P.009 混乱の舞踏会(3)
混乱の舞踏会から一夜が明けた朝。アヤメはベッドの上でボーっと天井を見つめていた。昨夜から全然眠れなかったのだ。
初めて直面した人の死。それもあまりにも残酷な形で……得体の知れないワーグという生物に、ナックと共に現れた男シャクル。いろいろな事が一度にありすぎた。外は晴々とした朝なのに、昨夜からため息しか出ない。
すると扉をノックする音がする。
「おはようございます、アルシェン様。ご朝食のお時間です」
声の主はミネアではない女の声。少しためらうも「はい」と返事をする。
お腹は空っぽなのだが食欲は湧いてこない。そして朝食の単語にも少しも心が踊らない。だがこうしていても気がはれる事はないだろう…っと、気だるい体を起こして扉に向かう。扉を開けると、やはりそこにはアヤメから見て面識のないメイドがいた。
「おはようございます、アルシェン様」
「あ、おはようございます…」
なぜミネアではないのかも気にはなったが、深追いする気も起きない。
「では行きましょうか」
笑顔で迎えてくれたメイドに、今出来る精一杯の笑顔で応えるアヤメ。
メイドと共に食事会場に着いたアヤメは、周囲にいるメイド達と挨拶を交わす。国王はまだ来てはいないようだ。
昨晩の事があったせいか、若干メイド達の空気が重い。それもそうだろう。たくさんの犠牲者が出たのだから……そう感じつつ席に着く。すると自分の座る椅子と、対面する国王の椅子の間にもう1脚の椅子がある事に気づく。
おや?っと椅子を見つめていると、背中の方で扉が開く音がして、周囲のメイド達が一斉に「おはようございます」っと一礼。国王の登場だ。
挨拶をするべく立ち上がり振り返るアヤメ。
「おはようございます、お父…さ…ま…」
「あぁ、おはよう」
挨拶を返す国王の後ろには、昨日のナックと共に現れた男、シャクルの姿が。肩にはナックが座っている。頭に「?」の浮かぶ表情でシャクルとナックを交互に見ると、ナックは笑顔で手を振り返してきた。
「さぁシャクル君。君も座りなさい」
「失礼します」
軽く頭を下げ、促されるようにアヤメと国王の間の椅子に座る。続いて国王も椅子に座る。未だ「?」を浮かべた表情で国王を見るアヤメに、国王は「まぁ座りなさい」と言うように椅子を視線で指した。
疑問の眼差しを国王に向けたまま着席するアヤメ。
「さて、紹介しよう。彼は【シャクル=ファイント】君。そしてこちらがナック君だ。ナック君はなんと実体化した光の精霊なのだそうだ」
「は、はぁ…」
再び出た『精霊』の呼び名。それに『実体化』など……いかにも馴染みがあります的言葉に少々違和感があったが、今はそんな深い所まで考えは回らない。妙にシャクルという男の存在が気にかかるからだ。
アヤメは横目にシャクルの方を見る。しかしシャクルはアヤメの方は見ずに、無表情にまっすぐ前を見ていた。ナックだけは笑顔でどこか楽しげにアヤメを見たり、シャクルを見たり国王を見たりだ。
「シャクル君。君にも紹介が遅れた。この子が娘のアルシェンだ」
するとようやくシャクルがアヤメに視線を向ける。
「っ…!!」
目が合った途端、アヤメはすぐに顔を伏せた。
「こらアルシェン!お客人だぞ。ましてや命の恩人に対して、しっかり挨拶せんか」
「………」
っと言われるが、顔を伏せたまま何も言えない。
「すまんな、シャクル君。どうも恥ずかしがり屋でな…」
「いえ。大丈夫ですよ」
そうこうしている内に、アヤメ達の前に朝食が運ばれてきたのだが…実際に食事を前にしてもやはり食欲は湧かない。
国王とシャクルは会話…っというか、一方的に国王が話しをしながら食事を進めている。ナックは小さな器に入ったホットミルクだろうか?体少し小さいくらいのスプーンを使って器用に飲み、シャクルにちぎってもらったパンを食べていた。
「アルシェン」
「え…あ、はい」
「言いにくいのだが…やはりファラン王子との婚約は無しじゃな」
「へ?……は、はい!それはもう是非とも!」
「全く、あのような腰抜けには大事な娘はやれん」
第一不安要素削除にアヤメはひと安心。
「シャクル君のような強い男になら、娘を嫁にやっても良いと思うのだがな。ハッハッハァ!」
高笑いをする国王。シャクルもクスっと笑い、
「でしたら、頂きましょう」
その返答に「え?」っと辺りが急に静まった。もちろんアヤメも目をぱちくりさせてシャクルを見る。
「ふっ…冗談ですよ」
再びシャクルは呟き口元を緩ませた。
「ハッハッハァ!!面白い事を言いおるなぁ、シャクル君」
笑いながらゆっくりと立ち上がる国王はアヤメの横に歩み寄り、そっと肩に手を置いた。
「今日は昨夜、我らの為に戦ってくれた兵士達の隊葬の儀が執り行われる。だから準備をしておくようにな」
「隊葬の儀、ですか?」
「あぁ。シャクル君。迷惑でなければ、共に戦った者の1人として、君も参儀してくれるかね?」
「構いませんよ」
「すまんな…では」
そう言い残し、国王は食事会場を後にした。アヤメもすぐに立ち上がる。ナックにいろいろ聞きたい事があったが、なぜだかシャクルという男との空気に耐えられない。
「し、失礼します」
急いで頭を下げ、逃げ出すように部屋を出る。
「あ、マスター!…って行っちゃった…」
するとシャクルも立ち上がり、そしてメイド達を見た。
「美味かったぜ、ご馳走さん」
そう言って軽く手を上げ出口に向かい歩き出す。
「うわぁ~待ってくれよシャクル~」
急いでシャクルの後を追い、肩に乗っかるナック。
そして食事会場に残されたメイド達は頬を赤く染め、ボーっと閉まりきってない扉を見つめていた。
◆◆◆――…
1時間後……今まで晴れていた空が灰色の雲に覆われ始めた頃、城の裏庭では隊葬の儀が執り行われようてしてた。集まったのは城の兵士やメイドなど、1000人単位の人数。みな黒い服装に変わっており、この概念も地球と同じようだ。その中にはシャクルとナックもいるが、城の人々から少し離れた位置にいる。
アヤメは群衆の中からミネアを見つけたが、妙にやつれた顔をしており、目には活力がない。重い雰囲気を漂わせたミネアに、アヤメは声をかける事は出来なかった。
数分後、3~4メートルはあろうお墓に似た慰霊碑の前に、20を越える棺が並ぶ。国王はその棺の前に立ち、犠牲となったそれぞれの名前を呼び上げ、1つ1つに祈りを捧げる。後は神官らしき男が約1時間、お経にも似た呪文を唱え続けた。
それが終わると、数人の兵士達が慰霊碑を横にスライドさせる。重い石の擦れ合う音と共にスライドした慰霊碑の下から、地下へと続く石の階段が姿を見せた。すると兵士達が棺をそれぞれ5、6人で持ち上げ、地下への階段を下りていく。おそらく地下が墓地のような空間になっているのだろう。
棺が地下に運ばれる中、周囲の人々からすすり泣く声が聞こえてくる。しかしアヤメに涙はなかった。それは赤の他人とか、知らない世界での葬儀だからとか、そんな薄情な意味ではない。
自分を守ってくれた人は誰なんだろう?
どの棺に眠っているんだろう?
自分は何をするべきなのだろう?
何を言ってあげればいいんだろう?
悲しいというより、申し訳ない気持ち…自分でもよくわからない、このもやもやした気持ち…何もできず。何も言えず。ただ立ち尽くすだけの今に、不思議と悔さを覚えてしまう。
そんな複雑な表情を浮かべるアヤメを、シャクルはずっと見ていた。
◆◆◆――…
隊葬の儀が終わり、皆が城に戻って行く。がっくりと肩を落とす者や、止まらぬ涙を拭いながら行く者。皆それぞれだ。
そんな中、慰霊碑の前に立ち尽くす1人の女性の姿が……それはミネアだった。
アヤメはゆっくりとミネアに近づく。
「ミネア…さん」
呼び声にゆっくりと振り向くミネア。やはりやつれた顔。しかしアヤメと視線が合うと、微かにだが笑ってくれた。
「ミネアさんのお知り合いの方とか…いらっしゃったんですか…?」
するとミネアは慰霊碑に視線を戻し、小さく頷いた。
「あの中の1人、【ラッスル=レギューバー】…彼とは、近々結婚する予定でした」
「え…!?」
「アルシェン様には、ずっと内緒にしてたんです…ビックリさせようと思って…」
「………」
「一等騎兵隊所属ラッスル=レギューバー…真面目で、とても優しい御方でした…国王様から聞きました。彼は、アルシェン様を守るべく勇敢に立ち向かい、職務を全うしたと…」
アヤメの脳裏にあの惨劇が再び……
「立ち向かう……じゃ、じゃあ…あの人が…?」
「おそらくは…アルシェン様の盾となれたと思います」
何も言えなかった。自分の為に犠牲になってくれた人がミネアの恋人…婚約者だったなんて。
「ご…ごめんなさい…」
咄嗟に出た言葉だった。
「…なぜ謝るのです?」
「え…?」
「彼は職務を果たしたまで。国を守り。主君を守り。そして民を守る…それが兵士たる者。主君の為に生き、主君の為に戦い、そして死んだ……決して逃げる事なく…立派な事じゃないですか…」
そう言って空を見上げるミネアの目からは一筋の涙が流れ落ちる。
「人の死とは悲しいものです……でも彼らの事を想うなら、下を向かないで下さい。そのような顔をなさらないで下さい。意志を貫き、職務を全うした彼らの事を、主君であるアルシェン様は…彼らを…ラッスルを讃えてあげて下さい…どうか…お願い…します……う…うぅ…」
その場に泣き崩れるミネア。するとアヤメの頬にも涙が伝う。
「私…何て言ったらいいかわからないけど……死んだ人を讃えるなんて…難しいけど…」
アヤメも座り込み、ミネアと向き合う。
「『助けてくれてありがとう』って気持ちだけでも…伝えたい……そして助けてくれた事、絶対…一生忘れない…」
そう言ってミネアを抱きしめた。
「絶対に忘れない…!」
「…これで彼らも…"生きた証"を…国に遺す事が出来ました…ありがとうございます…」
そしてミネアもアヤメに腕を回し、互いに寄り添い、しばらく大声で泣き続けた。
◆◆◆――…
その光景を陰から見つめていたシャクルとナック。
「…で、ナック?記憶までは残ってないんだろ?あいつ」
「うん」
「能力は?」
「たぶん」
「たぶんかよ…」
「と、とりあえず連れて来れたんだからいいだろ?」
「まぁとりあえずは、な…」
しばらく黙り込む2人。
「まぁいい。あの萱島アヤメが落ち着き次第、俺が事情話してくるさ」
「協力してくれるかな?」
「そう信じたいがな」
そう言ってシャクルとナックは何処かへと去って行った。
◆◆◆――…
それから数時間が経過し、空は再び晴天に恵まれた。
アヤメの姿は部屋ではなく、城の中庭にあった。しゃがみ込み、庭の池を泳ぐ魚達を見ている。
「萱島アヤメ」
呼ばれて振り返ると、そこにはシャクルがいた。思わず立ち上がり少し身構える。
「な、何ですか…?」
「そんな警戒すんなって。少し話しがしたいだけだ。時間いいか?」
「話し…ですか?…別に大丈夫ですけど。どうして私の名前を?何者なんですか?あなたは」
「…少し長くなる。座って聞いてくれ」
そう言って岩を顎で指す。アヤメは小さく頷き岩に座る。シャクルはその岩に寄り掛かるように座った。
お互い無言が続く中、アヤメが横目にシャクルを見る。
「あの…それで、話しって何ですか?」
「今から全部話す。なぜお前がここにいるのか、これからどうするかを、な」
「え?これから?」
勝手に連れて来といて何かしろと言うのか?っと怪訝な顔つきでシャクルの顔を見つめるアヤメ。しかしシャクルは淡々と話しを続ける。
「信じられないかもしれないが、お前は千年前に現世に実在した霊召士、エルセナ=ミリアードの生まれ変わりだ」
「せっ、1000年?生まれ変わり?何よそれ…」
「あれは1000年前の事だ…」
アヤメの問いには答えず、まぁ聞けと言わんばかりにシャクルの語りが始まった――…