同い年の子供
俺――バンチは孤児院で世話になっている子供たちの中で一番年上〝10歳〟になる。
孤児院にいられる最後の年齢だ。
同い年のコブとデシャと一緒に、来年の春には孤児院を出て自立しなければならない。
成人の15歳にはとどいていないが、10歳になると冒険者ギルドに登録できる。
現に俺とコブは登録済みだ。
このところ毎日、2人で依頼を受けて金を稼いでいる。
俺たちが受けられるのは、街の中の安全な仕事ばかりなので、高額な報酬をもらえるわけではないが、確実に金を稼ぐ手段があるのはありがたい。
デシャは魔力の制御が不十分らしく、マーザ院長から冒険者になる許可が出ていない。
俺としては、羨ましそうに向けられる視線が鬱陶しいので、とっとと許可してもらいたいのだが……デシャが『洗浄』魔法を使えるようになるまでは無理そうだ。
コブとデシャより先に生まれたのもあってか、俺は2人と比べてもかなり体格が良く体力もある。
お陰でマーザ院長たち大人から頼られることが多くなった。正直誇らしく思えるのだが……愛想のない見た目に加え、急に伸びた身長のせいで、幼児組の子供らには敬遠されてしまっているようで、少々居心地が悪かったりする。
♢
今日は孤児院で育てたポポトの収穫を頼まれているので、ギルドの依頼は受けていない。
幼児組の子供たちの楽しみでもある恒例のポポト掘りは、俺も好きなので喜んで手伝うつもりだ。
午前中は孤児院の細々した仕事を済ませ、午後から畑へ向かう。
するとそこへ、マーザ院長が見覚えのある子供を連れて現れた。
「あ、ユーチ! 遅いよー。バンチたちを紹介してあげるから、早くこっちにおいでよ~」
デシャが大きな声でその子供を呼ぶ。
どうやらその子が、昨日話していた〝新しく孤児院で魔法を習うことになったユーチという子供〟なのだろう。
その子供はこちらに足を進めながら、俺とコブに視線を向け驚いたように目を見張った。
やはり、数日前に街で知り合った子供で間違いなさそうだ。
「こんにちは」
にこやかに挨拶をしてきた子供を前に、コブはパチパチと瞬きを繰り返し、デシャとその子供を交互に見やりオロオロしている。
「え? デシャちゃんたちが昨日話してた〝ユーチ〟って、この前僕がぶつかっちゃった子のことだったの?」
コブが驚くのも無理はない。俺も驚いていた。
またどこかで会うことがあるかもしれないと、別れ際になんとなく思ったのだが、まさか幾日もたたないうちに孤児院で会うことになるとは……
これも何かの縁なのだろうか?
思わぬ再会に、目の前の子供に興味が湧いてくる。
「ん? どういうこと? コブとユーチって知り合いなの?」
デシャの疑問に、セラも首を傾げて同意を示す。
「先日街で、少しだけ話をする機会があったのですが……そういえば、まだ名乗ってなかったですね。遅くなりましたが、ユーチといいます。昨日からここで魔法を教えてもらっています」
ニッコリ笑って、簡単に自分のことを紹介した子供――ユーチは小さく頭を下げた。
「こ、こちらこそ、この前はすみませんでした。僕はコブといいます」
コブが慌ててペコペコと頭を下げながら名前を伝えていたので、俺もボソッと自分の名前を口にする。
自分の愛想のなさを自覚しているので、気を悪くしてないか不安になったが、ユーチは名前を確認するように頷くと、俺に笑顔を向けてきた。
変わらない様子に安堵し、ホッと息を吐く。
思わず口許が緩むのがわかり、気付かれないように顔を逸らした。
「ふーん、街でどうやって知り合ったのか気になるけど……今はいいわ。後でちゃんと教えてよね」
デシャは俺たちに向かって偉そうに胸を反らしてそう言うと、ユーチに向き直る。
「この2人が、昨日話した私と同じ年なのに先に冒険者になった薄情者のバンチとコブよ。今日の午後はポポトの収穫を手伝うから、ギルドの依頼は受けなかったんだって! ユーチに早く紹介したかったから、ちょうど良かったわ」
改めて俺たちを紹介するデシャの棘のある言葉に苦笑が漏れる。
自分だけ冒険者じゃないことが悔しいのだろう。
ユーチは昨日から魔法を習い始めたというから、孤児院に来たのは今日が2日目だと思うのだが、幼児組の子供たちとも仲良くなっているようで驚いた。
ユーチは小柄なせいで幼く見えるのもあって、俺たちと同じ10歳には見えないから、小さい子らも馴染みやすかったのだろうか?
言葉遣いは丁寧で子供らしくなく、落ち着いた雰囲気なのだが……
どうにもちぐはぐな印象を受ける。
人見知りをしないデシャはともかく、セラやコブまでも知り合って間もないユーチに気を許しているように見えるので、余計に不思議に思えるのかもしれない。
♢
俺とコブは前回の経験を活かして、慣れた手つきで道具を使いポポトの株を抜いていく。
掘り起こされた土から、ポポトが出てきたときの幼児組の歓声に頬が緩む。
にやけそうになるのを我慢しつつ、コブと2人で黙々と力のいる作業を続けた。
ふと、周りの気配の変化に気付き顔を上げると、ポポトが同じ方向へコロコロと転がっていくのが見え目を見張る。
信じられない光景に、ポカンと口が開いてしまった。
「なんだ?」
2歳のライソンが「おいで~」と両手を広げてポポトを呼び寄せているように見えるのだが……?
そんなことができるわけがないと頭で否定しても、目の前の光景は変わらず、眉間に皺がよる。
魔力を使い切り、力なく座り込んだユーチの姿を見てやっと、先ほどの現象がユーチの魔法によるものかもしれないと気付いたのだが……あんな変な魔法は見たことがない。
どうやら困惑していたのは俺だけではなかったようだ。
いろいろ知っていると思われるマーザ院長さえも、目を丸くしてユーチを見ているのだから、よほどおかしな魔法だったのだろう。
当の本人は、自分が何をしでかしたのかわかっていないのか、周りの反応に戸惑い狼狽えている。魔力切れも相まって、なんともさまにならない姿に苦笑が漏れた。
ユーチの魔法のお陰(?)で、いつになく短時間のうちにポポトの収穫作業が終了する。
たくさんのポポトを前に満面の笑みを見せる幼児組の子供たちを労い、『洗浄』の魔法で綺麗にしていく。
――この後は部屋に移動しておやつの時間だ。
ギルドの依頼を受けるようになってから、ここで子供たちと一緒におやつを食べることも無くなっていた。
なんとなく気恥ずかしくて、貰った果物を少し離れた場所で立ったまま口に入れる。行儀が悪いが、大きくなった身体は子供用の椅子では小さすぎるのだから仕方がない。
咎めるような視線を向けてくるマーザ院長に小さく頭を下げ、謝罪の意を示すと苦笑が返された。どうやら今回は見逃してくれるようだ。ホッとして息を吐く。
ライソンに懐かれた新顔――ユーチの様子がなんとなく目に留まる。
ここでもすんなり馴染んでいることに感心するも、なにやらおかしなことになっていた。
ざわつく子供らの視線の先は、ユーチの肩にある白い物らしい。
白い物が生き物であることは、離れている俺のところからもすぐにわかった。
懐いている様子から飼い主はユーチなのだろうと思うが、それまでどこに隠れていたのだろうか? 全く気付かなかった。
動物に触れあう機会があまりない子供らの前に、突然現れた小さくて可愛らしい存在だ。興味がおやつから離れるのも仕方がないだろう。じっとしていられるわけがない。
一人が席を立ちその動物に近付こうと動けば、それに続けとばかりに皆が動き出す。
この状況はユーチが意図したわけではなかったようだ。白い生き物を守るように胸に抱き、落ち着かせようと包み込むように撫でているユーチの顔が引きつっているように見える。
このままではまずい気がしてどうしたものかと思っていると、マーザ院長が子供たちに一言二言声をかけ、落ち着かせてくれた。
――さすが年の功。
感心しながら心の中で呟いた言葉を見透かしたように、マーザ院長から鋭い視線が向けられ焦る。背筋に冷たい汗が流れた気がした。
「この子は〝ホワン〟といいます。ニーリスという種族の子供で、数日前に伴侶動物として登録しました。まだ他の人には慣れていないので、急に大きな声を出したり触ろうとしたりすると怖がって逃げてしまうかもしれません。少しずつでも仲良くなれるように、優しく接してくれると嬉しいです」
子供たちが落ち着いてきたのを見計らい、ユーチは小動物を手の平に乗せ、子供たちに見せるようにしながら紹介している。
まさかあの白い小動物が、警戒心が強く滅多に人前に姿を現さないという〝ニーリス〟だとは思わなかった。
確か、森で生きたニーリスを見られたら『幸運な奴』だと言われるほどだったと思うが……?
ユーチの手の上で、大人しくちょこんと座っている姿からは、そう言われているニーリスには見えない。
あれは、本当にニーリスなのだろうか?
本物だとしたら、どうやって仲間にしたのか気になってくる。
おかしな魔法に加え、珍しい動物ニーリスの存在。ビックリ箱のようなユーチにますます興味が湧いた。
知らず頬が緩んでいたのだろうか、コブに「なんだか楽しそうだね」と笑われ戸惑う。
無表情だと言われる俺が、内心を悟られるとは……
恥ずかしくなり、小さく咳払いをして気を引き締めたのだが、コブは隣でクスクス笑っていやがった。
赤くなる頬を隠すように、視線を子供たちに向け誤魔化す。
子供たちはユーチが注意したことをちゃんと理解したようだ。
小さな声で「ちいさいね」「かわいいね」とささやきながら、目を細め愛しそうに小さな生き物を見守っている。
素直な子供たちがいじらしくて、なんだか誇らしい気持ちになった。
マーザ院長も笑みを浮かべて頷いている。きっと俺と同じように感じているのだろう。