P.071 水陸空の奇襲(1)
ミネアとキリによって開戦の合図の花火が上げられる数分前。軍艦に待機するシャクルの視界にも、ドグマ山脈がはっきりと捉えられていた。大聖堂ザーバスのあるアスフェド大陸は、一部分だけ窪んだ小さな砂浜がある。そこから大聖堂ザーバスへと上陸が出来るのだ。合図の花火が上がるまでは、ドグマ山脈の陰に隠れながら待機していた。
軍艦の甲板。組んだ腕で指をトントンと早いリズムで叩き、落ち着かない様子で山脈を見つめるシャクルに、リーシェが歩み寄る。
「心配なの?お仲間さんが」
「まぁ、そりゃな…」
「そう」
手を日差しにするように眉の上にに乗せ、空を見上げるリーシェ。
「いい天気ね」
「ん?…あぁ。そうだな」
「絶好の空撃日和だわ」
「は?空撃?」
「船で移動する父にバレないように後をつけるには、船じゃダメだったのよね」
「ん?んん?どういう意味だよ?」
するとリーシェが腰に下げた茶革のポーチから、小指程小さな笛を取り出した。そして口に当て息を吹くと、「ピー」っという僅かに聞こえるくらいの小さな音色が響いた。「何だ?」っと疑問の眼差しを送ると、笑みを浮かべたリーシェが空を指差す。シャクルも追って視線を上げ、ぐるりと空を見渡した。
「…ん?何も起きねぇけ――…どォあッ!!」
変化の無い空からリーシェに視線を移した途端、真横から突然現れた何かがシャクルの体を弾き飛ばす。2、3回転床を転がり、船の内壁に激突してシャクルの体は停止。
ブツけた腰を擦りながら起き上がるシャクルは、突き飛ばされた方向を睨むように視線を向けると……そこにいたのはオレンジ色の肌をした1匹の竜。
「なっ…何だよ…コイツ…」
丸々とした体をした竜は、160センチ前後くらいのトカゲが二足歩行になったような竜だった。背中には小さな2枚の翼があり、それを羽ばたかせて甲板上に浮く。ブルーの瞳は丸く、人懐っこい表情で笑みを作っているようにも見える。そして口元から覗く牙は、まだ牙と呼べる代物ではない先の丸い歯。
シャクルは引きつる表情をその竜に向けていると、竜にリーシェが歩み寄る。すると竜は嬉しそうに「クワァー♪」っと鳴き、甲板に降り立ちリーシェの頬に顔を擦り寄せた。
「突き飛ばしちゃってごめんなさい。この子元気過ぎるのよ」
「し…知り合い…か?」
「えぇ。この子は【ウラル】。ワタシの1番のお友達なの」
「クワァ~♪」
甘えるようにリーシェに擦り寄る【ウラル】と呼ばれた竜。リーシェもウラルの頭を抱き寄せ、頭や頬を撫でる。
「さっきの笛でコイツ呼んだ訳か?」
「えぇ、そうよ」
「ったく…時間差攻撃過ぎんだろ…」
シャクルは頭を掻きながらリーシェとウラルに歩み寄る。
「まさかだけど…コイツに乗って、か?」
「まだ生まれて5年くらいだけど、2人くらいなら楽に乗せて運べるわ。どう?合図と共に空から突入っていうのも面白いモノじゃない?」
「クアっ♪」
リーシェがシャクルを見て笑うと、ウラルは再び嬉しそうな鳴き声を上げ、シャクルに飛びついてきた。今度は真正面から仰向けに押し潰されるシャクル。
「うぐぉ~…っ!」
「あら、ウラルに気に入られたみたいね」
「クゥ~ワァ~♪」
覆い被さるシャクルの頬に、ウラルも頬を擦り寄せる……が、ウラルの力はものすごく、体から首が引き千切られるのではないか!?の圧を受けていた。
「いっ、痛っ!!痛ててててッ!!」
しかしリーシェは止める訳でもなく、なぜか嬉しそうに両手を頬に置いてその場にしゃがみ込む。
「うふふっ。ウラルは優しい人にしか懐かないのよ」
「だぁ~!わかったから離れろ!」
「クア~♪」
「ウラルが『早く行こう』ですって」
「わかったわかった、行くからちょっと待っ――…」
ドッガァァァァァァァァンッ!!!!!
っと、突然辺りに爆発音が響き渡る。
驚いたウラルはシャクルの上から飛び上がり、リーシェの体に飛びついた。当然リーシェはウラルに押し潰されるも、倒れたまま平然とウラルの頭を撫でる。
「合図かしら?今の」
「かもな…!」
シャクルはすぐさま身を起こして大陸に向く。ザーバスの本堂は見えないが、山脈の間から灰色の爆煙が上がっている。
「3人共…無事なのか…?」
その爆発音に反応したのはもちろんシャクル達だけではない。辺りの帝国兵達も一気に慌ただしくなり出した。
「リグル副隊長!今の爆発音、突入開始の合図なのですか!?」
兵士の声に、リグルは軍艦のマストの上を見上げた。するとそこには見張りの兵士が1人おり、手にした軍旗を振り回す。その旗を確認したリグルは腰から剣を抜き、ザーバスの方角に切っ先を向ける。
「花火の合図は上がった!突入開始だ!!行くぞ、出撃!!」
リグルの号令と兵士らの敬礼と共に、ゆっくりと動き出す帝国軍艦。
「…やっとか…待ちくたびれぞ。我らも出せ。遅れをとるな」
軍艦の隣につけた船で呟くブレゴ。横に並ぶラーグ族の1人が「錨を上げろ」と叫び、その船もすぐさま軍艦に続いた。
それぞれの船が出るのを見たリーシェがシャクルに向く。
「さすがね、あなたのお仲間さん。きっちり4日。合図もバッチリ」
「ホントさすがだぜ、あいつら……ま、1ミリも疑っちゃいなかったがな」
「素敵ね。じゃあ行きましょう。そのお仲間と一緒に、もう1人のお仲間を助けにね」
そう言ってウラルに跨がるリーシェ。
「さぁ乗って」
「あ、あぁ」
「おいシャクル、準備は出来――…って何をしてるんだ!?」
リグルの驚きの視線の先、甲板より1メートル程上に浮かぶウラル。そのウラルに跨がるのはシャクルとリーシェ。リグルを見るなり「よっ」っとシャクルは手を上げた。
「悪ぃ、ちょっと先行ってるわ」
「おっ、おい!」
「行くわよ。ウラル」
「クアッ!!」
2人を乗せ羽ばたくウラルは、一気に空高く舞い上がる。
「おいシャクル!…わ、我々も遅れるな!!」
一気に山脈を越え、空に舞い上がるウラル。その背に乗るシャクルとリーシェの視界に、険しいドグマ山脈の囲まれるように位置する、白い煉瓦造りの大聖堂ザーバスが見えた。
造りは10階建ての正方形を、柱のように立つ尖り屋根を持つ円柱が等間隔に8本囲むもの。中央には塔のように高くそびえた時計台があり、屋根には巨大な十字架が建つ。そして山脈側の一部からは灰色の爆煙が上がっている。
「どこから攻め込むのかしら?」
「あ~…とりあえず上から行くか」
「そう。じゃあウラル、あの時計台にお願いね」
「クワァ~…クワアーッ!!」
「『しっかり掴まってろよ』ですって」
「は?掴まれってどこに――…っ、どあァァァ~ッ!!」
シャクルの質問を待たずして、瞬間的に加速し大聖堂ザーバスめがけ急降下していくウラル。
◆◆◆――…
爆発数分前の大聖堂ザーバスの一室。そこにはネイサー、シレイス、ヤナの三大神官が揃っていた。
「しっかしよぉ、リュカ様も何だろうな?どっか行ってたかと思えば、急に『ここにいてくれ』だなんてよ」
革のソファーの上でダルそうに座るシレイス。
「…遅い…」
その向かいで腕組みをし、姿勢良く座るヤナ。
「だよな~?もうかれこれ2時間くらい経ったんじゃねぇか…な?首領」
首を回し、壁に寄り掛かるネイサーを見るシレイス。
「そうだね。いったい何をして――…」
ズズウゥゥゥゥン……
突然部屋に響いた音と地震にも似た振動……シレイスはすぐに立ち上がり辺りを見渡す。
「なっ、何だよ今の…!?」
「む…揺れたな」
「地震でしょうかね?」
シレイスはネイサーに向き「さぁ」っと首を傾げ、窓に走り外を見る。その視線の先は、大聖堂ザーバスの正面にある青い海。そして両横に見えてるドグマ山脈から、ゆっくりと姿を現す帝国の軍艦。
「ボ、首領!奴らだ!帝国の奴らが来やがった!!」
「…船は一隻かい?」
「あぁ、軍艦は一隻だ。でも何だ?一隻…小さい船も一緒だ」
「そうか。ヤナ」
「む…?」
「君は正面からのお客様のお相手をしてきてくれるかい?」
「了解した」
ヤナは表情を変える事なく小さく頷き、ゆっくりと立ち上がった。
「首領。おれは何すりゃいいんだよ?」
「君は勿論セリエフ様の安全確保だ。頼んだよ」
「あいよ了解」
『セリエフ』の名を聞き、表情を引き締めたように敬礼をして走り出したシレイス。だが前にはゆっくり歩くヤナ。そのヤナの背中を「早く行け」っと押しながら部屋を出ていくシレイス。
ネイサーは窓際に歩み寄り、進行してくる帝国軍艦を見下ろす。
「やはりですか……危険な存在でもあるが、泳がせるだけ面白くなる最高のゲームだ。しかし無謀とは思わないのかね、リグル君。たった一隻で乗り込んで来るとは……負け戦をするような兵に育てた覚えはないよ…」
怪しく笑うネイサーはゆっくりと部屋をあとにした。




