はじめてのおつかい(前)
更新遅くなってすいません。
長くなったので前後編に分けました。
最近教会にお客様が多い気がする。今日も今日とて、たくさんの人がお祈りのため教会に訪れ、神父様は朝からてんやわんやだ。臨時お手伝いとしてこなれてきたシャル姉も同様に。
今日の私は教会前の掃き掃除担当。シャル姉たちの様子をチラチラ伺いながら掃除していると、お客様とお話中の神父様と眼があった。
あれ?会話を切り上げたと思ったら、こっちにむかってくる?
「アリア。申し訳ないのですが、おつかいを頼まれてくれませんか?」
ふえ?
ーーー
私たちが住むフレア領ではブドウと、ワインが特産品だ。領全体が扇状地の上に立っていて水が得にくいことから果樹園が向いていたそうだ。嗜好品として推奨されているからか、昼間っから飲んだくれが闊歩するような陽気な街だ。しかし、ここ数年は干ばつが起きたわけでもないのに原因不明の不作に陥っている、と困り顔の酪農家のおばさんから聞いた。
「そのあおりをうけてねえ、うちも値上がりさせてもらったのよ」
隣国とのいざこざもあるし、景気悪いねえとおばさんは頬に手を当てる。
とりあえず頼んだ牛乳をうけとって代金を渡す。
持ってくれるというので、ネルとナユタに荷物持ちをお願いし、残金を確認したのだが。
「ぜんっぜん足りない・・・!」
頼まれたお使いは牛乳とトマトの苗と塩だ。なのに牛乳だけでほとんどを使い切ってしまった。
トマトはギリいけるにしても塩が買えない。
「一旦おうち帰る?」
ネルに尋ねられて、考える。
追加のお金はもらいにいかなければならないが、とりあえず市場で塩の値段を見てからの方がよさそうだ。
また値上がりでお金が足りなくなったら二度手間だしね!
それにしても景気が悪いからか住民の顔には覇気がない。上辺はまだ活気があるけれど、もしかしたらこの不景気に神頼みでもしたくなってウチが繁盛しているのかも。
牧歌的な風景と別れ、街の中心である市場に向かう。
「ええっ、こんなに高いの!?」
「そうだネ、いまはこれくらいが相場だね」
提示された塩の金額に目が飛び出るかと思った。これじゃいつもの2倍じゃない!
何度か神父様についてお買い物に来た時はこんなに高くなかったのに。
「悪いねお嬢ちゃん。ウチは隣国から塩を入手してるからサ、戦争地帯として規制の入った地域を回り込んで運んできたワケ。いつもの倍の手間と時間がかかってるのヨ」
なんとか値段交渉しようと試みるも袖にされる。どうでもいいけどなんで喋り方片言なの。
そんなバカな。塩がなかったら、あったかいスープが味気なくなっちゃうし、最近出現率高めの芋にあきちゃう。追加のお金を持ってくるにしても、これはあまりにも高すぎる。初めて任されたおつかい、うまくこなしたかったのに、と諦め悪くにらんでいると。
何かがぶつかった音と悲鳴が聞こえた。倒れている荷車からは美しい布や頑丈に梱包された箱、食べ物が転がり落ちている。人身事故?
御者が倒れた荷車から脱出し、跳ね飛ばされたらしき人に詰め寄っている。
「どうしてくれんだ!あんたのせいで隣街のシズール様へ献上する品がめちゃくちゃだ!!」
「うう、すんません、すんません」
聞き耳を立ててみると、どうやら跳ね飛ばされた側が、往来でよそ見をしていたらしい。
縦にも横にも大柄な人が、大泣きしている子供を腕に庇いながら謝っている。うーん、あの子が道に飛び出しちゃったのかな?周りにはなぜか肉が散らばっている。
「おい、シズールだってよ」
「そりゃあ災難なことだ。わがままシズール様の物に傷つけたとなっちゃあ、あの商人もクビが飛ぶな」
「しかし、肉屋も弁償しようがねえよ、あんな金ぴか」
御者が商人、跳ね飛ばされたのが肉屋さんかな。
豪華絢爛な品物たちはどうやら、シズール様とやらに納める予定だったらしい。商人は赤くなったり青くなったり忙しそうだ。急いで落ちた荷物を拾い集め、状態を確認している。
肉屋さんもどうやら青褪めてはいるが、怪我のせいとかではなく自分の子?が駄目にしてしまった商品が誰のものか知ったから。
側にあった、肉屋さんの店らしい簡素な屋台に走り寄って、何か弁償できるものはないかと漁りだした。
私は吊るされた生肉や、鉄板の上で香ばしい匂いをさせている肉串を見て・・
ん?
「アリア!あれ!」
「見つけちゃった?」
「ん!」
上からナユタ、私、ネルである。うむ、思うことは同じか。
ならばどうやってあの人を助けるかだな!
ーーー
商人の怒鳴り声に人が集まってきた。悪質な酔っ払いはやじまでいれている。肉屋は萎縮し、子供も怯えているようだ。しかし、結局探してみたものの弁償代わりになる物は見つからなかったらしい。解決策はなく、このままだと平行線を辿るしかないことは誰の目にも明らかだった。
「よってらっしゃい、みてらっしゃあい」
「おいしい異国の肉料理だよ〜」
殺伐とした空気を切り裂き、子供の場違いな甲高い声が響く。
その場にいた人は騒動の中心にいた二人を含め、キョロキョロと声の主を探す。
そして程なく全員の目が集まったのは肉屋の屋台だった。
「・・え?」
肉屋は目を見開いて固まった。自分の屋台が年端のいかない子供たちに占拠されていたのだ、仕方のないことかもしれない。ゴミバケツに突っ込んでいた羊の腸が引っ張り出され、豚のひきにくがまな板に散乱している。どうしてこんな時に、なぜ次々と問題が舞い込むのか。とにかく、あの子たちを屋台から離さなければと、無理やり止まった思考を動かし、足早に向かう。
近づいてみると鉄板の上で摩訶不思議な形の肉がいい匂いをちらしながら転がっていた。
喉をゴクリとさせながら近寄っていく周囲の人をかき分け、口を開く。
人の商品で遊ぶんじゃない!と言おうとした口はしかし、つっこまれた肉塊によってふさがれた。
自分の口をふさいだのは、屋台から乗り出した浅黒い肌の少年だった。
「おじさん、それ新発売ソーセージの試食」
ソーセージとやらを焼いている少女がこちらを見てニカッと笑う。
その悪意のない表情と、口に広がる小気味いい食感広がる肉汁のうまさに何も言えなくなった。
周りから「うますぎる」「食ったことのねえ味だ」と歓声が広がっていく。
気づけば、先ほどまで唾を撒き散らして怒鳴っていた商人さんも関心しながらソーセージを口にしていた。
「商人様、美味しく召し上がられたようで良かったです。」
少女が商人の様子をみて声をかける。
「実はこちら、フレア領ではこの店舗しか扱っていない新商品でして。先ほどのお詫びになるかはわかりませんが、一子相伝のレシピをお渡しするということで怒りを鎮めてはいただけませんか?」
思わぬ言葉に吃驚した。自分の店はそんな商品を扱ってなんかいないし、その予定もない。ましてや、飲食店が自分の商品の作り方を教えるなんてまね、荒唐無稽にもほどがある。そんなことをしたら他の店に模倣されて利益が減るだけだ。こいつは今まで見たことも食べたこともなく、肉の旨みをギュッと凝縮したような至高の料理だ。肉屋として断言できる。それなのにだ。
「・・ふん。こんな道端でやってる店、作ってる様子なんて覗き放題だ。レシピなんぞ、数日もせずにばれちまうだろう。」
「確かに、この街ではそうでしょう。しかし、商人様は各地の流通を担っている方とお見受けしました。ここから離れた土地で、流行らせるなんて造作もないことでは?」
これから隣街へ行くらしい商人が戻ってきてレシピをさぐるより、シズール様への献上品として持参した後遠く離れた地でソーセージを売り出す方が利益率も高く、手間も減らせると少女は懇々と説明する。
もはやレシピを渡すことは少女の中で決定しているらしい。
「うーん、それでも、ちとたりないな。幸い転がり落ちた商品は傷こそついていなかったが、食材は全て潰れてしまった」
そいつのせいでな、と証人がギロリとこちらを睨む。
「ソーセージのレシピをもらうだけでは割に合わん」
この吝嗇な商人は、整えた髭を触りながら、少年が差し出した試食にもう片方の手を伸ばした。
少女は調理していた手を止め、思い悩んでいる様子だ。どうやらこの子たちが屋台を勝手に使ったのは、この事態を収拾しようとしてのことらしい。これ以上、いい大人が手をこまねくだけなのはみっともない、と足を踏み出した。
<外見的特徴>
アリア
癖っ毛ショートオレンジっぽい茶髪
ピンクい目
白い肌
ネル
さらさらアッシュ髪
常に眠たそうなグレーの半目
浅黒い肌
ナユタ
猫っ毛赤錆色髪
緑目
黄色い肌