茶飲み友達
「大体、いくらショックだったからって、お酒に走るなんてバカげてますよ」
相変わらず、お煎餅をパリポリ食べつつ私が言うと、先生は「別にショックだったから飲んでたわけじゃないわよ」と、少し拗ねたような表情を見せた。
ちなみに、この時点で既に時間は深夜0時近くになっており、彼女がうちに泊まっていくのはほぼ決定事項となっていた。飲み物も、コーヒーではなく梅こぶ茶に変わっている。
これが大学のほかの友達相手なら、今夜は飲み明かそうぜ!という事になるのだろうが、昨日あれだけ酒を呷って醜態を晒した彼女に今晩は1滴たりともアルコールを飲ませる気はない。
本人も自覚はあるようで、梅こぶ茶を美味しそうに飲んでいる。
「そういえば、先生ってお酒は元々強い方なんですか?」
「うーん、そうでもないかも。いつも、最初の一杯だけチューハイ飲んで、あとは烏龍茶だったから」
……それって、弱いって言うんじゃないんですか?
危ないなぁ。急性アル中にならなかっただけ、マシだったんじゃないか。
「これからは、1人で飲むのはやめた方がいいですね。冗談抜きで、死にますよ」
なんで教師相手にこんな説教してるんだろ、私。
「んー…、わかった。そうする」
「そうしてください。誰か友達呼び出して、愚痴ればいいじゃないですか。『ちょっと聞いてよ!浮気されたのー!』って。愚痴ったら、結構スッキリするもんじゃないですか?」
「それは無理ね。友達はみんな、私が女性が好きだって知らないもの」
あ、そっか。そういえば、相手は”ミカコ”だった。
それは確かに、あまりペラペラと言いふらすわけにはいかないか。でも、それにしたって1人くらい…
「案外、話してみたら高崎さんみたいな反応の人もいるのかもしれないけど、……私はそれを見極めれなかったから。
だから、友達は『なんで彼氏作らないの?』って聞いてくるわよ」
「そっかぁ…、なんか色々と大変なんですね」
「そうねぇ…………ふふっ」
「ん?」
ふいに笑い出した先生に目をやると、梅こぶ茶の入った湯飲みを大事そうに両手で包みながら、なんだか嬉しそうにニコニコ笑っていた。
なんだろうと首を傾げていると、彼女は穏やかな微笑を浮かべたまま言った。
「ねえ、それって、今まさに私達がしてる事じゃないの?」
「……はい?」
「だから、友達呼び出して愚痴るってやつ。それって、こういう事でしょう?」
――ああ、なるほど。言われてみれば、確かにその通りかもしれない。
私は先生の友達じゃないし、呼び出されたわけでもないが、人に話してスッキリっていうのは、まあ…そうかもしれない。
「なんか、いいわねー、こういうの。嬉しいなぁ。
彼女はなくしちゃったけど、代わりに茶飲み友達が出来ちゃったわ」
「ははっ、茶飲み友達ですか?」
「そう。お酒じゃなくて、お茶飲みながらのーんびり話して、癒されるの。
今まで、こういう話を誰かとした事ってなかったから、新鮮かも」
うーん、茶飲み友達ねぇ。
まだ縁側で並んでお茶を飲むほど日和ってはいないと思うが、まあ、それで彼女が喜ぶならいいか。
少しばかり歳は離れてるし、アドバイスをしてあげられるほど経験豊富というわけではないが、話を聞くのには慣れている。
何より、友達だと言われて悪い気はしなかった。
「私で良かったら、いつでもお茶くらいは出しますよ」
「うん、ありがとう」
どことなくくすぐったい気持ちになって、2人して梅こぶ茶をズズズと飲む。
もう大分冷めてしまってはいたし、夏に飲むにはあまり適していないかもしれないが、彼女と向かい合って飲むお茶は、いつもより美味しかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
私と先生は、意外なほどに馬が合った。
見た目は非常に女性らしい、中身はどこか少女のようなところのある彼女と、見た目はそれなりに女だが、中身はまるっきりオヤジの私が話が合うなんて、意外としか言いようがない。
ある時は、私のお気に入りのお笑いDVDを観て過ごしたり。ある時は、彼女の薦める本を借りて読んだり。
1人で飲みに行かないという約束を律儀に守っている彼女を連れて、あれ以来顔を出していなかったさっちゃんに行けば、彼女の顔をしっかりと覚えていたさっちゃんにあの時の事をからかわれながら、相変わらず美味しいおでんを食べたり。
うちに泊まりで遊びにきたり、私が彼女の家へお邪魔する事も何度かあった。
そんな時間を過ごすうち、彼女はいつの間にか、私の最も身近な友人になっていた。