ギルドの食堂で働く少女のつぶやき ④
座り込んでいた椅子から立ち上がり、バルトさんたちがいたテーブルの食器を片付けはじめる。
バルトさんがあんな風に世話を焼く姿……見たことなかったな。
あの子供と出会ってから数日しか経っていないはずなのに、あの親密度はなんだろう?
――先ほどの食事の光景を思い出す。
バルトさんは慣れた様子で子供に『浄化』の魔法をかけ、その子が自分の皿へ食べられない分の料理を移していく様子を満足げに眺めていた。
そしてその大盛りの料理を、バルトさんは幸せそうに食べながら子供の世話を焼く。
子供に微笑むバルトさんの温かな眼差しが、本当の親子のように見えた。
ユーチと呼ばれた子供は、それを当たり前のように受け入れている。きっと何度も繰り返された行為なのだろう。
子供がバルトさんに向ける無邪気な笑顔が、2人の仲の良さを物語っているようで気持ちがモヤモヤした。
♢♢♢
「何があったの? イモールが落ち込んでいるって聞いて様子を見にきたんだけれど?」
「あ、お姉ちゃん……」
「この時間はヒマでしょ、少しくらいなら話ができるわよね」
「……うん」
冒険者ギルドの受付をしている年の離れた姉が、私の職場である食堂に顔を出した。
姉妹で同じ冒険者ギルドで働いているので、顔を合わすことは多いのだけど、職場で個人的な話をすることは少ない。
誰に聞いたのか、私がバルトさんとのやり取りで落ち込んでいることを知り心配してくれたようだ。
実は……と、私は今日の昼にあったことを姉に話すことにした。
「あらあら、それは良くなかったわね。今のバルトはユーチ君の保護者だから、あの子の悪口なんて言ったら、怒るのも仕方ないわよ」
「でも、クレエンさんがあの子のせいでバルトさんが依頼を受けないでフラフラしてるって言ってたから、のんきに笑ってる子供の顔を見たら黙っていられなくて……」
「バルトはイモールの憧れのお兄さんだものね、急に現れた自分より小さな男の子を大事にしているところを見せられて、寂しくなっちゃったのかしら? 確かにデレデレしてるバルトなんて初めて見たけれど……ユーチ君が我儘を言ってる感じじゃなかったわよ。それどころか迷惑を掛けないように気を使っているように見えたわ」
「……そうなんだ。お姉ちゃんもそう思うんだったら、やっぱり余計なことを言っちゃたんだね。でも、仲が良い2人の姿にモヤモヤした嫌な気持ちになるから」
「イモールはバルトと恋仲になりたいのかしら? 2人が恋人同士になる姿が想像できないのだけれど……」
姉の言葉にドキッと心臓が跳ねた。
恋仲だなんて……想像しただけで頬が熱くなる気がして、手で頬を隠してもじもじしてしまう。
「イモールはまだ16歳よね。これからバルトへの気持ちが変化していってもおかしくないわよね。――恋仲になりたいのか憧れのお兄さんで終わるのかわからないけれど、今より仲良くなりたいんだったら、うじうじと余計なことを考えていないでユーチ君と仲良くなっちゃえばいいのに」
「?」
姉の言葉の意味がわからず首を傾げる。
「ユーチ君はギルドに登録できる年齢、10歳だってことにしているみたいだけど、実際はもっと小さいと思うのよ。イモールにとって弟みたいなものじゃない?」
「えっ、弟って?」
「あの子可愛いわよ。敵にしたらイモールが叶うわけがないんだから、仲良くなる方が得でしょ?」
「ええ~⁈ 何それ、お姉ちゃん酷いっ。お姉ちゃんも妹の私よりあの子の方が可愛いっていうの?」
「睨まないでよ。でもしょうがないじゃないあの子、小さいのに礼儀正しいし、私を見て『きれいな髪ですね』ってキラキラした瞳で褒めてくれたのよ♪ その後の照れた顔も可愛くて、初対面なのに思わず抱きしめちゃうところだったわ」
頬を染めて身もだえる姉を見て気が抜ける。
そういえば、姉は昔から小さくて可愛いものが大好きで、幼い頃の私もよくその被害にあっていた。
私が子供の頃に仲間外れにされたのは、もしかしたら姉の奇行が原因だったのかもしれない。ふと、姉にいじられた髪と付けられたリボンをからかわれた過去を思い出した。
「それでね、ユーチ君にしか懐かないホワンちゃんもすっごく可愛いの。ユーチ君とホワンちゃんが一緒のところなんて、癒しよ、癒し! 見ているこっちまで幸せになれるんだから」
「ホワンちゃんって誰? また新しい子供?」
「えっ、違うわよ。ニーリスのホワンちゃん! 冒険者登録に来たときに一緒に伴侶動物登録もしたのだけれどね、小さくてホワホワで大人しくて良い子なの。私がバルトに代わり保護者役をやりたいくらいよ」
「ニーリスって、生きてるニーリスを伴侶動物にしてるの?」
ニーリスは警戒心が強くめったに人前に姿を現さない珍しい動物で、シッポが幸運のお守りとして高値で取引されているのは知っているけれど、実際に見たことはない。
そんな稀少な動物を、あの子は伴侶動物にしているというのだろうか?
食堂では連れていなかったような気がするけれど……
「そうなの〝生きた幸運〟よ! 私もはじめて見させてもらったんだけれど、ホワンちゃんはその中でも特に珍しい真っ白な毛色だったの。残念ながら警戒心が強くて触らせてくれなかったのだけれど、あのホワホワなシッポは好いわよ~♪ それでね、どうにかして仲良くなれないかしらっていろいろ調べてみたの」
そう言って姉が取り出した資料には、ニーリスのことが事細かく記載されていた。
「この資料をユーチ君にも渡して好感度を上げるでしょ? それからユーチ君と2人で、まだ子供のホワンちゃんの成長を見守るの。ユーチ君と親しくなれば、ホワンちゃんも警戒を解いて懐いてくれると思うのよ。あのホワホワなシッポに触れる日もきっとくるはず」
フフフと笑い「楽しみだわ」と頬を緩ませる姉にため息が出る。
「バルトさんにつづき、お姉ちゃんまで夢中にさせちゃうなんて……」
私が釈然とせず頬を膨らませていると、お姉ちゃんは私の頬を突く。
「とにかく、ユーチ君とホワンちゃんは良い子なんだから、仲良くなれるように頑張りなさい。仲良くなればおまけにバルトも付いてくるんだから、イモールにはお得でしょ?」
そう言って、姉は綺麗に微笑んだ。
いつもそうなのだが、言いたいことを言ってサッサと切り替えてしまう姉が憎らしい。
「――もうっ、お姉ちゃんったら」
私に手を振り、仕事に戻っていく姉の後ろ姿を見送りながら大きく息を吐いた。
もう少し話を聞いて欲しかったのに……と愚痴りつつも、さっきまでのモヤモヤしていた気持ちが消えていることに気付く。
お姉ちゃんの言う通りにしてみようかな?
10歳の男の子と、どうやって仲良くなればいいのかわからないけど……
姉の考えたニーリスと仲良くなる方法のようにあの子と仲良くなれば、私も今よりバルトさんに近付けるかもしれない。
食堂の仕事が休みの日に、バルトさんの代わりにあの子の面倒をみてあげたらどうだろう。
バルトさんは安心して依頼を受けられるから、褒めてくれたりしないかな?
『助かったよ、イモール。ありがとな』
バルトさんにお礼を言われるところを想像し、1人でニマニマしてしまう。
うん、良いかも!
私は気持ちを切り替え、いかにしてあの子と仲良くなるか思案するのだった。
こちらで掲載していた本編では登場しなかった、小動物のことを入れました。
書籍化に伴い変更した部分になります。
どのような経緯で〝伴侶動物〟として登録することになったのかも、こちらの番外編から説明できるといいのですが……
本編ではありませんが、読んでいただきありがとうございます。