P.077 コンティニュー(2)
力無くヤナの体が地に落ちる頃、血の絨毯が広がる割れた床から、ブレゴがゆっくりと出て来る。
「…思った以上の者であったな…」
頭や体の至る所から血を流すブレゴ。ポタポタと床に流れ落ちる血を拭う事なく、依然として戦闘の続くホールを見渡す。
「この状態では…後は追えぬか……すまんな、リグルよ…」
ドサッ―――……
◆◆◆――…
「…案外早く終わりましたね」
不敵に笑うネイサーの足元には、己の血の上に倒れるキリとリーシェ。ネイサーは握る剣の切っ先を、キリの首筋触れるようにつけた。
「ゲームは我々の勝ち…景品の首でも頂くとしますか」
剣を首から離し、少しだけ振り上げた瞬間、
「ならばそのゲーム…コンティニューは可能でしょうか?」
突如ネイサーに襲う白銀の刃。
ガギィィィィィンッ!!
甲高い金属音を響かせ、襲う刃を剣で受けるネイサー。堪える足元が僅かにスライドする。
「おや…君は…」
「まだゲームは終わっちゃいませんよ、隊長…」
競り合う刃の向こうになびく黒い髪と赤のマント。そこに立つのは斬り込んで来たリグル。そのリグルの通って来たであろう道には、いつの間にや斬り倒された信者達の姿があった。その光景を見るネイサーは、軽くひと息吐く。
「…さすがは帝国の剣士ですね」
「えぇ…貴方に教わったこの剣で…貴方を斬るッ!!」
キィィィンッ!!
剣を弾き、体の回転と共に強烈な突きを放つ。しかしネイサーもその突きをターンをするように躱し、そのターンの勢いのまま横なぶりに振り切る刃。リグルは軽く後ろに跳び刃を避けると、リグルの鼻先を剣が掠めた。
一瞬とも思える攻防を終え、両者の間合いが開き互いに動きを止める。囲む信者達も武器を構えたまま、その場で動けずにただ息を呑むばかり。
「このわたしが教えた剣?…何の事でしょうか?」
「ここまできて、トボけるおつもりでしょうか…?」
「さぁ…何の事ですかね」
首を傾げると共に間合いに踏み込むネイサー。突き出される剣の連撃を、左腕に発動させた炎の盾で全てを弾く。
ネイサーの剣は水。リグルの盾は火。ブツかり合う度にジュッ!っと音を発て、僅かな水蒸気を発する。その水蒸気を貫くようにリグルの突きもネイサーに向かう。
「ぬるいですよ、全く…」
ため息混じりに呟くネイサーはあえてリグルの剣をスレスレで躱し、剣の腹を指で弾いてみせる。そしてネイサーから繰り出される連続の斬撃。僅かだが弾かれる剣に体勢は傾くも、炎の盾が斬撃全てを弾きリグルの体には届かない。
一連の攻撃を止め、再び開かせる間合いで向き合う両者。
「確かに貴方は強い。だが見えますよ…全ての刃が僕には見えます」
「全て?…これはこれは、驕りがすぎますねぇ、リグル君」
そう言ってクスクスと笑いながら、ネイサーはフードを外し、その金の髪を掻き上げた。仮面は外してはいないが、その髪はリグルのよく見るマーズ=クレイサーのもの。しかしリグルは何も言わず、ただ目の前のネイサーを見据えるのみ。
「ならば本当に見えるか…試してみますか?」
両手を広げ不敵に笑うネイサーに、無言を貫くリグル。対するネイサーも黙ったまま、リグルに向かい剣を構えた。ネイサーの剣が停止すると共に、リグルは地を蹴り突撃する。
「だぁぁぁッ!!」
ッ、ガギィィィィィンッ!!
甲高い金属音を響かせ交錯する2人の刃。競り合う刃を軋ませ、刃越しに睨み合う両者。
「ふっ…けっきょくはぬるい剣だ…大口を叩くにはまだ早いのでは?」
「まだ誰も全力でとは言っていませんよ」
「ほう……ッ!?」
突如ネイサーの視界からリグルが消え、力を込めていたネイサー剣が何も無い空を斬る、っと…
「貴方の剣…それは"音速の剣"…」
ネイサーの背後から聞こえるリグルの声。咄嗟に振り返る目の前に、リグルの振り切る剣の刃が迫る。
「ッ!?」
瞬間的に身を屈めるネイサーの上スレスレを斬り裂くリグルの剣。身を起こすと共に握る剣をリグルめがけて振り払う。再び火に水をかけたような「ジュッ」っという音を発て、ネイサーの斬撃とリグルの盾がブツかり合う。
「見事な空蝉ですね…」
「これも貴方に教わった事……だから『見える』と言ったはずです」
「ハッタリではないようですね……嬉しいですよ、リグル君」
剣と盾を互いに弾き、再び開く間合い。すると……
「――…ぐっ…」
突然キリの体がピクっと動いた。その姿はリグルの視界にも映っており、盾を構えつつキリに向いた。
「宮殿王!無事ですか!?」
するとキリの頭がゆっくり回り、その表情をリグルに向ける。
「リグル…お前…」
「――…うぅ…」
すると隣に倒れたリーシェの体も動く。これにはネイサーも構えた剣を下ろし、小さなため息をもらす。
「おやおや…まだ生きてましたか」
だが取り囲む信者達は武器を一斉にキリとリーシェに向け、とどめを刺そうと意気込むも……
「ストップ」
そのネイサーの言葉に、既に1、2歩踏み出していた信者達も「何だ何だ」と言わんばかりの戸惑いを見せながら動きを止め、静かに武器を下ろす。
「せっかく2人が起きたんですから…どうです?新しいゲームといきませんか?」
「新しい…ゲームですか…?」
表情を引きつらせるリグルの脇で、自らの武器を枷にふらつく体を立ち上がらせるキリとリーシェ。立ち上がるも、未だ体を伝う血が床にポタ…ポタ…っと滴り落ちており、傷により視界が揺れているのだろう…足元は小刻みに震え、立っているのもやっとに見える。
その姿にネイサーは軽く「クスっ」と笑い、話しを続けた。
「ルールはこうだ……わたしとリグル君が戦う間、彼らにはまた信者達と戦ってもらおうか」
そう言って両手を開き、信者らをなぞる。
「…どういう意味でしょうか…?」
「勝敗は簡単ですよ。わたしが勝つか、君が勝つか。そして彼らが勝つか、信者が勝つか…ですよ。つまり、どちらかが負けた時点でゲーム終了」
「相変わらずですね。戦いをゲームとしか思わない性格は…」
不服ともとれる表情でネイサーを睨むリグル。しかしネイサーはその目を見ようとはせず、「さぁ何の事でしょう?」っと両手を上げて首を横に振る。
「ところでリグル君。1つ聞きますが、援軍は到着したのですか?帝国の」
「援軍?…はい、もちろん到着してますよ。こちらにはラーグ族、モルハス族の軍もいます。もはや形勢は――…」
「逆転とでも言いたいのですか?」
そう言うとネイサーは自ら仮面を外し、その素顔をリグルに晒す。覗く顔はやはりあのマーズのもの。
「…どうしたんですか…自ら素顔を見せるとは…」
しかしリグルの問いには答えず、ネイサーは黙って髪を掻き上げる。
「リグル君。忘れちゃいないでしょう?私は帝国四部隊隊長の1人。マーズ=クレイサーでもあるんですよ?」
「…そのようですね…」
「それと知ってましたか?私はもう隊長ではなくなるんです…本部隊所属となります」
「そっ、そんな話し…聞いてませんが…」
「でしょうね。君がサカンドラに行った時にきた話しなんだ…帝国軍部の団長閣下【バーン=ロッソ】氏の訃報と共にね」
「なっ!?」
「察したかい?…そうです、私が後任なんですよ。帝国軍騎士団長にね…」
「ッ!?」
「君が本部に援軍要請をした事くらい知ってるさ……もちろん、処理はさせて頂いたがね」
「う…嘘だ…」
◆◆◆――…
「行くぞ!!反逆者、リグル=バイスンを捕らえるのだァ!!」
ゆっくりと上陸する帝国の軍艦2隻。
「同じ帝国兵とて容赦はするな!!反逆者達には罰を!」
「他の罪人達も共にいる!決して逃すな!!」
◆◆◆――…
「さぁやりましょうか。リグル副隊長」
リグルを見据え、剣を構えるネイサー。
「…貴方はもう、隊長…いや、僕の憧れたマーズ=クレイサーでは無いようだ…」
向かうリグルも剣を構え、切っ先をネイサーに向ける。
「覚悟しろ、ネイサー」
「それは君が、ね?」
対峙する2人を横目に、キリが頭を左右に振る。
「くっ…視界が揺れやがる…」
「あら、始める前から言い訳かしら?」
頬に飛んだ、自分のともわからぬ血を拭うリーシェ。
「へっ…おっさんには連戦はキツいんだよ…」
「全然おっさんなんかには見えないから大丈夫よ」
「年齢を気にして言ったんじゃねぇから、そっちのフォローは要らねぇよ」
「そう…ならもうひと頑張りね?おじ様」
「若いモンは元気だこと…まぁいい、とっとと終わりにしちまおうぜ、お嬢ちゃん」
「えぇ、やりましょ」
そう言い合い、ゆっくりと武器を構えるキリとリーシェ。互いに視線を合わせ、同時に地を蹴り信者の軍勢に突撃していく。
◆◆◆――…
戦闘の怒声の響き渡る大聖堂ザーバス内。大聖堂ザーバスの長【セリエフ】の座る玉座の間にも、その音と振動は伝わっている。
【セリエフ】…それは長く伸びた白髪を頭のてっぺんでまとめ、少し垂れ下がった尖り耳の覗くカナフィーリン族の老婆。緋色のコートに身を包み、120センチ程しかなさそうな小さな体である。目は開ける力もないのか、笑ったようなラインを描き閉じられている。
その近くにはシレイスが立ち、ナイフを片手に辺りを警戒するように見ていた。
「ご安心下さい。セリエフ様はおれが守りますから」
「すまんのぉ、シレイス…だが本当に危ない時はお前は逃げなさい。戦わずとも、わしを置いて生き延びよ」
「なぁ~に言ってんですかセリエフ様。いくらセリエフ様のお言葉でも、それだけは呑めないいっスわ――…っ!」
…っと言った瞬間。突然室内に感じられる人の気配に、シレイスは「誰だ!?」っと構えたナイフを手に、辺りを見渡す。
そうすると、柱の陰からリュカが両手を上げた状態で現れた。
「ごめんごめん。僕だよシレイス」
「何だ…リュカ様でしたか」
リュカの姿にひと安心するシレイスはナイフを下ろす。するとセリエフは表情を和らげリュカに向く。
「おぉリュカや」
「やぁ婆ちゃん。怪我してないかい?」
「わしはよい。それよりリュカや、我が民達は無事なのか?誰も死んではおらんじゃろうな?」
「大丈夫だよ。僕の力で皆守っているさ」
そう言うリュカは、「え?」っという表情のシレイスにウィンクをして見せる。
元々ザーバスの成り立ちは、身寄りの無い者や飢餓に苦しむ民を保護する教会であった。『己の状況に怨みを持つのではない。反旗を立てるものでもない。皆で支え合い、皆が皆を守り生きていく』これが本来のザーバスの教え。つまりセリエフは戦自体を望む者ではなかった。
リュカの思考を理解し、シレイスは口を挟まずにそっと1歩下がる。
「婆ちゃんあのね、皆を逃がす準備も出来たから、婆ちゃんも行こうよ」
「逃がすってリュカ様?この建物はどうすんスか?ほっといたら帝国の奴らに…」
「大丈夫だよ。新しいザーバスの地は他にあるから」
「新しい…っスか?」
訳がわからない…っと言ったように首を傾げ、セリエフに向くシレイス。だがセリエフは数回頷いてみせると自ら立ち上がり、リュカに歩み寄る。
「この地でなくとも、皆が安全に平和に暮らせるのならよかろう。のう?リュカよ」
「うん、そうだね」
リュカは笑顔で頷き返し、歩み寄ったセリエフの手を握る。
「じゃあ行こうよ婆ちゃん。ほら、シレイスも行こう」
「あ~はい…ところで、ナックのヤツはどうしたんです?」
「ナックかい?アイツなら後で来るよ」
「どっか行ってるんスか?」
「うん。元仲間にお別れを言いに行ってるんだよ、今」
「あ~…やっぱアイツらも来てるって訳ね~…」




