幼少期-孤児院での生活
よろしくお願いします
「アリア!起きて、今日は私たちが洗濯当番よ。」
古着をつぎはぎして作った重たいカーテンが引かれる。
厚い布地で遮っていた光がまぶたをチクチク攻撃してきて仕方なく起きる。
「シャル姉・・・おはよ」
朝からテキパキと動くシャルーア姉さんはこちらを振り返って天使のように微笑んだ。
ああ、今日も私の姉は超天使。姉さんに迷惑かけないようさっさと起きて手伝わないと。
ここ、聖リハシャプール教会はきっちりと毎日のスケジュールが組まれている。
朝8時起床。9時までに準備して朝食。10時から掃除して昼ごはんを迎えた後は神父様の授業や畑仕事等色々。
今週は月に一度は回ってくる洗濯当番の日だから7時には起きないといけないのだ。
「ほーら、ネル。おーはよううう」
「お・・・やすみ」
隣でグースカ寝続ける弟をひっぱりおこし、無理やり着替えさせる。
ここに住んでる子供達はみんな孤児だ。姉とか弟とかいってるけど血はつながっていない。
けれどみんな家族だし、シャル姉に至っては記憶がないくらい幼い頃から一緒にいるからもう本物の姉のように思ってる。
なんでも私はシャル姉に拾われたらしい。仲間たちと物乞いをして生活していた姉は、周りから止められたにもかかわらず道端に捨てられていた私の世話を始めた。しかし、途端に生活が立ち行かなくなった。当時姉が7歳、私が3歳。この孤児院と教会を兼ねた聖リハシャプールの前にいき倒れてたのを神父様が助けてくれた、と聞いている。あんまりにも幼すぎて覚えていないけど。
ただいつの間にか私の手を引っ張ってくれてた姉が「ご飯も服も何もあげられなくてごめんね」って謝る横でいつまでも泣いてたのは覚えている。
そんなこんなで4年たち、あの頃の姉と同い年。弟妹が増えて私も年長さんなのだ。
いつまでも苦労をかけさせる側でなく、姉みたいにみんなを引っ張っていかなくては!
まだ半分寝てるネルと一緒に洗濯物をパンパンしながら決意を新たにする。
姉は汚れを落とす係、私とネルで水気をはじく係である。
双子兄妹のロロとルルに、いたずらっ子のナユタが歌いながら洗濯物を干し終えたら朝食に向かう。
食堂は起きてきた子供達でいっぱいだ。いただきますの時間にギリギリ間に合ったみたい。
いつもの席に座って配膳当番の子からパンとスープをもらう。
パンパン!
ざわめいていた子供達が音に反応して一斉に前を向く。
そこにはみんなを見て優しく微笑む白髭をたくわえた神父様が立っていた。
「みなさん、おはようございます。洗濯、配膳班の子たち、自然の恵みと天におわしますクルセナ様に感謝していただきましょう。」
「「「「「「「光の大神クルセナ様、及び並び立つエレメントの神々にあまねく感謝を。」」」」」」」
祈りを捧げていた手をほどき、さっそくいただきます。小さい子たちはまだだけど、私たち年長組は神父様のマナー講座によりフォークとナイフを扱える。
といっても数に限りがあるので、もっぱら素手で掴んで食べることが多いのだ。となると、年少組が食べ散らかすわ汚すわのオンパレード。
班のメンバーは滅多に変わらないので、いつものようにシャル姉が双子を、私がネルとナユタの面倒を見る。
ああ、早速こぼして。そんな急がなくてもご飯は逃げないよ!
硬いパンに具の少ないスープだけど、貧乏教会にとってはごちそうだ。餓死しそうなほどの空腹を知ってる私は、パン屑ひとかけらも残さずたいらげた。
「あれ?シャル、そのパン残すんだったら俺が食べてやってもいいぞ!!」
「なーに、上から目線でモノ言ってるのよ!自分が食べたいだけじゃない!」
育ち盛りのナユタが目敏くシャル姉の残しているパンを見つけた。
「いいのよ、アリア。お腹いっぱいだなって思ったところなの。ナユタにあげる。」
シャル姉は、ころころと笑いながらパンの乗った皿をナユタの方へ寄せた。
トイレに立った姉を追いかけて横に並ぶ。
「もう、シャル姉こんなに細いんだからちゃんと食べなきゃダメだよ!他の子がお腹空いてるからって自分の食べ物分けちゃうの禁止!」
「あら、アリアも食べたかった?次は、アリアにもいるかどうか聞いてからにするね」
のらりくらりとはぐらかすシャル姉。自分のことを省みないのは美点でもあり欠点でもある。私はシャル姉自身を大事にして欲しいのに、こうみえてなかなか頑固なのよね。
私が不満そうな顔をしているのをみて、シャル姉は苦笑する。
「うーん、昔アリアに満足に食べさせてあげられなかったからつい、ね。なるべく気をつける。」
髪を梳くように撫でられる。こう言われると強く言えないのを姉もわかっているのだ。
もう本当にうちのお姉ちゃんは天使なんだから!
毎度のことながらしぶしぶ納得させられるのだった。
午後になり、青空教室が始まった。私達は15歳になると教会をでて、働かなければならない。
その為、神父様が手に職を、と多岐にわたり物事を教えてくださるのだ。食事マナーも、授業の一環で大人の常識として学んだものだ。
今日の授業は畑いじり。お芋の収穫の時期だからちょうどいいみたい。私たち貧乏人にとって芋の出来はとっても重要。乾燥に強くて、初心者でも育てやすいし。保存もきくし滋養強壮にもいい。冬になると料理に必ず含まれてるといっていいほど貴重な食材だって神父様が教えてくれた。
「手が傷つかないように、手袋を配ります。10人分しかないので、後の子は手袋を持っている人の後ろに並んでください。次の人に交代する時に手袋を渡してくださいね。」
そういって渡されたのはこれまた継ぎ接ぎだらけの薄汚れた手袋だった。年季を感じる。
洗われてはいるけれど、先人の汗がこびりついて漂う異臭に子供たちからブーイングがあがる。
微笑みながら困った顔をする神父様を横目に手袋を身につけツルを引っ張る。
「ん〜〜〜…、っひゃあ!」
ドスン!
尻餅をついた。手にはしっかりとツルが握られ、その先には丸々と実った芋が1,2,…5つも!
「わ…アリア姉ちゃんの、お芋がたくさん。」
「ご飯何日分だろ!すげえアリア!」
ネルがいつも眠そうな目を開いて驚く。ナユタの素直な賞賛の声に少し照れながら、シャル姉に手袋を渡した。
「アリア、よくとれましたね。力がいったでしょう。みなさんも、とれた芋はこちらに置いてください。」
神父様の声を皮切りに、みんなが芋掘りにのりだした。私が指示された場所に芋を持っていくと、後ろから何やら騒がしい声が聞こえる。
振り返ると騒ぎの中心にいたのは、いじめっ子のリデルだった。
リデルは一ヶ月前別の孤児院から移されてきた問題児だ。最初は慣れない環境にぶすくれながら大人しくしていたが、神父様が怒らないのをいいことに態度が尊大になってきたところだった。
「どけよ!俺の邪魔すんなっ!」
どうやら順番が待ちきれなかったらしい。一生懸命ツルを引っ張っていた子を突き飛ばし、芋の前に陣取った。
神父様が突き飛ばされた子に駆け寄り怪我の心配をする。どうやら怒ろうとリデルをキッと睨むが、睨み返され怯んでしまったようだ。眉を八の字ように下げ、オロオロとしている。
神父様はすっかり舐められてるな…と、内心ため息を吐きながらリデルを見ると、
「うーんんん、うわっ?!」
手が滑りまさにひっくり返るところだった。
「あーもう、ズルして順番抜かすからだよ。手袋なしじゃ力いれたって滑っちゃうでしょ」
見れば、手は摩擦で擦り切れ、痛みにプルプル震えている。すっかり手袋の存在を忘れていたようだ。
呆れたように言うと、周囲から失笑が漏れ、痛みか屈辱かわからないがリデルは涙目でこちらを睨んだ。
私を睨んできたリデルは、私につっかかってくることはなかった。苛立たしげに顰められていた顔が、見る間に邪悪な笑顔に変わっていく。嫌な予感がした。
リデルは、きょろきょろと何かを探したかと思うといきなり駆けだした。その方向にいる人物を見て予感が当たったことを知る。あいつは私が一番傷つく方法を知っていた。
更新日はやる気がでた日にします。