P.099 2つの誤解(2)
エクシラに向かう馬車の中、「えーんえーん」っと泣くアヤメの頭を、隣に並ぶリーシェが撫で、同じように泣くユーネをミネアが同様に撫でている。双方共に歳下に慰められている状況……そんなシュールな空気のまま、馬車はエクシラへと到着した。
山よりの入口には、数人のカーレン隊の兵士が敬礼をしながら出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ!カーレン隊長!」
兵士の出迎えに、片手を上げ応えるカーレンは馬車を停止させて地に降り立った。停車後、中からユーネが顔を覗かせ辺りを確認。そして車内に「着きましたよー」っと言って自らも降りる。
アヤメ達も続いて降り立つと、出迎えの兵士達がシャクルとミネアに気づき、少し身構える。
「シャクル=ファイントにミネア=リステナ…!捕らえたのですか!?」
「いや、彼らは違う。罪人などでは無い」
「えっ…!?」
「詳しくは後で話そう。とにかく彼らに休める部屋でも準備してやってくれ」
「は、はあ……っ!?」
戸惑う兵士だったが、アヤメとキリの姿に気づき、急に慌て出す。
「お、おい急げ!1番いい部屋だ!あと急いで掃除だ掃除!あとあとお茶と菓子を――…」
「あ~おいおい、いいっていいって。こっちはこっちで勝手にさしてもらうから、んな気ぃまわさなくていい。な?姫さん」
「へ?あ、はい」
「つー訳だ。おとなしくしてっから、オレらの事はそっとしててくれや」
そう言われた兵士はカーレンに視線を向けた。するとカーレンは無言で頷きキリに向く。
「もし必要な物などあれば遠慮なくお申し付けを」
「すまないな、隊長さん」
「では我々はこれにて失礼させて頂きます」
一礼をし、その場を去ろうとした所…エクシラから1人の兵士がカーレンの元に駆け寄って来た。
「カーレン隊長!おかえりなさいませ!」
息を切らしながらカーレンの前で敬礼をする兵士。
「どうした?慌ただしいな」
「申し訳ありません。今朝方本部より書状が届きまして…その~…」
何かを言いたげな表情で、アヤメ達の方をチラチラと見る兵士。その様子から察したカムラが手をパチンっと叩く。
「さっ、そろそろ研究所へと行くとするか。軍の皆さんは仕事があるようだから、邪魔をしてはいかん」
そう言って近くに立つシャクルとキリの背を押し進む。それにつられるようにアヤメ達も歩き出し、カーレンとすれ違う際にお礼を告げていくアヤメとミネア。
アヤメ達が離れていき、エクシラの中へと姿を消したのを確認し、兵士はカーレンに向いて続けた。
「…それで、届いた書状は緊急のようでして、隊長不在の為、副隊長に確認頂きました。内容は【"砂漠の大国"宮殿ナディア】よりの救援要請でした」
「救援要請…?帝国に次ぐ、ヒューマ武力大国のあのナディアからとは…珍しい」
するとそこに馬車を片付けたユーネが合流する。
「どうしたんですか?隊長。難しい顔してますが」
「いや、ナディアから救援要請がきたらしくてな」
「ナディア?…あ~…あそこの第一王子、私苦手なんですよねぇ…カッコいいけど、女ったらしの遊び人じゃないですか…」
「実はその第一王子が、現在行方不明らしいのです」
「っ!?…何だと…!」
「詳しい事はまだわかっていませんが、ナディアの宮殿の屋根に争った痕跡が残っており、人為的とは思えぬ形で体を食い千切られたヒエンの忍の集団が見つかったそうです」
「ヒエンの忍か…また厄介な名だな……奴ら絡みとはいえ、ヒエンの忍が口を割るとは思えん。現状はどうなんだ?」
「現状は副隊長が先行し、先見隊らとナディアに発ちました」
「そうか。この手の事なら、元学者の副隊長に任せた方がよさそうだ…ではこちらも書状を確認するとしよう。バイスン小隊長、君も来るんだ」
「あ、はい」
既にエクシラの中を歩いていたアヤメ達。シレイスとヤナの襲撃によって破壊された建物などは、既に修復が終わっており、以前の形を取り戻していた。
カムラを先頭に、精霊研究所のある建物の図書館を進み、研究所の扉を開く。すると中には2人の白衣を着た人間…いや、髪から覗く尖った耳。カナフィーリン族の青年と女性がいた。
「あ、所長!おかえりなさい」
笑顔で出迎えてくれたのは肩までの紫の髪の女性。対する青年は、牛乳瓶の底のような眼鏡で、ボサボサに逆立った青い髪を、プルプル振るわせながらカムラに歩み寄る。
「所長ぉ~どこに行ってたんですかぁ~!調査なら僕も一緒に行くって言ったじゃないですかぁ~!」
「あ~いや調査ではない。単なる里帰り…かな」
「な、ならいいんですけど…」
「あたしは全然よくないわよ。【テッド】と2人っきりがどんなに辛かったか…」
「辛いだなんて酷いな【サティラ】…」
「まぁまぁ…皆に紹介しよう、この2人はわたしの研究所の研究員だ」
カムラがアヤメ達に向き2人を指すと、2人は揃って一礼をする。
「サティラです。この研究所の副所長をやってます」
「あ…テッ、テッドです。あの…その…よろしく…」
社交的なサティラに対し、おどおどした様子のテッド。年齢的には2人共20代半ばといった感じで、揃って160cmあるか無いかの身長。
「まぁこれで全員ではないが、アヤメさんの検査には十分なメンツだ」
「検査!?え、私の検査って何をするんですか!?」
「マザー量の測定や、現状でのマザーに対する耐性。そして抵抗力を診るつもりだ。大丈夫、痛みを伴う事はしないよ」
「カムラ様、その検査の真意は…」
痛みを伴う事ではないにしろ、アヤメ同様に不安げな表情のミネア。サティラとテッドに至っては、何の事だ?っと首を傾げながら皆の様子を伺っている。
「帝国の船の中でリーシェさんが言った、ロスブリア行きを前提とした検査のつもりだ」
「ん?ロスブリアって…何だ?」
キョトンとした表情でミネアを見るシャクル。これには一斉に全員がコケた。
「ちょっとシャクル本気で言ってんの!?世界樹マザーがある地って言われたじゃん!私だって覚えてるのに…」
「あ~、だっけな。で、何でそこ行くんだ?」
さらっと切り返すシャクルに苦笑いのカムラが続けた。
「いろいろ考えてはみたのだが、やはりショック療法のような手しか思い浮かばなかった」
「つまりあれか?強いマザーに触れ、能力を呼び起こすって訳だろ?兄貴」
「あぁそうだ。それがダメでも、マザー根源の地だ。里のどこかにヒントはあるはずだからな…シャクル君。これがわたしの考えだ。君の意見はどうだい?」
「え、俺?…いや、俺は口挟めるような知識ねぇから、アヤメがいいって言うなら任せるよ」
すると自然にアヤメに集まる視線。
「私は…もし可能性があるなら行きたいです、ロスブリアに。だからお願いします」
「…だそうだが、決まりでいいかな?シャクル君」
カムラの問いに頷き返すシャクル。
「なら決まりだ。ではさっそく今からアヤメさんの検査に入る。測定などは時間がかかるから、皆はわたしの家ででも休んでいてくれ」
「時間がかかるって、どのくらいなんですか?」
「…まぁ一晩はかかるだろうね」
「ウソ!?一晩もぉ!?」
「身体検査もあるから…女性のミネアさんか、リーシェさんで付き添っててくれても構わない。いや、その方がいいか。あ、もちろんその時はわたしとテッドは退室して、全てサティラに任せるから心配は要らん」
「それでしたら是非付き添わさせて頂きます。リーシェも付き添います?」
「えぇ、ワタシも解剖とか興味あるし」
っと笑顔のリーシェ。本気で言っているのか冗談なのか定かではないので、とりあえずスルーを選んで……
「…で、ではテッド。君には後で説明するから、わたしの家まで彼らを案内して上げてくれ」
「え、あ、はい」
「あと食事と寝床は、隊の方に申請しておいてくれるか?」
「は、はい、わかりました」
「飯まで悪いなカムラ、助かるよ」
「いやいいさ…って、わたしが作る訳ではないがな。あと寝床はすまない。隊の支部にベッドがあるから――…」
「あ~いいって、雑魚寝で。でもま、宮殿王様のキリは大丈夫か?」
「はっ、雑魚寝の方が落ち着くぜ。育ちが悪いからなぁ」
「おいキリ…わたしまで育ちが悪いみたいだろうが…」
ため息混じりに頭を掻くカムラに対し、キリは「へいへい」っと口を『へ』の字にしながら背を向け歩き出す。
「ほら行くぞ。時間かかるならさっさと始めた方いいだろ?おいテッドとか言うの、早く案内頼むぜ」
「あ、はっ、はい!」
慌てて駆け出すテッド。シャクルもアヤメ達に「じゃあな」と手を上げ、未だ動かぬアラーケを見た。
「行くぞ、アラーケ」
「ん?あ、うん…ちょっと待って。なぁカムラ」
「どうかしたのかい?」
するとアラーケはポケットからウィビの結晶体を取り出した。
「これも一緒に検査してくれないか?」
「…ウィビさんのだね…わかった。引き受けよう」
「へへ、サンキュー、カムラ。だからおれも身体検査まで付き添――…」
…――ゴッ!
言葉を切るように、ウィビの結晶体を手にしたミネアの蹴りが、アラーケの顔面に留まる。
「わたしが付き添いますねー?アラーケ…」
「おっ…お~け~でぇ~す…」




