P.082 2人の居場所(1)
赤の薄い靄の囲う、くすむ黄金の広間に響き渡る金属音。そこでは『無』のままのアヤメとシャクルの剣が幾度もブツかり合っていた。
「アヤメ!お前どうしちまったんだよ!!」
必死の呼びかけにも反応無く剣を振るい続けるアヤメ。全く活力の感じられない、表情も変わらない。反撃はもちろん、どう対処したらいいかわからずのシャクルは、ただアヤメの斬撃を受け止めるだけ。ミネアも斬られた肩口を押さえ、その光景をただ見つめる事しか出来ない。
「どうして……やっと辿り着いたのに…!」
唇を噛み締め、身を屈めるようにその場に崩れるミネア。すると伏せた視界に突如映り込む人影。
ッ、ガギィィィィンッ!!
そして響き渡る音に黒革の靴が視界に入る。何が起きたかと目線を上げると、アヤメの斬撃を目の前で止めるシャクルの姿が。
「シャクル…」
「バカ!!ボサっとすんな!」
「でも…でも…」
ミネアの目には、合わさる剣同士がギリギリと軋む音を発し、徐々に圧し込まれていくシャクルが映る。
「やっと…やっとここまで来たのに…」
「諦めんじゃねぇよミネア…!」
「でもこのままじゃアヤメを…倒すしか…」
「バカ言ってんじゃねぇよ!!助けに来たのに、んな事出来る訳ねぇだろうが!!」
「だけどこのままいってもわたし達が殺されるだけです!アヤメにシャクルを斬らせる訳には…!!」
「だったら何か手を考えるか探せ!!アヤメは俺に任せろ!!」
「何かって…」
焦ったように辺りを見回すミネア。しかし視界に映るのは赤の靄とくすむ金の足場だけ。アヤメを戻す足掛かりとなりそうなモノは何も無い。
その間にも響き渡るシャクルとアヤメの撃ち合う音。耳に金属音が入る度に、ミネアは急かされているような気持ちで焦るばかり。
「シャクル!どうしましょう、何もありません!」
「嘘だろ…っ!ホントに何もねぇのかよ!?」
「無いんです!何も…何も無いんです!!」
「死…ね…」
「くっ…似合わねぇ台詞ばっか言ってんじゃねぇよ!!バカアヤメ!」
「っ…!」
シャクルがそう叫んだ瞬間、突然撃ち合う剣から力が抜け、アヤメの動きが一瞬止まる。
「アヤ…メ…?」
「…シャ……ク…ル…」
途切れ途切れではあったが、アヤメの口からシャクルの名が呟かれた。
これにはシャクルもミネアも驚きの表情を向けるが、当のアヤメの表情は無のまま変化はない。しかし以前として動きのないアヤメ。シャクルは驚きの表情のまま、ゆっくりとアヤメに歩み寄り、そっと肩に手を置いた。
「アヤメ…?」
呼びかけると、活力無き目ではあるが目線が上がりシャクルを見る。
「アヤメ…俺だ…わかるか?」
「………」
「アヤメ…」
「…死ね…」
呟かれるアヤメの声に合わせ、剣を握る手がシャクルの首元めがけ振り抜かれる。
「危ないシャクル!!」
「っ!!」
間一髪。振るわれた刃は身を反らせたシャクルの顎スレスレを掠めていく。すぐに体勢を戻すシャクルは、すかさず振り抜かれたアヤメの腕を掴み取り、その身を己に寄せる。
「ホントに危ねぇだろうがバカ」
「死…ね…」
「もうヤメてアヤメ!」
余すアヤメの左腕を駆け寄ったミネアが抱き止める。両腕を捕らえられ、身動きの取れずに一瞬止まるアヤメの体に、ミネアは腕を伝うようにして抱きついた。
「お願いアヤメ!戻ってきて!!」
「そうだアヤメ!!さっさと目ぇ覚まして戻ってきやがれ!!」
「アヤメ!!」
「アヤメ!!」
シャクルとミネアがそれぞれに呼びかけると、徐々にアヤメの表情が引きつり始めた。
「う…うぅっ…!」
「アヤメ!!」
2人の声が合わさり、名を叫んだ瞬間…アヤメの体がドクンっと脈打った。
「ッ!!……いっ…いや……いやァァァァッ!!」
すると突然アヤメ叫び声を上げる。驚きから一瞬身を離しそうになるが、シャクルとミネアはグっと堪えて手を離さない。
しかし次の瞬間…突如アヤメを中心に衝撃波が巻き起こり、凄まじい勢いで弾き飛ばされる2人。
「きゃあァァッ!!」
「うあぁぁぁぁッ!!」
7~8メートルは軽々と飛ばされた2人は床を転がり、倒れたその身を上半身だけ起こす。落下で強打した腰や腕などを擦り見るアヤメの姿は、片手で頭を覆い、空に向かって悲鳴を上げる姿。
「くっ…アヤメ…」
シャクルがゆっくりと立ち上がろうとした…次の瞬間。アヤメの体を黒いオーラのような光が包み、その光が手の平程の無数の刃となり、アヤメの体から四方八方へと撃ち放たれた。
無数の黒の刃は四方八方にまるで散弾銃のように撃ち放たれ、シャクルとミネアを襲う。その速度と数に2人は身を屈める以外に術はなく、次々に体を黒の刃が斬り裂いていく。
「ッ…ぐあぁぁッ!!」
「うあぁぁッ!!」
刃に襲われた2人は、斬り傷より噴き出す血を撒き散らして再び床を転がり、地に伏せる。
未だ体を黒の光が包むアヤメは、俯き立つまま荒い息遣い。肩が大きく上下し、汗なのか?透明な雫が数滴床に落ちた。
「はぁ…はぁ…あ…うぅ…」
荒い息遣いの中、時折グラつくアヤメの体。その中ゆっくりと身を起き上がらせるシャクル。腕や肩を斬られついた血が頬を汚し、痛みに歪む表情でアヤメを見る。
「くっ…アヤメ…」
立つ傷だらけの体を引きずるように1歩…1歩と、ゆっくりとアヤメに向かっていく。
「――…うっ…」
するとミネアの体もピクりと動き、体をゆっくりと起こしていく。ミネアの無事を確認し、再びアヤメに視線を戻すシャクル。
「アヤメ…」
ようやく辿り着いたアヤメの元。未だ肩で荒い息遣いのアヤメに頬に手を伸ばし、そっと触れた。するとシャクルの手には冷たく濡れた感触が…
触れた頬を持ち上げるように、アヤメの表情を自分に向ける。するとその手に触れていたのは、アヤメの『無』の瞳から流れ出ていた涙であった。
「何泣いてんだよ…バカ」
「………」
「いつものアホ面になって戻って来いよ…」
「う…うぅ……シャ…ク…ル…」
「アヤメ…」
そう言って頬に触れた手の親指で、アヤメの流す涙を拭った時…シャクルを見つめる目が、一瞬"アヤメの目"に戻ったかに見えた。
次の瞬間――…
…――ズンッ…!
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