剣の修行
新キャラ登場
年が明けた。
貧乏孤児院らしく、豪華なご飯だとか特別なことは何もない。感慨深さなど感じもしない、いつも通りの新年を迎えるかと思われたが、今年は違う。
そう、昨晩は年越しキトウパーティでとっても盛り上がったのだ。ジュクジュクに熟れたキトウは大変美味だった。単に皮をむいて一口サイズに切っただけのシンプルなものだったけれど、あの常時不機嫌顔のリデルも幸せそうにしていたくらい。私がニヨニヨしながら見ているのに気付いたらすぐ不機嫌顔に戻ってそっぽむいたけどね。最後にはナユタとネルとリデルで争奪戦が始まって、それにやじをいれるのも楽しかった。
さて今日からまた芋料理ざんまいだ。ゴロゴロ入っている芋に邪魔されながらスープを混ぜる。ちょっと悲しいけど、たまにいいもの食べるから感動もひとしおなんだよね。食堂へ集まってきた孤児たちにスープを配膳し終わり席に着いた。
寝不足でしぱしぱする目を、大きく伸びをしてごまかす。
「みなさん、食べながらでいいので聞いてください。」
いまだに船を漕いでいるネルの目やにをぬぐってあげながら、声が響いた方へ顔を向ける。
そこにはいつの間にか現れた神父様が、一人の男の人を従えて立っていた。
「みなさんは、ここノアウェル国と隣のロザール国の仲が悪いことは知っていますね。」
タイミングを見計らい、神妙な顔で神父様がきりだす。
この孤児院はノアウェル国フレア領に位置する。孤児院の経営は教会に隣接することから、神父様に一任されている。その神父様はフレア領出身で、任命もフレア領領主からされたと聞いているが、対外的には国に任命され、神父という職についているらしい。
というのも国教であり、国民の大多数が信仰しているクルセナ教は、未だ政教分離ができておらず、その管理を国が行っているからである。
その一神教同然の形態はまず第一にクルセナ様、次に眷属の神々を讃える。
一方で、多神教のロザール国は、その民族特性から、多様な文化や考え方をもって発展している。ノアウェル国にとっては眷属の神でも主神として祀っている、なんてことも少なくない。故に、一心にクルセナ様を信仰し、信仰のあり方を縛ってくるノアウェル国民とは根本の考え方が違うのだ。
国境の町では、双方の国の文化が混ざり合い、性格と方向性の不一致から住民間の争いが絶えないと聞いた。
「国境の町ノエールで起きた小競り合いが大規模になり、騎士様が国境に配備されることになったらしいです。」
悲しげに続けた神父様の言葉に、子供たちの間で動揺と不安が広がる。
袖を掴まれた感触に隣を見れば、ネルがしっかりと目を開いて神父様を見つめていた。
ネルは前回の戦争の被害者だ。ネルみたいに戦争のせいで親を亡くした子を戦争孤児というらしい。控えめに縋ってくるネルの手を取り、安心させるように握る。
「大丈夫だ。戦争になることはない。」
明朗で深みのある声が響く。今まで黙って聞いていた男性が一歩前に出た。
神父様の影に隠れて見えなかった男性の容貌が露わになる。
無造作に後ろへ撫でつけられた髪は茶色く、短く刈り上げている。閉じているか開いているかもわからない細い目でこちらを見回し、傲岸な笑みを浮かべた。
「初めまして。これからお前たちの師匠になる、元騎士のアーカムだ。」
元騎士。確かにがっしりとした体つきだ。服の上からでも腕の筋肉が盛り上がっているのがわかる。
よく見ると顔にもうっすら刃物で切られたような傷がいくつか残っている。
「実は彼、この孤児院出身でしてね。定年退職して暇そうなのを捕まえたんですよ。今はまだ小競り合いですんでいますが、いつこの領に戦火が及ぶかわかりません。必要最低限身を守れるよう今日から授業をつけてもらえるよう頼みました。」
この領は、国境の町がある領の隣だ。戦争が起きればすぐに戦火がせまってくる。
身寄りのない子供たちに神父様一人。もし今、街に敵が攻め込んできても、抵抗する術はない。
まあ、努力したとこで非力な子供の私たちが訓練された兵に勝てるなんて思えないけど。逃げれるくらいにはなろうねってことだろう。
心配性で優しい神父様らしいな。
それにしてもやけに男性・・アーカムさんと神父様は親しげな様子だ。
壮年の神父様と還暦の元騎士様じゃ接点なんてなさそうなのに。
まあアーカムさんの全身から放出される覇気によってそんなに歳が離れているようには見えないけれど。
「では早速俺の授業を始める!」
アーカムさんをまじえた昼食が終わり、今日も広場へ移動すると、木の棒を布で包んだ剣もどきを渡された。布が緩衝材になってはいるが、当たったらそこそこ痛そうだ。
「今日は基本的な型を教える。最後にちょっとした実践練習だな」
準備運動をして体が温まると、早速型の練習に移る。
剣の握り方や、扱い方を見て覚える。まずアーカムさんが見本を見せ、全員が正しく型をなぞることができたら、次の型を覚える、を繰り返した。
「よし、では2人1組になって、打ち合ってみろ。何事も実践だ。」
全員が見本なしで動けるようになったのを確認するやいなや、アーカムさんは指示をだす。
私はネルと組むことになった。剣を持つだけでヘロヘロだった私は、型を覚えるための素振りですでに疲労困憊だった。私の貧弱さを甘く見てもらったら困る。
ネルはそんな私の状態がわかっているので、心配げに見つめてきた。うう、ごめんねお姉ちゃん不甲斐ないね・・・。軽く落ち込みながらも気合いを入れ直す。
「わっ、危ない!」
近くで練習していた他のペアが白熱してしまったらしい。知らないうちに私の近くに寄ってきていたその子達の打ち合いに巻き込まれた。
目の前に迫ってくる剣が見えているのに、防御できない!
「アリア姉ちゃん!」
鈍い殴打音が耳元で弾ける。
聞いたことのないくらい大きいネルの声。異変を察した周りの子供たちが周囲に集まってきた。
私はあまりの痛さに声も出さず悶える。駆け寄ってきたネルが心配して私に触れようとした時、
「揺らすな!」
それを阻むようにアーカムさんが現れた。
「意識はあるな。おい、打ったのは頭か?」
アーカムさんは地面に横たえた私の傷口を見て、近くにいた女の子に救急箱を持ってくるよう指示する。
待っている間、動かしても大丈夫と判断された私は、アーカムさんに抱っこされ広場にあるベンチに移動した。私はというと、痛いけれど、初めて触れる厚い筋肉と安定した抱っこに感動するくらいには心に余裕が戻った。
アーカムさんにより授業の再開を指示された子供たちはこちらを気にしながら練習に戻る。
心配そうな顔をしたシャル姉と目があったので「大丈夫」と口パクで伝えた。
教会から慌てて神父様と、救急箱をもった女の子が走り寄ってくる。
神父様は女の子から事情を聞いて、きてくれたらしい。
井戸で濡らしてきたのか、湿ったハンカチを傷口に当てられる。
「アリア姉ちゃん、大丈夫?」
ペアだったネルと私を怪我させてしまった二人は、激しくふっとんだ私を間近で見たからか、ついてきてしまった。私を案じ、申し訳なさそうに伺う目に気丈にふるまう。
「大丈夫、大丈夫!見た目ほど痛くはないよ!私も防御できればよかったんだけど・・やっぱり剣術も下手みたい」
お互い今日が剣術デビューの初心者だ。自分のことに精一杯で周りが見えてなかったのは私も同じ。
つっこんできた剣は遅く、落ち着いて対処したら十分対応できたのに私の体力のなさと鈍臭さが悔やまれる。現に、打ち合ってる子たちは私と似たような状況に陥ってもうまくよけたりいなしたりしている。
あれ、自分で言っておちこんできたな。気を遣わせないように振る舞わなきゃいけないのに、今更じんじんしてきた痛みもあって泣きそう。
歪んだ顔を隠そうとすると、神父様が包帯を頭に巻くついでに私を抱き込んでくれた。
「誰しも向き不向きがあります。アリアは剣が向いていなかっただけで飛び道具は得意かもしれません。それにあなたたちは全員が生き残るために剣を学ぶのです。例え敵を倒せても誰かが犠牲になったら意味がありません。」
貴重な未使用の包帯を惜しげも無く使い、手当てをしながら神父様は続ける。
「戦うのが苦手だったら敵の妨害工作をしたり、幼い子達の誘導をしたりすればいいのですよ。そしてその術はアーカムが教えてくれます。」
器用に動いていた手が後頭部に周り、パチンと音が聞こえる。治療が終わったようだ。傷口を刺激しないように撫でて、神父様が微笑む。
話を振られたアーカムさんは、集まった視線に力強くうなづいた。
そうだよね、みんなで生きるために私が役立てることをすればいいんだ!
「えへへ、神父様大好き!」
「俺も好きー!」
神父様の首に足に抱きつく私と子供たち。
ネルもしっかり祭服の裾をつかんでいる。
その後改めて謝ってくれた二人と仲直りし、私以外のみんなは授業に戻った。
神父様は後の時間ずっと私を撫でてくれていた。
気づかないうちに授業は終わっていたようだった。
日はすっかり傾き、あたりがオレンジ色に染まっている。
どうやら剣もどきを片付けに行ったらしいシャル姉を待っていると、あたりが暗くなった気がした。
「アリア、だったか?怪我はどうだ」
暗くなったのは、私の体がアーカムさんのおっきい影に隠れたせいだった。
逆光のせいで壁が迫ってきたような威圧感を感じる。
しかし、アーカムさんがしゃがんで心配そうな顔が間近に迫ったことでこわばりは解けた。
「もうすっかり元気ですよー!途中から授業に参加したかったくらい!」
アーカムさんはホッとした顔で私の頭をこわごわと撫でた。
「よかったよかった。だがお前は体力作りからだな!」
目元に皺を作りながらアーカムさんは笑う。強面が人懐っこくなると途端にとっつきやすくなるのね。
アリアは自分が抜けてからの授業の様子を思い浮かべた。
シャル姉やルル、ネルは子供たちの中でも剣のセンスがあるみたいだった。
特にネルは群を抜いて吸収が早く、アーカムさんも「筋がいい」と褒めていた。
誰もが授業の中で不器用ながら人当たりのいいアーカムさんになついたようだった。
話しているうちにシャル姉が戻ったのを確認し、歩き出す。
「そういえばアーカムさんは、神父様とどこで知り合ったんですか?」
昼ごはんの時も、授業の時も二人は親しげに話していた。年上のアーカムさんに対して呼び捨てだったしね!
アーカムさんは昔の記憶に思いを馳せているのか空中に視線を向けた。
「ああ、お前たちの神父様はな、昔は輝くばかりの美青年だったんだ。」
まるで内緒話をするかのように声を落としたアーカムさんは俗っぽい笑いを浮かべる。
私たちの知らない神父様の昔話にワクワクしながら耳を傾けた。
「そのせいで、いろんなやつに狙われてたのを何度か助けてやったのよ。そしたら面倒みてるうちにお友達になってたってわけだ。」
アーカムさんは、教会の裏口で子供たちに囲まれて微笑む神父様を見る。
「まあ今考えてみるとありゃ物理的に輝いていたんだがな」
ぼそりとつぶやいて、みんなの後を追い教会の中に入る。
アリアとシャルーアはお互いの顔を見て、その背を追った。
文章の練習と思って始めた小説ですが思った以上に疲れます。
癒しに感想くれたら嬉しいです。