P.086 勝利へ(3)
そこに見えたものは……ヒビ割れた赤の靄が、本当のガラスのように剥がれ落ちた先に見えるザーバスの廊下。
「このまま落下したらヤバい!一か八か跳ぶぞ!!」
「はい!!」
「アヤメ!俺に掴まれ!!」
「うん!!」
伸ばした手を掴むアヤメを引き寄せミネアを見る。互いに頷くと、再び視線を空間の裂け目に向けるシャクル。落下とのタイミングを図るように数回小さく頷き――…
「行くぞ……今だ跳べッ!!」
ミネアと共にアヤメの体を抱えたシャクルが、空間の隙間に映るザーバスの廊下に向かって飛び込んだ。
すると一瞬、ゼリー状のモノにブツかったような弾力をその身に受けたと思ったら、まるで体全体を打ち出されたような衝撃に襲われる。
……―――ドゴッ!!
「ぐあっ!!」
「どわぁ!!」
「ひゃあ!!」
「きゃあ!!」
空間から投げ出された3人――…だが悲鳴は4つ…?
「痛ぁ~い…」
「無事…なのか…?俺ら…」
「…そのようですね…あ痛たた…」
ゆっくりと起き上がる3人。見渡す周囲……ザーバスのどの位置かはわからぬが、確かに裂け目に映ったザーバスの廊下であった。
そして3人の下には、床とは違う何かが……っと視線を下ろすと…
「え?」
「あ…」
「へ?」
ミネアが頭。アヤメが背中でシャクルがお尻。その3点を潰され倒された、どこか見覚えのある、灰色の毛並みのモルハス族の俯せの姿があった。
「あれ…これってまさか…」
「ラ、ララグド宮殿…王…?」
「…お~ま~え~らァ~…」
ミネアのお尻の下の頭…キリの頭から聞こえる威圧色の感じられる声に、3人は恐る恐る立ち上がり、ゆっくりと摺り足でその場を去ろうとする……と、
「どんな登場してんだコラァ!!」
怒鳴り声と共に起き上がるキリ。そして1番近くにいたシャクルの頭を掴み、グルグルと力強くねじ回す。
「いてててて!!わっ、悪かったって!いててててッ!!」
「きゅ、宮殿王!申し訳ありません!でも御無事でなによりです~!」
「おうお前らもなァ!!」
そう言って駆け寄るミネアの頭も掴んでねじ回す。
「何でわたしまで~!」
「お前のケツが1番痛かったんだぞコラァ!」
っと、シャクルとミネアの頭を掴みつつ、キリの視線がアヤメに向けられた。視線が合うと、回された2人の頭は解放され、キリはアヤメに歩み寄る。そしてポカーンっとキリを見上げるアヤメの頭を軽く叩いた。
「ようお姫さん、無事なようでなによりだ」
「…はい、ありがとうございます…ってうわぁ~っ!」
笑みを返すアヤメの頭をくしゃくしゃに撫で、視線をシャクルとミネアに向けた。全身傷だらけの2人の姿に思わず吹き出すキリ。
「しっかしそのザマ…てこずったようだな。誰にやられたんだか…」
するとシャクルは無言のままにアヤメを指差す。それにはキリも「ん?」っと視線をシャクルとアヤメに行き来させる。アヤメはキリに「あはっ」っと笑ってみせ、無言のままにシャクルの指を己の手で退ける……と、シャクルの逆の指で再び差され、再びアヤメの手が退ける。
その動きを幾度と繰り返すアヤメとシャクルを他所に、ミネアがキリに歩み寄り、未だに血が流れ出ているキリの腕に両手をかざす。そして治癒の力を発動させた。
「それはお互い様ですよ、ララグド宮殿王」
「おっと悪いな。だが…」
「え?…あ痛っ」
突然頭をペシっと叩かれるミネア。
「王って呼ぶなって言ったろ。キリでいい」
「でしたら叩かなくてもいいじゃないですか~…わたしも怪我人なのに…」
ズウゥゥゥゥンッ!!!!
すると再び強い振動が通路を揺らす。
「うおっ!何なんだよこの揺れは…」
「おっとそうだった、和んでる場合じゃねぇ。急いで下に降りるぞ」
「下にですか?」
「この振動に関係があんのかよ」
「あぁ。下の状況は最悪らしい…帝国側の裏切り者達が、相手サイドに加戦してやがんだ」
「はぁ?じゃあ…」
「今リグルとカナフィーリンのお嬢さんが先に向かった。…ったく、姫さん救い出しても戦いに負けたんじゃザマねぇってもんよ。オレ達も行くぞ!」
「痛っ!」
意気込むようにミネアの背中をバシン!っと叩くキリは、アヤメとシャクルの背は軽く叩き先導するように走り出した。シャクルとアヤメもすぐさまキリを追いかける。
一方ミネアだけは、叩かれた背中を擦りながら「何でわたしだけ…」っと、頬を膨らませながら駆け出した。
1度は通った道のりを駆け戻るリグルとリーシェ。戻る通路には大聖堂ザーバスの信者達が倒れており、ほとんどの信者は撃破した様子で容易に1階大広間まで到達できた。既にその広間も鎮圧状態。
たくさんの屍を越えた先に映る大聖堂正門。外からの光りと共にリグルとリーシェの視界に飛び込んできたのは――…
「姉さん…」
肩までの黒髪と緑の軍服姿の姉、ユーネの背中が。そしてその隣に映るのは、同色の軍服に赤いロングマント。白髪で長身のカーレンの姿。姉だけではなく、隊長であるカーレンまで来てくれている事実に驚きつつも、その背に笑みをこぼした。
その2人の周りを取り巻くのは、数10人の帝国兵とラーグ族。そしてブレゴの姿も見えた。
「お父さんも無事だったのね…」
安堵の表情のリーシェに、リグルも笑みを向けた。
「僕もよかったです。ブレゴ殿が無事で」
「えぇ、ありがと」
「では行きましょう。完全なる勝利の為に」
「えぇ、もちろん」
互いに頷き合い、正門目指し速度を上げた。




