勇者登場
魔王の城がある都ウィシュトは、城を中心に円形にぐるりと民家や店が建ち並ぶ大きな街である。
城から限りなく近い場所から、魔王の臣下や大臣の住む豪邸、それぞれの宗教に合わせた教会や寺院、生活に必要なものが売られている商店街、庶民の住宅街と外へ行くにつれて貧相だが賑やかになっていく構造をしている。
そんな住宅街の一角に、薄暗い家が一軒。
真っ暗な家の奥の部屋に一つだけ灯る青白い光。
「ふ、ふ、これでこの秘宝も俺のものダァ……!」
その光の前で男が一人不気味な薄笑いを浮かべている。
男は青白い光を放っている画面の前でカチカチと何かを打っていた。
しばらく沈黙すること数分。
「っっしゃあああああ!!イベントランキング上位報酬ゲット!!!キタコレ!!」
ガタッと立ち上がりカエルのように飛び跳ねた。
彼の名は、ライアン=カミン。
16歳で魔術学校を卒業後、安定した職にもつかず、これまた魔力で動くパソコンでゲームに明け暮れる生活を送ること3年。最後に外に出たのは2年前に母親に頼まれて外のポストから手紙を取って来た時だった。
「グヘへへへ、これで更に強くなるぜぇ……!」
さあまずはセーブだとメニューページを開いた時だった。
『魔王城からのメールを受信しました』
「のわああああああああ!!!!!!?」
ゲームのウィンドウが強制的に閉じられ、一つの通知が画面に映し出される。
「ちょ、セーブ!セーブしてねぇんだけど!!?俺の35時間どうしてくれんの!?パァだよ!」
上機嫌から打って変わって血相を変えてマウスをガチガチとクリックする。
「データ…きえ…た…」
ライアンはその場に手をついて静かに泣き出した。
「なんで、なんでだよ!なんで世界はこうも残酷なんだよ!!」
クライマックスに主人公が言いそうな台詞を言いながらライアンはふと、データが消えた理由を思い出した。
「そーいや、なんかメールきてたな」
しょうもない内容だったら特定してぶっ殺してやる、と物騒なことを言いながらメールを開いた。
『ライアン=カミン様へ♪
魔王の後継として厳しい選定の結果、ライアン様が選ばれました!(*^_^*)
つきましては、速やかなる魔王城への入城をしていただきたく、このメールをしました(^_−)−☆
魔王城で待ってま〜す♡
魔王より』
しばらく考えたのち、ライアンは一つの結論を出した。
「迷惑メールだな」
魔王からのメールがこんなにふざけているはずがないし、そもそも自分が魔王の後継に選ばれるなんて藁の山から針を見つけ出すよりも可能性は低いだろう。
「ったく…こいつマジでぶっ殺す…少し寝たら作業開始だ」
パソコンを閉じて、ライアンは眠りに落ちた。
ーーそのころ、魔王城では
「フンフフーン♪そろそろライアンの元にメールが届いたはずだ」
様々な宝石が散りばめられた玉座の間で、魔王はなにやらゴソゴソと作業をしていた。
そこへ、いつもの使用人がやってきた。
「魔王様、何をやっておられるのですか?」
「これはな、歓迎の意を示すための飾り付けだ」
魔王が取り出したプラカードにはデカデカと『ようこそ魔王城へ!初めましてライアン君』の文字が書かれていた。
「手始めにこれを天井から吊るす。手伝ってくれるな?」
めちゃくちゃ爽やかな笑顔で問いかけられた使用人は溜息をついて額を抑えた。
「国中の技術をかき集めて造られた玉座の間に躊躇いもなく飾り付けをするのは魔王様だけでしょうね……」
使用人は半ば諦めたようにプラカードを吊るすのを手伝った。
「早く来てほしいな」
魔王はサンタからのプレゼントを待つ子供のように笑った。