまったのだ。どさくさに紛れて逃されたんだけど、多分親は・・。人を怖がるかのように塞ぎ込んでしまっているのも仕方のないことかもしれない。そんな事情もあってしっかりみといてやってくれと神父様に頼まれたのだった。

私は努めて明るく笑いかけた。


「それじゃ、食堂に持っていくんだね。私も手伝う!」


他のみんなに声をかけ、とまどうメリサからオイルをいれた袋を半分奪って歩き出す。とりあえず嫌われるまで構い倒すと心に決めて。






今回の新入りたちはなかなか個性的だ。

もう一人の新メンバー、ウィルは厨房がお気に入りのようで、最近は時間があれば入り浸っている。ということをいままで忘れていた。


「もう、ウィル!畑当番さぼってこんなことにいた!」


明からさまに、げっ、という顔をしたウィルの首根っこを掴む。


「うう、ごめんよう。行こうとはしたんだけど、ご飯のいい匂いが僕を捉えて離さないんだよう」


ふくよかな体を小さくさせたウィルは、抵抗もなく捕まった。

罰と称して、手触りのいい頰を撫でくりまわしておく。


「おや、アリアじゃないか。メリサちゃんも。まだ朝ごはんはできてないよ。」


厨房からこれまたふくよかなアメリダおばさんがでてきてしまった。アメリダおばさんは敬虔なクルセナ信徒だ。近所に住んでいて、教会に通ううちに、孤児院の食事の面倒まで見てくれるようになった。しかも無償でしてくれるのだから、懐の大きい女性である。


「おやウィル坊、まあた覗いていたのかい。」


私に捕まっているウィルの髪をかき混ぜながらおばさんは豪快に笑った。二人が並んでいるとまるで親子みたいに見える。思わず私もつられて笑っていると、なんだか嗅いだことのあるような匂いが鼻腔をくすぐった。


「あれ・・」

「ああ、ソーセージかい?聞いたよ、アリアが肉屋にアドバイスしたんだって?今や屋台も大盛況さ。お礼にって昨日持ってきてくれたんだよ」


細長のフォルムは確かに先日私が作ったソーセージだった。


「へえ、ここにもソーセージってあるんだなあ」


ウィルがつぶやく。


「ウィル、ソーセージを知ってるの?」

「うんー。僕の故郷の郷土料理だよお」


故郷って言っても、僕は行ったことないんだけどねえ、と続いたウィルの言葉が右から左へ流れていく。

なんと。夢で見たのはいつかウィルがソーセージをご馳走してくれた時のものだったのかもしれない。

驚きの新事実に目を見開く。


「あの・・もしかして、故郷ってクオ村、なの?」


さらに驚きに目を開く。これ以上は目玉が落ちてしまうかもしれない。あのメリサが初めてウィルに話しかけている。どうやら驚いている間にアメリダおばさんへ説明したらしい、私とメリサの手からオイル入り袋が消えていた。おばさんは調理にかかっている。


「そうー!知ってるのお?」

「お隣・・なの」


どうやらメリサの故郷はウィルの故郷の隣村らしい。二人の話を聞いていると、ウィルのというよりウィルの祖父の故郷らしいが。ウィルは育ての祖父が寿命で死んでしまって孤児院にきたのだとか。


「この香草、ソーセージに入れると美味しいの」

「あー!ハーブだねえ。懐かしいなあ。アメリダさあん、ソーセージの中にこれも入れてえ」


おお、なんだかわからないうちに、うちの問題児二人が仲良くなっている。・・私を置いて。

・・いいもん、ちょっと寂しいけどお姉ちゃんだから我慢できるもん。





ちょっとしょっぱい気分になったのを食堂でシャル姉になぐさめてもらい、グレードアップしたソーセージに舌鼓を打った後。

今日は午前中、自由に過ごせることになっている。子供達の人数が増えて、朝ごはん後の掃除も当番制になったのだ。広場で遊ぶ子、日向ぼっこをする子三者三様だ。

体力のないアリアの提案で、休憩がてら子供部屋でゆっくり過ごすことにしようと、相談していたとき。


「シャルーア!」

「ロド」

明るい茶髪の少年が近づいてくる。ロドことロドリゲスは先日の国境の小競り合いで運悪く親を無くしたらしい。最初は見るからに落ち込んでいたが、シャル姉の励ましによりなんとか復帰した。

12歳ということで入っていきなり年長組に仲間入りを果たした彼は、手に職をと必死に勉強を頑張っている。それをまた献身的に支える我が姉。ロドリゲスはすっかりシャル姉に惚れてしまったらしい。

こうして暇を見つけては、違う班だというのに近づいてくる。立ち話に花を咲かせているのを眺めていると、


「シャル、そういえば神父様が手伝って欲しいことがあるって言ってたぞ」


同じく二人を見ていたナユタが口を挟んだ。


「あら。なにかな・・?ごめんロド行ってくるね」


律儀に断りを入れてシャル姉は教会へ向かう。笑顔で見送ったロドは一瞬こちらを流し見て、立ち去った。

え?今見えない火花がナユタとの間に走った?

どういうこと?そういうこと?と混乱する。


「にっぶ」


教会横のベンチに寝転がって占領していたリデルが口を出してくる。明らかに私にむけた中傷に反応してしまうのはまだまだ子供だろうか。


「あんたも、いい加減喧嘩ばっか売ってないで大人になりなさいよ」

「あん、こら兄貴に何言っとんじゃわれ」


一気に不機嫌な顔になったリデルが口を開こうとした時、下の方から高い声が遮った。メンチを切りつつ下から見上げてくるのはベニ。リデルの班に新しく入った子で舎弟?らしい。

キリカの悪癖に早々に遭遇してしまったらしく、彼女のことも姉貴と慕っている。


「その偉そうな口縫い付けたろうかい?」

「ほーう、できるならやってみなよおチビさん」


少しかちんときて、喧嘩を売ってしまった。ベニは子供らしい声と身長を気にしていると聞いた。からかってしまった後にあっと口をふさぐも遅かったようだ。

白いほっぺを真っ赤に染めて、メンチをきっていた目が潤みだす。


「あう・・ちびじゃっ、ねーしっ」


あうあうと泣き出してしまったベニにやってしまったと反省する。なぜだか周りがしっかりしているせいで忘れがちだが、私たちはまだ子供なのだ。特にベニなんかはちょっとすれちゃった虚勢をはってる子供の典型なのに、売り言葉に買い言葉で・・!

これも全部リデルのせいだ!


あわてて謝るも全然泣き止まない。視界の端でリデルが弱いものいじめをする奴を見る目をしているのもなんだか腹がたつし、もう、どうしよう!


「ベニさん・・!」


おろおろしているとキリカが走り寄ってきた。おお、女神よ。慌てて事情を説明し改めて謝ると、ここは任せてくださいと言ってくれた。おお、女神よ。


「アリアさんも、女の子とは喧嘩をしないようにしてくださいね」


リデルをちらりと見て、ベニとともに去っていった。いやいやリデルともしたくて喧嘩してるわけじゃないから・・って、ん?


「女の子・・?」


キリカの言葉を反芻し、やっと意味を理解した私は驚きの事実の目を見開く。


「にっぶ」


リデルは私に向かって呆れたため息を吐いた後、再び寝る態勢に入ったのだった。

メリサが見つけたのはいわゆるオリーブオイルです。口に入れても大丈夫なやつ。

貴族女性は日焼け止めがわりにオイルをぬります。しかしその原料は食用じゃないオイル、オリーブオイルとは別物です。

この世界のオイルの用途はそれだけ。保湿とか艶出しとかには他の化粧品を使ってます。

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