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にくつぎ人形  作者: のっぺらぼう
ひとかたしろ
9/16

#02

真面目に結婚相手を探している参加者たちには失礼だが、基本的に自己紹介と簡単な世間話が繰り返されているだけなので、紗綾は心底()んでいた。もっとも(おおむ)ね真面目で紳士的に接してくれているため、笑顔で相槌を打っていれば良かったことは助かった。一人だけ、自由に会話出来る時間の前の、持ち回りで参加している男性全員と順に会話する時間帯の際に、無理に紗綾と話そうと割り込んできた礼儀知らずの(やから)がおり、突然割って入られた紗綾が目を白黒させている間お構い無しに喋り続け、眼前にいた、その時間紗綾と会話をする筈だった男性からやんわりと注意を受けても、事体に気付いて歩み寄って来た司会者と主催者からきつめの注意を受けても収まらず、最後には連れ出されていた。その参加者の後ろ姿を眺めた後、紗綾は眼前の男性と顔を見合わせ、共に苦笑した。男性がどのような感想だったのかは不明だが、紗綾の方は、婚活という名目上設定されている年収幾ら以上の条件に合うだけの稼ぎがあるにせよ、お世辞にも見られる外見では無い(くだん)の参加者が、祥雨の美意識全開で製作された紗綾の容姿に釣り合うと思い声を掛けて来たことに驚いた結果、出て来た苦笑だった。紗綾は同じ祥雨の手による『落花』を購入していたが、あくまで『落花』が人形であったからこそで、生きた個人であったなら、遠目に眺めることも勇気が必要だった。

それが唯一起きた騒ぎで、後は(なご)やかに進行していた。後に紗綾たちに謝罪に来た主催者は、開催の挨拶の際に壇上に立ったときに名乗ってもいた上、どういうわけか他の参加者と同じ様に名前が記載された名札を付けていたので、名前が宇田川(うたがわ)だと知れた。司会者は名札に司会とあるだけだったので、どうして差があるのかは分からなかった。

その後は自由歓談の時間が訪れた訳だが、結局男性参加者全員と一巡り話しをする羽目になった紗綾がその定型作業(ルーチンワーク)を終え、飲み物を取り一息()いたところで、近くにいた女性参加者に声を掛けられた。別に異性とだけ喋らなければならないという規則は無い。声を掛けて来た女性は、紗綾より化粧は念入りにしていて、肩に掛かるか掛からないかの長さの髪にもしっかりコテが当てられて、見事な曲線を作り上げていたが、まだ二十歳そこそこに見えた。参加者たちの中でも最年少の部類に入る。

「大変ね」

言葉も、声色も、浮かべた微笑みも、全てが紗綾への(ねぎら)いに満ちていたが、長い睫毛の奥の瞳に射すような鋭さがあり、本心は違うところにあることを示していた。やはり、まだ若い。内心紗綾はつぶやいた。女性は盛田(もりた)美留(みる)と名乗った。

「どういうわけで、参加したの?結婚相手に不自由している様には見えないけれど」

小声で尋ねる盛田に紗綾は同じ様に声を(ひそ)めて返した。

「知り合いに(すす)められたんです。わたしの理想は高すぎるから、現実を見てみなさい、って」

紗綾が参加するにあたって絶対に()かれるからと用意しておいた返答である。(ちな)みに今日既に十回以上繰り返している。

「あら。どんな男性が理想なの?」

「そうですねえ」

周囲の男性たちが、ちらちらと自分たちの様子を(うかが)っているのを無視して、紗綾は思案する振りをしてから答えた。

「もの静かで、わたしの話しをきちんと聞いてくれるひとですね。常に自分のことばかり喋るようなひとは嫌です。大声を上げるひとも好みませんし、押しが強いタイプも駄目です」

「ああ、じゃあ、退場させられたひとみたいのは駄目ね」

「論外です」

紗綾は笑顔のまま言下に却下した。紗綾の即答を聞いて、一瞬盛田は目を丸くしたが、すぐに快活に笑い出した。

「意外ときついわね」

盛田は笑いつつも、安心した様に見えた。盛田が攻略対象にしている男性が参加者の中にいて、紗綾の語った理想像がその男性と異なるか、その男性の好みは気の強い女性ではないのだろう。盛田はひとしきり笑った後、頼んだ飲み物のおかわりを、紗綾のグラスに打ち付けてから一気に呑み干した。紗綾は度数零のカクテルだが、盛田は違う。だが盛田は少し頬に赤みが宿っただけで、はっきりとした口調で、尚も紗綾と会話をし続けた。

紗綾も、男性陣とするよりは気楽だったので、盛田のお喋りにしばらく付き合った。特に内容のある話しではないので、適当に言葉を挟みつつ、紗綾は会場全体を見渡した。間接照明のみで光が抑えられた部屋に、壁一面の窓の外からの光が、濡れた硝子を通して歪んで部屋に差し込んでいる。甘い酒精の匂いに、化粧品の匂いが混じり立ちこめているが、空調はしっかり効いているので空気が淀んでいるという事は無い。男性の参加者の中には、中年を過ぎた年齢の者もいたが、別段身体に不調があるようでは無く、参加者たちの間に不穏な空気が流れているという事も無かった。

しかし、祥雨によれば、死者が出る。もっとも祥雨の説明によれば、あくまでこの建物のこの階のどこかということで、つまりラウンジレストラン内部ではなく、化粧室や廊下、喫煙用の別室ということも考えられたが、一番人数が集まっているこの会場の可能性が一番高いのは事実である。更に、誰が、どのように、ということが一切不明なので、面倒ごとを避ける意味もあり、紗綾は極力第三者の多い場所にいるように言われていたのでラウンジレストランを出、歩き回ってまで確認するつもりはなかった。

盛田が飲み物のおかわりを頼んだので、紗綾も便乗して頼んだ。盛田は、少し酔いが回り始めたのか、目の縁を朱に染め饒舌に理想の男性…紗綾と違いリーダーシップのあるひと…について演説していた。紗綾はそれなりの年齢の女性バーテンダーからグラスを受け取ると、再度辺りを見回した。そこで、先程まで如才なく参加者たちの間を巡っていた司会者が、立ち止まり、やたらと腕時計と壁の掛け時計を見比べ、更にきょろきょろ辺りを見回しているのが目に入った。紗綾が目で追っていると、司会者は大股に出入り口付近に進み、空の皿を乗せた盆を掲げていた年配の給仕に声を掛けた。給仕は、司会者と二言三言交わすと盆を別の給仕に渡して出入り口から出て行った。再度司会者が腕時計に目をやるのを見た紗綾は、そろそろ意中の相手を記載して提出するという時間帯に差し掛かっていることに気付いた。

「書く名前は決まっているのですか?」

「え?」

盛田の言葉が途切れた間に、紗綾は問い掛けた。盛田は、虚を突かれたようで一瞬、きょとんとした表情になったがすぐに満面の笑みを浮かべた。

「うん。決まってる」

盛田は笑みを保ったまま、紗綾が少し前にそうした様に、ラウンジレストラン内部をぐるりと見渡し、目を(しばたた)かせた。

「あれえ?」ほんのりと赤い頬に片手を当てて、不思議そうに盛田は首を傾げた。「いない…」

「意中の相手?」

「…うん、うん。そう」

紗綾もつられて参加者たちを一人一人目で追った。男性の人数を数えていたが、何分(なにぶん)照明が暗いのと、部屋を出入りするひともいるわけで、なかなか把握出来なかった。そうこうしている内に、先程、司会者に指示されたのかラウンジレストランを出ていった給仕が、足早に、しかし滑るような足取りで戻って来て司会者に近づくと、何か耳打ちした。

「はあっ!?」

司会者の職業柄鍛えられた美声が、電源を入れていたマイクに入ってしまってラウンジレストラン全体に響いた。参加者たちがぎょっとして各々の会話を中断して司会者を視線で射った。紗綾も、内心何が起こったのか予想が付いているにも関わらず、反射的に同様の行動を取ってしまった。部屋に設置されている全ての照明が一斉に(とも)され、司会者の血の気の失せた顔が(あらわ)になった。

都会故に警察車輛のサイレンはしょっちゅう聞こえて来るものだが、このとき聞こえて来たそれは、明らかに紗綾たちのいる建物を目指していた。


打ちっぱなしのコンクリートの壁にリノリウムの床が冷たく、無機質な蛍光灯の光に照らされた、非常時にしか使われないであろう階段に、(うつぶ)せに倒れた男がいた。男が倒れているすぐ傍にある扉を一枚(へだ)てた向うは、絨毯を引いた廊下であり、更にその先には(きら)びやかなラウンジレストランで、華やかに着飾ったパーティの参加者たちがひしめいていたが、男の周りにいるのは、無骨な紺の作業着に帽子、手袋を装着した警察の鑑識係たちだった。

開け放たれた廊下と階段を繋ぐ扉を(また)ぐ位置に、背広姿の三十代後半と思われる男が、放たれるカメラのフラッシュに、元々悪い目付きを更に悪いものしながら、倒れた男をじっと見ていた。

「宇田川武弘(たけひろ)。今日、そこのラウンジレストランで開かれていた婚活パーティの主催者だそうで」

「はん」

目付きの悪い男、福平(ふくひら)という名の刑事、は、同僚の入間(いりま)の言葉に気の無い返事をした。

「そのパーティの司会者が、被害者が見当たらないのでレストランの店長に探しに行かせ、見つけたそうです。通報も店長が」

福平は、入間(いりま)の言葉を片手間に聞きつつ、宇田川の死体を眺め下ろしていた。(うつぶ)せなので、顔は当然見えず、見えるものは潰された後頭部に茶に染めた髪、高級そうなスーツの背、細身のズボン、光沢のある茶色の革靴、といったものだけである。頭の周辺には血と脳漿(のうしょう)、頭皮と頭皮に付着した頭髪が飛散している。

「むごい事をする野郎もいたもんだ」

「男なんですか」

(ひと)()ちた福平に、入間(いりま)が生真面目に聞き返して来た。福平が酷い目付きでじろりと入間(いりま)を見た。常人だったら(おのの)いて、犯人だったら平伏(ひれふ)したくなる目付きだったが、福平よりずっと若く、線が細く色が白いにも関わらず、物怖(ものお)じしない入間(いりま)は尋ねるのが当然、という顔をしていた。

「女だったら余程の腕力の持ち主だな。頭がぐすぐすになるまで殴り倒しているんだから。凶器の種類によっては不可能とは言わんが」福平は一旦言葉を切ると、死体に再度目を向けつつ、尋ねた。「監視カメラは?」

「あります。ここの警備員が会社と連絡を取り終えたそうで、すぐに提供してくれると」

福平は無言で(うなず)いた。機を見計らっていた訳ではないだろうが、その時エレベーターが開き、廊下を制服警官がばたばた走って、福平と入間(いりま)の下にまで来た。制服警官の報告に、福平は不機嫌そうなうめきを漏らすと、死体の周りに動き回っていた鑑識係に声を掛けた。鑑識係も福平と同じ程度機嫌が悪そうな顔になりつつ立ち上がり、同僚たちに声を掛けた。制服警官の先導で、福平と入間(いりま)、そして数名の鑑識係が廊下に出てエレベーターに乗り込んだ。

「パーティの関係者は帰していないな」

「はい。まだ」

「三十人だったか。面倒だな」

福平と入間(いりま)が低い声で会話をしているうちにエレベーターは一階に着いた。制服警官が裏口に案内する。裏口を出ると、途端、表側に停車している警察車輛の赤いランプの光が細い路地の合間を抜けて、福平たちの顔を照らした。制服警官が数人、裏口の横に設置された業務用のゴミ容器、長方形のポリペールの周囲にサーチライトを設置していた。鑑識係による周辺の写真撮影が念入りに行われた。

ポリペールは、南京錠が掛かる形式のものであったが、鍵そのものがなかった。蓋が開けられると、強い光の下に、白い肌着の背中が浮かび上がった。

「ひでえ」

福平は片手で拝む真似をした。鑑識係が前に出たので、福平と入間(いりま)は一旦退(しりぞ)いた。福平は傍らの制服警官に声を掛けた。

「見つかった凶器らしきもの、ってのは?」

「これです」制服警官は地面に投げ出された鉄パイプを示した。「そのゴミ箱の隣に捨てられていました。念のためとゴミ箱を開けたら、これで」

死体がポリペールから取り出されたのは、それから大分()ってからだった。数人掛りで(かつ)ぎ出された死体が担架に寝かされる。仰向けになった死体は六十前後の男で、前頭部から頭頂部には数えるほどしか頭髪がなく、残っている髪は半分ほどが白かった。白い肌着と下着、靴下しか身に着けていなかったので、逆に背が低いが体付きは割合がっしりしているのが良く分かった。

「一人、警備員と連絡がつかないとかって言っていたな」

「ええ」

「死因は…宇田川と一緒か」

「ぐちゃってなってますね」

入間(いりま)の表現は妙に擬音が()っていた。

制服警官が呼びに行った警備員が来て、今日の担当だったにも関わらず途中でいなくなっていた警備員の(だん)(ゆたか)という男だと確認された。

「いい加減、パーティの参加者たちと話すか」

同僚の死に震える警備員を横目に、福平はつぶやいた。

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