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 進みすぎた文明を失って数世代──。

 豊かな森の傍に在って、人々は貧しかった。


 多くの人々が文字を失い、暦を失い──。

 まだ百年と少ししか経たない内から、森は千年の森と呼ばれるようになっていた。


 森には長すぎる寿命とその色故に、森と存在を等しくしていると勘違いされている少女が住んでいた。

 人々はその少女を、千年の森の魔女と呼んだ。


 森を畏れ、厭う人々は、不要なものを贄として森へ廃棄した。

 ──その中には多くの幼子や乳飲み子も含まれていた。



「んー、今日もいい天気だ」


 朝の気ままな散歩、もとい採集の途中で、

「ああ、また赤ん坊かあ」

 少女は赤ん坊を見つけた。


 この時代に在って、捨て子など珍しい存在ではなかった。

 ただ、森は広い。

 生きたままで発見というのは、とても珍しいことだった。


 しかも今回はまだ、五体満足の状態である。


 少女は好奇心に満ちた目で、

「おー、生きてる?」

 落ちていた枝でつんつんと(つつ)いてみた。


 途端に、

「ギャー!」

 赤ん坊が火がついたように泣き出した。


「ほー」

 少女は感心したように2度ほどうなづくと、またつんつんと(つつ)きはじめた。


 回数を重ねるごとに赤ん坊の声は小さくなり、か細くなって消えていった。

「ん?」

 少女は不思議そうに首をかしげた。



「飽きた」

 少女は一言そう呟くと、枝をぺいっと捨てると、また歩き出した。


 その手には赤ん坊の襟首が掴まれ、赤ん坊は為す術も無くただ引きずられていった。


 少女に赤ん坊を害する意図はまるで無かった。

 反対の手に握られた野草や木の実が詰まった皮袋と、少女は等しく扱っただけだった。


 石があろうと枝があろうと切り株があろうと、少女は何の配慮もすることなく、ずんずんと歩いていく。


 ──子を棄てた親が最後の情けで沢山巻いたボロ布が、最終的にはその赤ん坊の命を助けた。



 少女は雑だった。

 細かいことはいちいち考えないし、憶えない性格だった。


 だから人間嫌いの同居人がいる家に人間の赤ん坊を持ちかえった。

 だから乳しか飲めない赤ん坊の前に紅茶の入ったコップを置き、パンが乗った皿を置いた。

 そこには一片の悪意もなかった。


 少女の性格をよく知る同居人は呆れ、ため息をつき、

「人間など……」

 と赤ん坊を憎々しげに睨みつけながらも、甲斐甲斐しく世話を焼くことにしたようだった。


 赤ん坊は人間だったが、捨てられたという意味では彼らと同類だったからだろう。

 赤ん坊を死なせるようなことはしなかった。



 赤ん坊はあっという間に少年へと成長した。

 人間と比べれば寿命などないも等しい少女たちにとっては、一瞬と言ってもいいほどの速さだった。


「へー、もうあれから10年かあ」

 少女は蜜柑を食べながらそう言った。

「で?」


「……今までの話は聞いてなかったのか?」

 呆れたような声で同居人が言った。


 今この家にいるのは少女と同居人だけだった。


「聞いてたけど? でも、人間を繁殖させてどうすんの?」

 少女はまるで理解できないという顔でそう言った。

「食用には向かないと思うけど?」


「いや、本当に聞いてたか? アイツが幼女を拾ってきたって話なんだが」

「うん、だから嫁取りの話でしょ?」


「いずれはそうなるかもしれんが……まあ、アレだな。そろそろアイツに名前をつけてやらないか?」

 人間嫌いの同居人も、少年には同情を覚えることがあった。


 人間には名前が必要なのだと少女は学んだ──そしてすぐに忘れた。



 アダムと名付けられた少年はあっという間におっさんになった。

 リリスと名付けられた幼女もあっという間におばさんになった。

 2人の間に生まれた一粒種も、あっという間に少年になった。


「あー、また赤ん坊が10歳になったのかあ」

 10歳になったら名前が付けられるというのが、気づけばこの家の風習になっていた。


「そして今回は、森を出るのかあ」

 さみしくなるなあと、さみしいという感情がわからない少女がつぶやいた。


「まあ老後の世話は一応やるつもりだから、安心して出て行きなよ」

 少女のその言葉に胸に言い知れない不安が飛来した少年とその両親だったが、少年は少女の同居人の顔を見てから安心したような顔で出て行った。



 アダムとリリスの墓は家の近くに建てられた。

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