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MOTHER・LAND  作者: 孝乃 ユキ
Episode.01 序幕の唄
8/122

P.008 混乱の舞踏会(2)

 突然の爆発音と大きな揺れ、広間は騒然となる。



「ひぃ~!」



情けない声を発してアヤメに抱きつくファラン。



「いやぁッ!!」




 バシィィィンッ!!




爆発音にも引けをとらない音と共に、アヤメ渾身の平手打ちが炸裂。ファランの体は空中で半転し地に落ちた。



「ありゃ…またやっちゃった…」



まだ爆発の余韻で混乱する広間。



「アルシェン!!どこだアルシェン!!」



騒がしい悲鳴の中から国王の声がアヤメの耳に届く。辺りを見回すと、少し遠い所で国王の姿が見えた。



「こくっ――…じゃなかった…お父様!!」



どうも呼び慣れないものだが…少しぎこちなく叫び手を振る。すぐに駆け寄ってきた国王はアヤメの肩を掴む。



「無事か!?」

「はい。でも今のはいったい?」

「うむ…今兵士達も向かった所だ。ひとまずこちらで――…ん?」



国王の視線が地に伏せるファランを向いた瞬間、急いでその視界にアヤメが入る。不可抗力?正当防衛?何にしろ皇帝の息子をKOしたなんて言えないし……



「あの、えっとぉ~…」

「国王様!!」



するとそこにナイスタイミングで兵士が駆け込んで来た。その兵士に皆の注目が集まる。



「【ワーグ】です!!ワーグの群れが突如現れ、今城門を突破しました!!」

「な、何だと!?」



その【ワーグ】の単語は周囲の人々に伝染し、単語が驚きと悲鳴の連鎖を生み、広間は一気に混乱に包まれた。



「わ、わぁーぐ…って…?」



騒ぎの中、1人ポカンと国王を見上げるアヤメ。国王はアヤメの質問には返答無しで再び肩を掴むと、近くの兵士預けるようにその身を差し出した。



「君、アルシェンを頼む」

「ハっ!ではアルシェン姫、こちらに」



兵士は槍を片手に握り直し、「こちらに」と言うような素振りをみせる。周囲は騒ぎようから想像つく。これは素直に逃げた方がよさそうだと。アヤメは頷き兵士の元へ近づいた……次の瞬間、突如アヤメの目の前を何かがブンッと音を発て通りすぎた。



「うわぁ!」



思わず腰を抜かすアヤメ。すると尻もち状態のアヤメの足に、何かがコツンっと当たる。何かと視線を向けると、そこには先程の兵士の顔があった……いや、頭だけが転がっていた。


一瞬何がどうなったかわからずに視線を上げた瞬間、突然アヤメの右半身に生温かいモノが降りかかる。驚き一瞬閉じた視界を再び開くと、アヤメの顔からドレスの右半身は真っ赤な血に染まっていた。



「ッ!?」



自分のものではない。それは見上げた先…転がる頭と胴体を繋いでいた兵士の首元から飛沫を上げる赤い血液であった。その噴き出す血飛沫が次々に顔や白いドレスに降りかかる。



「…ぃや……いやぁぁぁッ!!」



悲鳴が広間に響く中、兵士の体は鮮血を撒き散らしながら崩れ落ちた。


その崩れた後ろから現れたのは、ただれて小汚ない肌に腐ったような緑の斑点がうっすらと浮かぶ、錆びた鎧をまっとった人間…っと呼ぶにはあまりに醜い生き物が、血のついた鎖鎌を揺らしていた。


その生き物はアヤメを全体的に黒ずむ眼球で捉えると、ニヤリと口元を緩ませ、黒く変色した隙間だらけの歯の間からよだれを垂らす。これが【ワーグ】なのか!?とアヤメの体は凍りつく。



「きっ、貴様!!」



国王の傍にいた兵士が突進し斬りかかるも、ワーグはブラブラと振る鎖鎌を再び振り抜き、その刃で兵士の顔面を捉えた。


頬に刃が刺さる兵士の体は、走る勢いと振り抜かれる鎖鎌により、コマのように回転しながらアヤメの足元に墜ちる。その兵士の顔はアヤメに向いており、目の下を横一線にぱっかりと開いた状態。噴き出す鮮血と、まだ僅かに痙攣している顔や体……もはや恐怖という範囲を越えて、何ともわからぬパニック状態で悲鳴すら出せないアヤメ。過呼吸にも似た息遣いで身を震わせ、流れ出る血飛沫をその身に浴びた。


ワーグは鎖鎌を再び揺らし、ゆっくりとアヤメに向かい足を進める。「逃げなければ…!」っと頭でわかっていても、体が震えて自由がきかない。国王の傍にいたもう1人の兵士に至っては、腰を抜かして完全ヘタり込んでいる。しかし1歩…1歩と近づいてくるワーグ。


すると国王がヘタり込む兵士の槍を拾い上げ、自らを奮い立たせるように叫びながら突進してきた。



「おのれ!!アルシェンには指1本触れさせはせんぞ!!」



するとその真横から現れたもう1体のワーグの錆びた剣が、槍を国王の体ごと弾き返す。勢いよく転倒する国王めがけ剣を振りかぶる……と、



「ひぃ~ぃ!!な、何だこれは~!?」



この緊迫状態を掻き消すような情けない声に振り向くと、内股でヘタり込むファランの姿が……その姿にアヤメも急激なクールダウンし、冷たい視線を向けた。するとワーグもファランの方に視線を向ける。



「うひゃあ~化け物ぉ~!」



手足をバタつかせ後退るファラン。狙いはアヤメと国王だったが、2体のワーグは急にファランに歩みを進めはじめる。



「くっ、来るなぁ!来るなァ!!」



両手をめちゃくちゃに振って泣き叫ぶ。そしてアヤメを見た瞬間、



「お、おい!僕なんか食べるより、ほらアイツ!あの女の方が美味しいぞ!!あいつを食べろ、ほら!!美味そうだ!!」

「はぁ!?何言ってんのよ…あいつ…」



しかしワーグは完全無視。武器を構えファランに向かい飛びかかる。



「うわぁぁあぁぁ!!」



再び起こるであろう惨劇に、アヤメはすぐさま両手で顔を覆った。



「ギィヤァァァ…ッ!!」



すると醜い叫び声が響き、辺りがシン…っと静まる。数秒続く静寂に、アヤメは指の間からゆっくりと状況確認。見ると1体のワーグの左胸。もう1体は額にと、光り輝く黄金の矢が突き刺さっていた。2体のワーグはその場に力無く崩れ落ち、っと同時に刺さる矢がスっと消えていく。


そして近くにはあまりの恐怖に気を失ったファランが、お漏らしと共にアホ面で倒れていた……



「ふぅー。間に合ったぁ。お待たせ、マスター」

「へ…?」



アヤメの耳に聞き覚えのある声が飛び込んできた。その声に辺りを見回すと、後方の離れた位置に赤い服で金の髪の小さな人影が……



「ナッ…ク…?ナック!!」

「ヤッホー!」



呼び声に明るい声で答えるナックは、ひらりとアヤメの傍に舞い降りた。



「もうバカナック!!いったい今までどこ行ってたのよ!?」



ナックを見た瞬間、緊張の糸が切れたの大号泣。突如現れたナックに、国王をはじめとした周囲の人々は唖然とした表情。



「ずっと待ってたのに!もう…怖かったぁ~!」

「あ~ごめんごめん!色々としなきゃいけない事があって――…ってあ~もう泣かないでくれよ~」

「色々って……っ!ナック後ろ!!」

「へぇ?…っ、うわ!」



声にナックが振り返るとそこには数体のワーグが。先程兵士が「群れで」と言っていた、その群れが広間に集結しはじめたのだろう。


通って来たであろう道には城、帝国の兵士達や舞踏会の客人など、幾つかの無惨な屍が転がっている。



「しまった!!」



すぐさま応戦とナックが身構えた瞬間、突然アヤメの目の前が黒く染まる。しかし目は開けている…何事か!?と思った矢先、何かを斬り裂く音が数回聞こえてきた。


ポカンとしたアヤメの目の前。よくよく見ると、その黒は裾の長い革のジャケットであった。それを着た人間が目の前にいるのだ。後ろ向きではあるが、肩までに伸びた銀色の髪。細身で長身の男?いや女か?確認が取れぬ中、



「助かったよ。ありがと【シャクル】」



ナックはその存在を【シャクル】と呼んだ。そのシャクルの左手には片刃の剣、そして右手には剣の鞘が握られている。その刀身には黒い血が付着しており、刃を黒の血が伝い1滴…また1滴と広間の床に落ちると共に、ゴトゴトっと何かが床に崩れる音が…黒のジャケット脇から見えたのは床に崩れ落ちるワーグの姿。


それに反応してか、まだ周囲に残るワーグが奇声を発しナックとシャクルとに襲いかかる。



「行くよ、シャクル」

「ま、準備運動くらいにはなるか」



聞こえたのは低く無感情な呟き声。これでようやく男と認識出来、それからは一瞬の出来事にも思えた。


ナックはまるで魔法使いのように、左手に光り輝く弓を形成させ、何も無い状態から弓を引くモーションをし、光りの矢を出現させ放つ。


シャクルと呼ばれた男は、剣と鞘との斬撃に打撃を合わせた攻撃で、ワーグ達を次々と吹き飛ばす。



「す、すごい…」



圧倒的とも言える強さで数多のワーグを叩き伏せ、その屍の中で全く息を乱していない2人を見つめる。


すると男――…シャクルはアヤメの方を見た。


挿絵(By みてみん)


ようやくはっきり確認できたシャクルの顔に、一瞬ドキッ!っとした。スッとした鼻筋に、鋭く切れ長な目…その瞳は美しいスカイブルー。綺麗な顔立ちをした男……シャクルはゆっくりとアヤメに歩み寄る。


黒いジャケットの下には大きく胸元を開いた白のワイシャツ。首からは十字架のシルバーに輝くアクセサリー。下はジャケット同様の黒い革のズボンを履いている。そのシャクルがアヤメの目の前で足を止め、ゆっくりと片膝をついて目線を近づけた。



「お前が萱島アヤメか?」



あの小さな呟きから感じた『無感情』とも言える冷たい声。



「は、はい…」



返事に頷き返すアヤメのあごを、急に指で持ち上げるシャクル。そしてグっと顔を近づけた。あまりの顔の近さに身を硬直させながらも、どこを見ていいのかわからず、真っ赤な顔で視線を泳がすアヤメ。


するとシャクルの顔が一瞬傾き、「まさかっ!?」と咄嗟に目をつむるアヤメ。



「…まんまだな」



小さく呟く声。そしてアヤメの顎にあった手の感触がなくなり、シャクルの気配も離れた。


つむる目を開くと、シャクルは背を向けている。その向かいではナックが「だろ?」っと、なぜか得意気に胸を張っていた。



「え…何…?」



事態の呑み込めないアヤメ。しばらく離れていくシャクルの背中を見つめていた。

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