発見
主人公と姉ちゃんの年齢変更しました。
ぼーっと窓の外を見つめる。
まだ部屋は暗く、子供たちの寝息が聞こえる。アリアはそっと体を起こし、部屋を出た。
「ふう…」
最近妙な夢を見る。やけにリアルで、生々しい夢。しかも、夢で起こったことは、現実でも起きてしまうのだ。
最初は違和感を感じたくらいだった。お転婆なルルが転んで大泣きした時。ナユタがおねしょを隠蔽しようとしているのを発見した時。妙な既視感を感じた。どこかで見たことがある。そうなることを知っていたかのような。
正夢だ、珍しい、なんて軽く考えてたけどそうもいってられない頻度でこの妙な夢を見るようになってきた。
外に出て庭にある井戸から水をくむ。ぶるりと体を揺らす。うう、さぶいぼがたった。最近本格的に寒くなってきたなあ。また、風邪をひいてしまう前に部屋に帰らないと。肌を刺すかのように冷たい水で顔を洗う。スッキリした頭で先程の夢を反芻した。
鬱蒼と茂る森。ロロが上を向いて何かを指差している。私に見て欲しいものがあるようだ。
私も上を向いて、何を発見したのかワクワクした楽しげな感情が胸を占める。そしてスルスルと木に登って、
落ちる。
そこで目が覚めた。怪我一つない頭がまるで地面に打ち付けたかのようにずきずき痛む。まるで幻肢痛みたいね。
夢では常に私の視点から周囲を見ているのに、別の人の視界を通しているように感じる。自分の意思で目線を動かせないのは、なんか気持ちが悪い。おかげでロロが何を指差していたのか見れなかった。
でも大体の状況はわかった。ロロと私がいたのは、教会の裏手にある広場だ。視界の端に女の子全員で育てている花壇があった。奥にはこの前とったばかりの芋を育てていた畑もあるはず。
まだあたりは明るく太陽が真上に近かったから、午後の授業の時間かな。ロロの袖口からはリデルのせいでついた傷がチラリと見えた。かさぶたになっていたそれは現在の傷の状態と同じように、もう治りかけだった。
おそらく今回の夢は今日か明日くらいの出来事だろう。
それだけわかれば対応もできる。真っ逆さまに落ちるなんてごめんだもんね!
心の中で自分を鼓舞し、みんなを起こしに向かった。
「あ〜、朝からくっせ〜」
「くっせ〜」
ナユタの真似をしてルルが鼻をつまむ。今は午前の掃除中。今週あてがわれたのはトサカトリの小屋の掃除。こいつらの卵にはいつもお世話になっております。
私たちが掃除している間に、神父様は教会で礼拝や洗礼を行っている。なので熱心な教徒なんかはこの時間帯にくるのだけど、今日は人数が多かったみたいでシャル姉が臨時のお手伝いに行っている。
だから、姉抜きでの掃除だ。シャル姉になついてるトサカトリたちはどことなく不満そう。
「・・・くちゃい」
ネルまで顔をしかめている。
ナユタとルルは珍しいネルの表情を面白がって笑っている。井戸から汲んできた水を地面にまきながらそんなみんなをたしなめる。
「も〜、文句ばっかり言わない。臭いのをなくすための掃除でしょ」
正直掃除したところでこの動物臭は消えないと思うが一応のフォローをしとこう。相次ぐ暴言にいきり立っているトサカたちよ静まりたまへ。
すると一羽のトサカトリが不穏な動きでナユタの背後に近づく。
「コッケーーーー!!!!!」
「ぎゃーーーー!!!!こいつ俺の髪に!!」
トサカトリがナユタの頭に飛び乗り、軽快な音を立てて糞をもらした。
ナユタがなんども飛び上がり、頭からトサカと糞を払い落とそうとする。うーん、ナユタの赤錆色の髪とのコントラストで糞がすごく目立って見える。ルルは一瞬呆然とした後、大爆笑をはじめ、ネルは口元を隠しながら肩を震わせている。
ネルさん・・・笑いが隠しきれてない。
と、そこで服が引っ張られる感覚がして後ろをふり向く。
ロロが無言で両手を差し出していた。目を向けると新鮮ほっかほかの卵。
「お!集めてといてくれたの?ありがとう」
頭を撫でるとロロは無言で私の手を享受した。
う〜ん、未だにロロがしゃべっているのを聞いたことがない。姉のルルと弟のロロ。二人は双子だけどまるで性格が違うよなー。
頭を撫で続けながら、ルルたちの方を見る。
ナユタ対トサカトリの大乱闘が起きていいた。
「いけー!必殺キーック!!」
楽しげにトサカを応援するルルにため息をつくのだった。
「そんなむくれないの!」
ぶっすーとした表情を隠しもしないナユタにシャル姉が苦笑する。
お昼ご飯が終わって外の広場へと移動中、合流したシャル姉に先ほどの乱闘騒ぎについて事情を話した。
あの後慌てて小屋から脱出し、ナユタ以外を食堂に向かわせた後、井戸水で髪を洗った。
タオルを首から下げたままのナユタは大きなくしゃみをする。
「ぶえっくしゅ!だって、朝から散々な目にあったんだ!機嫌悪くなるくらい許してほしいぜ」
不本意そうに言いながら、まだケタケタ笑っているルルを睨む。
広場に着くと子供たちのまえに神父様が立っていた。
神父様はやってきた私たちの方を見てにっこりと笑い、
「さあ、皆さんそろいましたね。今日の青空教室は冬の写生大会です」
と高らかに宣言した。
冬の写生大会はこの孤児院で年末に必ず行う行事だ。なんでも前の神父様のときから続いてる行事だそうで、子供は風の子、丈夫な体を作るためにあえて辛い環境に身を置くんだそうだ。なんて脳筋なの。
ちなみに今の神父様は、
「毎年変化するあなたたちの故郷を絵に閉じ込めることで、いつどこにいても里帰りの気分を味わえるように」
と言っていた。
私たちの神父様が神父様でほんとによかったでえ・・・
着膨れして動きにくい体を無理やり動かして描きたい場所を探す。私は体が弱いからとシャル姉に着こまされたのだ。
キョロキョロと辺りを見回しながら歩く。シャル姉とナユタは同じ場所を描くようだ。二人仲良く座って下書きをしている。仕方ない、さっき散々な目にあった分、今のうちにシャル姉に癒されるといいさ。
ネルはルルに引っ張られてどこかへ連れ去られていく。うーん若人二人の邪魔をするわけにもいくまいし。
「わっ」
ぽかぽか暖かい日差しにさそわれて日向に行くと、茂みの影からでていた足につまづきそうになった。
「んだよ、お節介女。昼寝の邪魔すんな」
このやろう、瞬時にお昼寝ポジションを見つけやがったな。そこには顔だけを絶妙に茂みの影へと隠したリデルが寝転がっていた。
「はいはい。下書きくらいは描きなよね」
おなじみの舌打ちをBGMにリデルから遠ざかる。強めに言い聞かせても喧嘩に発展するだけだとようやく学んだのである。
私は心の安寧を求めて奥の方へと進んだ。
しばらく探索するとロロが一本の木を見上げていた。私の足音に反応してこちらを振り返る。
「ロロ、どした?なんか見つけた?」
近寄り、声をかける。
すると、ロロは先ほどまで見上げていた部分を指差した。
「あ〜、なるほど」
そういうことか、と腑に落ちた。
そこには、幻の果実と言われるキトウが実っていた。
キトウとは旬の季節も環境も都度変わる、生態が謎な果物だ。その性質であるが故に、計画的に生産出荷することが能わず、幻の果実と呼ばれている。
魔を払うとも、勝利をもたらすともいわれ、特にもいで1週間以内に食べると経験したことのない甘さ瑞々しさを味わえるという。
この間神父様が読み聞かせてくれた図鑑に書いてあった。
ごくん、と喉がなる。
木登りをするのに御誂え向きな枝があるが、そこをぐっと我慢し、ロロに神父様を呼ぶよう頼む。
「これはまた・・・珍しいものを見つけましたね」
ロロに手を引いてやってきた神父様が眉を下げて笑む。
「神父様、肩車してください!」
はやく!はやく!と急かすように頼むと、足元にしゃがんでくれた。
あせる心を鎮め肩に乗り、おでこにつかまらせてもらう。
ぐんっと高くなった視界にテンションが上がりながら、キトウに手をのばす。
丸々とした果実は少し引っ張ったら簡単に採れてしまった。
「ロロ、この果実落としてくから受け止めれる?」
うなづいたロロを見て、次々と落としていく。
「アリア、取り過ぎても腐らせてしまうだけですよ。それくらいにしておきましょう」
「はい!」
丁寧に肩から下ろしてもらい、ホクホク顔でキトウを手にする。
大漁だぜ!ひゃっほーい!
腰をとんとん叩く神父様と、心なしか嬉しそうなロロと私で手分けして戦利品を持つ。
「それにしてもアリア、自分で登るのではなく私を呼ぶとはいい判断でしたね。あの木は結構高かったので、落ちたら怪我ではすまなかったでしょう。呼んでくれて良かったです。」
神父様が褒めるように眼を細める。私は少しだけ背筋を伸ばしてから、得意げに胸を張った。
あ、そういえば写生忘れてた。
キトウの味は桃をイメージしてください