P.097 距離(3)
そして日が暮れ夜となった。
甲板に1人佇むアヤメ。ボーっと夜の海を見つめている。すると突然後ろから頭を小突かれ、驚き振り返ると…そこにはシャクルがいた。
「何を呆けてんだよ」
「別に呆けてないってば」
「あ~元々そういう顔だったな」
「裏を返せば癒し系とも言う」
「…お前、アラーケの影響出てきたな…」
アヤメの隣に並び、逆方向を見ながら縁に寄りかかる。
「ほら、これ」
「ほえ?」
すると手にしていた2冊の本をアヤメの目の前に「ほいっ」っと差し出した。
「何こ――…あっ、これ…!!」
2冊の本を見つめ、ハっとしたように受け取り抱え込んだ。
「…見た?」
「何を?」
「何って中身!…見たの?」
「全部じゃねぇけど」
その言葉にアヤメは大きなため息を1つ。
「うぅ~最悪だよぉ~…」
小さく呟きシャクルに背を向けた。その背を見、夜の空に視線を上げるシャクル。
「ありがとな…」
「え?」
予期せぬ言葉にアヤメは振り返るが、シャクルは夜空を見つめたまま。
「な、何?…いきなり…」
「ん?別に深い意味はないぞ。ただ中に書いてあった、俺との時間を『最高の時間』なんて言ってくれた事をさ…」
そう言って笑みを浮かべてアヤメを見るシャクル。その表情にアヤメの顔は急激に熱くなり、真っ赤になる顔を隠すように背を向けた。だがシャクルはそれを気にする様子もなく話しを続ける。
「訳もわからないまま、いきなり別世界に連れてこられて、危険な目にも遭ってきたよな…」
「う、うん…」
「けどお前は泣き言1つ言ってない…ま、わがままくらいはあるがな」
「わっ、わがままで悪かったわね」
「お前がいたから俺もここまで来れた。だから俺にとっても、お前との時間は大切な時間だ」
「んなっ…!?」
シャクルに背を向けたまま、なぜか身を硬直させるアヤメ。
(な、何なのよォ~いきなり…この切り出し方ってぇ……え?そーゆー展開的なヤツじゃん!?)
「アヤメ…」
そっとアヤメの肩にシャクルの手が触れた。
(ひっ…!?)
一瞬身をビクつかせると、シャクルはアヤメの体を強引に回転させ、向かい合わせとなる。両肩にシャクルの手が置かれ、見つめ合う2人。
「アヤメ…」
「はっ、はいっ!?」
真剣な眼差しのシャクルに、視線を外せずに顔を熱くさせるアヤメ。するとゆっくりと近づいてくるシャクルの顔。
(えっ!ちょっ、ちょっと…待ってよォ~!!そりゃこの前"しちゃった"けどさぁ…い、今ぁ~~~??)
近づく顔にグっ!っと瞳を閉じるアヤメ。
…………………………
………………あれ?
何も…無い?
ゆっくりと瞳を開くと、そこにはかなり近い位置で、不思議そうな視線をこちらに向けているシャクルがいた。
「え?な、何?…どうしたの?」
「いや……あ、やっぱり」
「や、やっぱり?」
すると鼻でクスっと笑い、アヤメの口元を指で擦った。
「む!?むぐぁ~!」
「あ~大人しくしろって……お、取れた」
「へ?えぇ??」
「食事終わったら口の周りくらい拭けよ。ソース付いたまんまだったぞ」
「ソ、ソース!?」
「あぁ。気づいた時には後ろ向いちゃうからよ…って、どうした?」
「え…あ…いや…ありがとう…」
「一応女なんだから、その辺ちゃんとしとけよ」
「一応…」
「よしっ、そろそろ休むとするか。お前とだけじゃねぇ。ミネアやアラーケ。キリとリーシェ…皆との大切な時間、守れるように頑張ろうぜ」
「え…あ…み、皆との、ね…」
「あぁ。じゃあお前も早めに寝ろよ。じゃなきゃガキくさいまんまだからな」
そう言ってシャクルはゆっくりと歩き去る。
「は…はぁ~い……ご忠告あ~り~が~と~…」
膨れっ面を作り、歩き去る背中に向かって舌を出す。
「バカシャクル…『一応女』は余計だっつーの…!」
再び舌をべーっと出し、2冊の本を抱きかかえる。そしてゆっくりと見上げる夜空。
星が綺麗に見える澄みきってた空なのに、曇り空のようなモヤモヤ感がアヤメの胸に残る。
「ちょっと期待してた私がバカみたいじゃん…」
時を同じくして、砂漠に囲まれたとある町。
日がある内は灼熱の砂漠も、日が落ちれば冷え込みは厳しいものとなる。冷えた夜風が、黄土の煉瓦造りの町並みを吹き抜け、町の中心部に聳える巨大な宮殿の最上階。高さは軽く50メートルは越え、まるで学校の体育館のような広さの屋根の上に寝そべる人影の、白い巻き布のような衣服を揺らす。
「…――ル様ぁーっ!どこに行かれたんですかーっ!」
人影の寝そべる宮殿の屋根の下から聞こえてくる女性の声。それは1つではない。宮殿の至る所から聞こえてくる。
すると月明かりに光る人影の、金色で無造作に逆立った短髪がため息に揺れた。
「全くも~…子供じゃないんだから、夜の散歩くらいさせろってば…」
そう呟く声は低く男の声。「よっ」と言う声と共に上半身を起こし、あぐらをかく。片手を上げ、金の髪を撫でるように掻くと、再びため息を1つ。
「…ま、"こういう夜"なら、1人で散歩来たかいがあるってもんだね~」
そう言って回す視線の先…同じ屋根の上、数10メートル先に立つ5つの影。黒の布を覆面のように巻き、同色の着物に鎖かたびらを着た忍が、既に抜き身の刀を手に金髪の男を見ている。
「全く…夜のお誘いなら、1人くらいはくのいち連れて来いよ、【ヒエンの忍】さん…」
「【セシル=サー=グロンブレルム】殿…貴殿に怨みは無いが、死んで頂きたい」
「月並み発言に、月並み返しで悪いけど…『断る』って言ったら?」
すると忍達は無言で刀を構える。それに【セシル】と呼ばれた金髪の男は鼻で笑い、ゆっくりと立ち上がる。そして首を左右に鳴らし、忍達を見る。
「だーよね~。ま、オレっち丸腰なんで、お手柔らかにヨロぉ~♪」
そう言って手を振り忍に向かい歩き出すと、5つの忍の影が天高く舞い上がる。
「ほんじゃま、始めますか…」




