P.095 距離(1)
キリとリーシェの合流を待ち、一行はカムラと共に軍艦へと再び乗り込む。エクシラまでは2日程の航路となっていた。
「――…なるほどな…そうだったのか…」
再び部屋に戻った一行は、カムラに今までの経緯を話した。
「ナック君がいないとは思っていたが…まさかそんな事になっていたとは…」
「おれもビックリだよ…」
カムラ同様に、事情を知らぬアラーケも表情を曇らせる。事の発端から知らぬリーシェは、途中で飽きてしまったようで、部屋の周りや天井をキョロキョロと見渡していた。
一通りの話しが終わり、室内が無言の間になった時、シャクルが深いため息をつく。
「なぁカムラ。現状わかる範囲でいいんだが、アヤメの力を戻す手はないか?」
「それに関しては前例が無いからなぁ……過去に素養の無いヒューマ族に、マザーを組み込む研究もされていたらしいが、成功事例は無い」
「その実験は世界的に禁じられてもいますよね?」
「『失敗=死』の実験だからな…実行した者ももちろん刑に処される」
「そんな危険な実験なら…」
シャクルはチラっとアヤメを見た。するとアヤメは猛烈な勢いで首を横に振る。「だよな」っとシャクルが頷き返す。
「なら、【ロスブリア】に行くのはどうかしら?」
突然口を開くリーシェ。聞き慣れぬ地名に、アヤメとシャクルは目をパチクリ…そしてキョトーン。
「ロ…ロスブ…??」
「ロスブリアですよ、アヤメ」
「ロス…ブリア?それってどこなの?」
「【"大樹の都"ロスブリア】。これはマザーランドの中心にあるカナフィーリン族の里です。そして世界のマザーの源【世界樹マザー】のある地です」
「世界樹…マザー……どこかで聞いたような…」
「…エルセナの魂が眠っていたトコだ。そして命の精霊レリスのいる場所だ」
そうシャクルが言うと、アヤメはシャクルを「ほへ~」っと見上げた。
「…何だよ?」
「人の名前とか地名とか覚えないくせに、エルセナ関係は覚えいいんだ…よっ、むっつり君」
無言で頭を叩かれるアヤメを他所に話しは進む。
「しかしよぉお嬢さん。ロスブリアは簡単に入れるような土地じゃねぇだろ」
「え?ロスブリアって危険な場所なんですか?」
「『ですか?』って姫さん、あんたは何も勉強してこなかったのか?ロスブリアの――…」
アヤメを見るキリの視線を遮るようにミネアが身を乗りだした。
「そ、その件に関しては後程わたしからお話し致します。ロスブリアは危険と言うよりは、『カナフィーリン族以外の種族が足を踏み入れられぬ地』っと言われているんですよ、アヤメ」
「引きこもりって事?」
「は、はい??」
「もういい、お前は黙ってろ。ミネア、そっちで進めてくれ。俺らはそれに従う」
そう言いながらアヤメの口を押さえるシャクル。ミネアは「そ、そうですか…」っと、ジタバタするアヤメに苦笑を向けていると、リーシェの声が耳に届く。
「正確に言うなら、一定量のマザーを持たない者が足を踏み入れられないのよ」
「一定量?どーゆー意味よ?リーシェちゃん。おれその辺よく知らないからさぁ」
「さぁ。ワタシもよく知らないわ」
「うぉいっ」
この返しにはアラーケをはじめとした全員がコケる。その中でミネアが咳払いを1つ。
「で、ではわたしの方から簡単に説明しますね…ロスブリアは、世界中にマザーを送る世界樹マザーがあります。その為か、大陸全土に渡り濃いマザーが充満しているんです」
「濃いマザー?マザーが濃いとダメなのか?」
「マザー適性がある者でも無い者でも、触れられるマザー濃度がそれぞれあるという事です。適応量を越えたマザー濃度は、体にとっては毒でしかないんです」
「毒?死んじゃうの…?」
「すぐにという訳ではありませんが、最終的にはそうなります。症状もそれぞれですが、主には徐々に体の自由が奪われていき、呼吸が出来なくなっていくとか…」
そこまで言うと、ミネアはアヤメとシャクルを見て「ここまで大丈夫でしょうか?」っと視線を送る。当の2人は何となくは理解しているようで、難しい表情で小刻みに頷いている。するとミネアの説明に加わるようにカムラも口を開く。
「カナフィーリン族は、マザーが枯渇さえしていなければ、どんなに濃いマザー濃度の地でも適応出来るんだ。次いで耐性の強いラーグ族も、一部は耐えられるだろう。千年程前にはラーグ族の小さな村も、ロスブリアの地にあったくらいだからな」
「『あった』って、今は無いんですか?」
「あぁ、今は無い。千年前から世界樹マザーが不安定になったそうで、ラーグ族でも耐えられない程の濃さになったそうだ」
『千年前』の単語にアヤメとシャクルが視線を合わせる。
「冥王の一件でのだろうな…」
「だね…」
2人を他所に話しは続き、
「今でもロスブリアに入れるラーグ族は、父を含めて数人だしね」
「オレらモルハス族も、マザー耐性はそう強くないからなぁ。ロスブリアなんてトコは無理だな」
「そうね。この中でロスブリアに入る事が出来るのは、カナフィーリン族のワタシとお姫様。そして…」
言葉を言いかけ、リーシェの視線がシャクルに向いた。
「…あなたくらいかしら」
「はぁ?俺?」
「え?シャクルもマザー使えたの?」
「い、いや、使った事もねぇって…俺は至って普通の人間だっつーの」
「白髪鬼の間違いでしょ…」
ゴンっ!
「殴るぞ」
「もうゲンコツされましたぁーっ」
騒ぐアヤメを宥めつつ、ミネアがリーシェを見る。
「っという事は、シャクルもマザーの適合者という事でしょうか?」
「いえ、違うわ」
「え、違うって…?」
「彼の周りにはマザーが循環していないの。一切ね」
「それってどういう意味なの?リーシェ」
アヤメから疑問を投げかけられたのに、リーシェはミネアを見た。ミネアは「わたしが説明ですか?」っと己を指差すと、リーシェは微笑み返す。
「え、えっと…マザーを扱えないヒューマ族でも、通常は空気中に漂う微量のマザーを取り込まないと、生体機能を維持できないんです」
「それなのに、彼はマザーを取り込むどころか跳ね返しているのよ」
すると全員の視線が自然とシャクルに集まる。
「ん?…い、いや…別に怪しいもんじゃねぇぞ、俺は…」
集まる視線に戸惑うシャクルだったが、そのシャクルの袖を引くアヤメ。
「ねぇ、ちゃんと話した方がいいんじゃない。私達の事とか…まだキリさんとリーシェに話してないでしょ?…あとあの人、アラーケも」
「あの人って!?おれ後付けかよっ!」
「…そうだな……ならリグルも呼ぼう。あいつは信用できるし、今後も協力を頼めそうだからな…」
「うん。シャクルがそう言うならそうしよ」
「ではわたしがリグル様を呼んで参りますね」
そう言ってミネアが立ち上がると、リーシェはグっと背伸びをしてシャクルを見る。そして満面の笑みで――…
「お話し飽きちゃった」
「うぉいっ!」
「なんて屈託の無い笑顔…」
「おーいミネア、リグル呼ぶついでに飯頼む。あと酒も忘れんなよ」
「自由かお前らァ!」




