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はじめてのおつかい(後)

後編です




「アーリーアーー!!」


もういっそ恥も外聞もなく地に頭を擦り付けて謝ろうとした時、むこうからそばかすの散った赤錆色の髪の少年が駆けてきた。少女の知り合いのようだ。

少女はそばかす少年をみて安堵の表情をのぞかせたかと思うと、商人の方へ向き直した。


「確かにお詫びとしては不相応ですね。では、こちらもあわせてお納めください」


そばかす少年が持ってきたらしきものを商人に手渡す。

それは・・


「キトウ!?」


商人が思わず声を上げて驚く。それはその場にいる人々全員も同様だ。キトウとは幻の果実と言われ、滅多に手に入らないものだった。それは一般市民はもちろん、商人でさえも。


「はい。昨年末に発見されまして。その残り全てをこちらに持ってきました。」


そこには幻の果実の山があった。商人は呆然としている。しかし、野次馬をしていた人々が獲物を狙うようにジリジリと近づく気配を察知し、いそいで荷車へキトウを乗せた。

その間に浅黒い少年がソーセージのレシピを書いたらしきメモを商人に渡す。


「ありがとな、お嬢さん。これでなんとか首の皮つないで見せるぜ。今は時間がないけどこの借りはリッチプール商会の名にかけて必ず返すからな」


騒ぎに興奮していた馬をなだめ、荷車を立て直すと商人は街の人の囲いを突破して一目散に去っていった。

その様子を眺めながら、自分はどうやら子供たちに助けられたらしい、とほうけた頭で思った。





ーーー


商人が去ると、事態が収拾したとみた野次馬たちはまばらに散り、活気ある市場が戻ってきた。

肉屋のおじさんがおずおずと近づいてくる。うおー、近くで見るとすごい巨体。丸々とした体は脂肪の塊かと思いきや、しっかり筋肉もついている。見た目とは違い、臆病そうな性格が男を一回り小さくみせているのだろう。観察してみても傷一つない。これは肉屋でなく商人の荷車の方が跳ね飛ばされたんだな、と認識を改めた。


「すまねえ、お嬢ちゃん。あんな稀少なもんをもらっちまって」

おらはこんなちっこいお嬢ちゃんに助けてもらうなんて、なんて情けねえんだと肉屋はこうべを垂れる。

いやいやソーセージはともかくキトウは確かに稀少だけど、私たちはたっぷり堪能したし。最近は神父様が来るお客様全員に分け与えてる。しかし、恐縮しっぱなしの肉屋には、それをあえて伝えない。


「どういたしまして!私は孤児で普段から小さい子たちの世話をしてるの。だから騒動に怯えてる子たちを助けなきゃって。」


おじさんの後ろに隠れながらこっちをのぞいてる子に微笑む。


「あっでも私たちお礼に欲しいものがあるの…」


自分にできる精一杯の猫なで声を出す。ちょっと引いてるナユタは後でしばく。

そして、肉の下味に使っているのであろう大量の塩を指差した。


「あの、お塩。私たちにくれない?代わりにソーセージの作り方教えるから!」


助けるのに店の商品を勝手に使ったりもした。

そんな私が、お礼と言ったら厚かましいのはわかっているが、そもそもあんな騒ぎを起こしたのも店の隣においてある山のような塩が目的だ。ここは遠慮するまい。

私が指した先を目線で追ったおじさんは


「いいけど、あんなもんがお礼でいいのかい?」


と眉を下げた。あんなもんだなんて!今や私にとっては入手最困難の一品だ。

塩が欲しい事情も含め、そう伝えると


「あー・・・お嬢ちゃん言い辛えが、そりゃ、嘘だ。もぐりの商人に騙されたんだべ」


とおじさんは困ったように言った。


「そもそも戦時中っていやあ聞こえが悪いが、騎士様方が出動中は領地間の関税を停止するよう国から御触れが出る。これは隣国も同様だべ。争いに徴収官だとかの役人をまきこまないため、兵の足止めをさせないため、理由は色々あるが、一番は今回の国境での争いみてえなつまんねえ小競り合いで商人の流通を止めないためだな。」


物価が軒並み高くなったら、おらたちみたいな市民は生活が立ち行かなくなって大変だと頭を掻く。

おそらく、市民の小競り合い程度で経済の停滞が起きないようにする、国間の暗黙のルールみたいなものだろう。

うまいこと帳尻を合わせて商人に損がないよう手を回している、と。あんのカタコト商人なにが「倍の手間と時間」よっ!

本格的に戦争が起きたら、両国共行き来禁止になるだろうが、まだそこまで過激化していないという証拠でもある。


怒りをなんとか堪え、さっそくおじさんにソーセージの作り方を教える。

おじさんの後ろから出てきた息子のユファくんも一緒だ。


「まずはひき肉に塩と水をいれてよくこねる」


ユファくんはさっきまで大変な目にあったというのに一生懸命肉をこねる。

身長が足りないから台に乗ってだ。孤児院では最年少のネルが隣についてアドバイスをしてる。あまりの可愛さに胸がときめく。

私みたいな怪しい小娘の言うことを素直に受け入れるおじさんとユファくん。二人が並んで真剣に調理する姿に、初めて親子に見えただなんて失礼なことを考える。


「羊の腸にこねた肉を詰め込んで、食べやすい大きさに捻る」


一生懸命力を入れて肉を詰め込むリファくん。おじさんは力を入れすぎて腸を破っている。


「最後に焼いて完成!だけど、鉄板にこびりついて破けちゃうことがあるから焼き加減をこまめに確認してね」


自分で作ったソーセージを早速食べた二人はとっても幸せそうな顔でこっちまで頬が緩む。

そんな私に気づき、手をワタワタさせたと思うと、おじさんは私とナユタ、リファくんはネルにあーんをして食べさせてくれた。はふはふ、おいひい、しあわせえ・・・


「それにしてもアリアはいったい何歳だ?おらたちを庇ってくれた時は気づかなかったが、近くで見るとほんにちっこいなあ」


ギクリと体がこわばる。

じっと見られていると思ったけど、やっぱり疑問に思うよね。なんでこんな子供がソーセージ作ったり、大人と渡り合えるかって。おじさんに曖昧に笑ってごまかす。


私の口調はマナーの先生に矯正されたものだけど、ソーセージの情報源は夢だ。

おじさんの屋台の匂いに触発されて、未来でソーセージを食べたことを思い出したのだ。そして、口に入れた瞬間すっごく幸せな気分になれるソーセージを使えばこの場を収められるのではないかと考えた。私は甘いものより塩辛いもの派だ。それまで一位だったキトウを押しのけ好物ランキング1位に更新されたのだ。夢の中だけど。故に食べたいと機会を伺っても仕方のないことではないだろうか。


おじさんは誤魔化されてくれたのか見逃したのか、商人やおじさんに試食させるため使った皿をいじりながら、試食ってえのは購買意欲を高めそうだなあとつぶやいている。

気が弱いおじさんが商売人をやっていけてるのが不思議だったけど、その様子を見て納得してしまった。


不意に顔の横から手が伸びてきた。目を向けると、おじさんがもともと売っていた串焼きを持ったリファが立っていた。


「助けてくれてありがと!お姉ちゃん!!」


リファくんが自分で作ったらしい串焼きを差し出してくる。

私が初めてのおつかいで得た物は、牛乳にトマトの苗、塩、そして不恰好な牛串だった。





ーーー


すっかり夕方になってしまい、急いで教会に帰ると、門のところに神父様が立っていた。どうやら帰りが遅い私たちを心配して待ってくれていたようだ。

ナユタが神父様と叫びながら走り寄るのを軽々と抱き上げる。意外と力強いんだよなあ神父様。


「ナユタ、アリア、ネル、おかえりなさい。おつかいありがとうございます」


神父様が順番に頭を撫でる。

ナユタは得意げに胸を張り、ネルは嬉しそうに微笑んだ。


「神父様。お使いはちゃんとできたけど、キトウ、人にあげちゃった」


ナユタに走って持ってきてもらったキトウと追加のお金。

お金を使わずに済んだのは良かったけれど、貴重なキトウを何も言わずあげてしまったことに少し申し訳なさがあった。


「いいのですよ。過ぎた贅はいずれ毒となります。この街の人々は親しき友人。みんなで幸せを分かち合うのはいいことです。」


こちらを優しげに見つめる神父様の目に責める気持ちは一切なく、安心する。

私情に走り過ぎたのは反省だけど、神父様の役に立てたのならよかった。




こうみえて神父様めちゃくちゃハラハラしてました。ナユタがろくな説明もせず金だけ奪って買い物に戻ったからw大丈夫かなー遅いなーって教会を右往左往。


それをみてシャル姉は心配性ですねって微笑んでます。ある意味アリアを信頼してる。

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