勇者外出
いきなり土下座された使用人は頭が真っ白になった。
「……はい?」
「アクセスしたのはいたずらじゃないんです!!ちょっとミスって…いや何回もやってるから信じてもらえないかもしれないけど本当やましいことはないんで死刑だけは勘弁してくださぃいいい!!!」
土下座のままマシンガンのように話されて使用人は戸惑った。
何か、誤解している?
「あ、えと、顔あげてくだサイ……」
しかもテンパって思わず敬語になってしまった。
それでも顔を上げようとしないライアンを起こしてあげて、何とか話を聞いてもらおうと咳払いをすると、それだけでビクッとされた。
「えー……ライアン=カミン。魔王様から城への召喚状が届いているはずだが、相違ないな?」
「え?」
ライアンも徐々に落ち着きを取り戻してきたようで、使用人の話をしっかり聞けたようだった。
「いや、それっぽいのは来てないと……いや待て…」
あの迷惑メール。もしかして……?
「どうした?」
「魔王城からって妙ちきりんなメールは来てたんですけど……」
「ま、魔王城からの召喚状を妙ちきりんとは無礼者!!」
「ひぃぃっすみません!!」
再び土下座モードに入ろうとしたライアンを留めて使用人は聞いた。
「では、召喚状は来ているのだな?」
「た、ぶん?ちょっとパソコン取ってくるんで見てもらえますか?」
ライアンは一度部屋に引っ込み、パソコンからありとあらゆるケーブルを外し、散乱しているコードに足を引っ掛けながら部屋を出た。
玄関先に戻り、メールボックスを開く。
「これです」
「ああ、アドレスは魔王城のだな」
クリックして中身を開いた瞬間、使用人とライアンの間に妙な沈黙が生まれた。
しばらくして、使用人は呟いた。
「これは、迷惑メールだな……」
ーー
家に入ってもらい、ライアンは慣れない手でコーヒーを淹れた。
紛らわしいメールをしてしまって申し訳ない、と使用人は詫びてから、ライアンに改めて向き直った。
「ライアン、魔王城へ入城してもらう」
「ぇあ!?なんで?」
魔王に呼ばれる理由なんてあるわけがないと思っていたので、ライアンは驚きのあまり変な声が出た。
「魔王様の後継に選ばれたからだ」
「それマジなの!?」
一番嘘だと思っていた部分を言われて、ライアンは何かのドッキリなんじゃないかと思わず部屋中をキョロキョロと見回した。
「本当だ。ふざけた文面だったがあれに書いてあった事は全てうそじゃない。ので速やかに城へ連れて行くが……」
使用人はチラリとライアンの全身を見た。
髪の毛ボサボサ、目の下にでっかいクマ、薄汚れた灰色の上下セットのジャージ、裸足。
ここまでニートらしいスタイル見たことない、と使用人は心の中で落胆した。
「魔王様の御前へ参るのだ。顔を洗って失礼のない服装に着替えてこい」
一着くらい持ってるだろう?馬車で待っているから着替えたら乗れ、と使用人はコーヒーを一気飲みして家を出て行った。
取り残されたライアンはどうしようと頭を抱えた。
「礼服なんて一着も持ってねぇよ……」
一度も働いたことなんてないのだから、余所行きの服なんて持ってるわけがない。
とにかく部屋に行ってマシな服は無いかと押入れをガサガサと漁る。
「クソっ、ボロいのしか見つかんねー……」
早く探さないと、と少し焦り始めた時、押入れの端に段ボールが置いてあるのを見つけた。
何かあるかもしれない、とライアンは藁にもすがる思いでそれを開けた。
「あ……」
そこには、全身フルセットの服が入っていた。
少し上等な黒い生地に金ボタンの上着と同じ生地のズボン。中に着る少しくたびれた白いワイシャツ。
「これだ!」
ライアンは早速着替えを始めた。
ーー
ライアンを待つ間に、使用人は魔王にタブレットから電話をかけた。
「魔王様!ライアンがこれからきます」
「ほ、ほ、本当に!!?やったあああああ!!」
電話越しなのに鼓膜が破れそうになるくらいの大声で魔王は喜んだ。
「ていうか、魔王様、あんな文面じゃ迷惑メールだと思われますって」
「え?少しでもフレンドリーな魔王様と思って欲しくてああやったんだが……」
魔王の言い分に使用人は反論する気にもなれなかった。
「……とにかく、これからは普通の、普通の!文面でメッセージを送ってください」
そう言って電話をきると、玄関のドアが開いた。
「そういや、まともに外でんのひっさびさだなー……」
真っ黒な服に身を包んだライアンが馬車に向かってくる。
使用人は何か言いかけたが、結局何も言わずに馬車に乗せた。
年齢的には少々キツイが、見た目的にはおかしくはないからまあいいか。
学ランを着たライアンを乗せた馬車は魔王城へ走り出した。
ライアンの久々の外出である。