P.070 初めから全て
十数分の休憩後、ミネアとキリは暗く狭い通路に進んでいた。その道はやはりサカンドラより入った道同様に、狭く明かりの無い暗いの道。休んだお陰で、2人の足取りは少しではあるが軽く感じられた。暗闇の道を2時間程歩き進んでいくと、視線の先に小さな明かりが見えてきた。
「ん?おい、ミネア。あの光り…もしかして出口じゃないか?」
「え?…本当…外の光りでしょうか?」
「たぶんな」
暗闇の中であまり速くは歩けないものの、外に出られる気持ちで自然と足は速まった。
外の世界からの眩しい光りが近づくにつれ、徐々に暗闇に慣れた目に刺さり始める。
「出たか…」
「うっ…!」
近づく光りに2人は目を手で覆い進む。一瞬目が眩む程に感じた眩しさも、案外すぐに慣れてきた。
朧火の黄泉路と暗闇の洞窟も抜けて、ようやく肌に感じられる外の空気。しかしそれは清々しいものではなく、薄暗い霧に包まれ、ジメっとまとわりつくような湿気の漂う土地であった。周囲は3~4メートル程先までは見渡せるが、あとは霧で見る事が出来ない。
「ついに来たか、カナン湿原…」
「ここが…ですか?」
【カナン湿原】…先の章にて説明はあったが改めて。大聖堂ザーバスのある、アスフェド大陸に広がる世界最大級の湿地帯。周囲を高い山脈に囲まれ、決して晴れる事のない薄暗い霧に覆われた土地。深い霧で磁場を揺るがし、方向感覚を失いやすく生きて帰った者はいない事から、大聖堂ザーバスの罪人の放つ『天然の処刑場』とも呼ばれている。
「この霧では、ザーバス本山の位置が掴めませんね…」
「予想以上に霧が深いな…くそっ…!」
目を凝らし辺りを見回す2人。するとミネアの視界に、ぼんやりと黒い影が1つ映り込む。
「あれは…?」
深い霧だというのに、なぜかその影は徐々に近づいてくるのがわかった。しかもその後ろに浮かぶ、大きな黒い球体のような影の存在も。
「あれは、まさか…!!」
影はそのまま近づいてくると、周囲10メートル程だろうか、突然霧が晴れていき、ミネアとキリの視界にはっきりと映る位置にまできた。その影の主に、2人は目を丸くさせつつも身構える。
「あのガキ…」
「何故…ここに…」
「ハハハ、そろそろ来ると思ってたよ、君達」
霧の中から現れた人影……それは冥王リュカだった。その背後には黒い球体に包まれ、立ったままにぐったりとしたアヤメの姿がある。
「アヤメ!」
「大丈夫、母さんは無事さ。何も傷つけちゃいないよ。ただ、ちょっとばかり…力は貰ったけどね」
「…貴様!」
ヒュッ!!
踏み込もうとしたミネアの足元に黄金に輝く矢が刺さる。
「っ!」
「ミネア!?」
「だ、大丈夫です!…この矢は…」
ゆっくりと上がる視線。その先には……
「ナック…!」
悲しそうな表情でミネアに向かい、弓を構えるナックの姿がそこにあった。
「………」
「ナック…?どうして…」
味方であるはずのナックの弓矢が、なぜか己に向けられた状況に呆然とするミネア。キリは状況が読めないのか、ミネアとナックを交互に見ている。その光景にリュカは1人、クスクスと笑いミネアを見た。
「君達は本当に面白いよ。全てあの時、お前の言った通りに動いてくれてるからねぇ」
そう言ってリュカはナックに視線を向ける。
「『お前』…?」
ミネアは視線を追ってナックを見る。するとナックは、弓を構えたままに視線を反らした。
「…っ!まさか…!?」
「ハハっ!本当にバカみたいで面白いよ」
「ナック、貴方…」
「そうさ。ナックは初めから…僕の精霊なんだよ」
「ッ!?」
「まんまと騙されてココまで来たんだね?お姉さん」
「う…嘘…でしょ?ナック…」
リュカの言葉…ナックの行動…頭の整理が追いつかぬミネア。驚きと衝撃に視線を泳がせ、軽いパニック状態といった表情。
「マスター……エルセナ=ミリアードとの契約は、彼女の死によって切られた。つまり1000年経った今、ボクはリュカに継承されたんだよ」
「う…嘘よ……だってアヤメと一緒に戦ってたじゃない…」
「そうだね」
「『そうだね』って…」
「萱島アヤメは確かに霊召士の血筋を受け継いでいる……だが『継承の儀』を済ませてはいない。つまり、萱島アヤメは正式な霊召士ではないんだよ」
未だ理解出来ない表情のミネアに、リュカは再びクスクス笑い視線を向ける。
「…だが血筋さえあれば"融合"は出来る…属性が違うと負担は大きいけどね」
「でもあなたには闇の精霊が…」
「闇の精霊は僕自身だ」
「えっ…!?」
「今やもう、闇の精霊と僕は同じ存在となった…つまり僕は闇の精霊にして、本物の霊召士なんだよ」
誇らしげな表情で両手を広げ、霧で見えぬ空を見上げるリュカ。
「でも苦労したんだよ。対の属性の継承には………その『時間稼ぎ』と『母さんの目覚め』を待つ為、ナックを君達の元へ送り込んだ訳さ」
「そんな……じゃあ今までの事は…」
「全部ウソさ!ハッハァ~!久しぶりにナックに会った時は笑ったよ!…本当にお前は演技が上手いよ」
「くっ…!!」
ミネアはナックを鋭く睨む。
「アヤメやシャクルは、貴方を信じてここまで戦って来たのよ!…わたしだって…」
すると冷めた視線でミネアを見下ろすナック。
「ボクも信じてたよ…君らが最高の『餌』になってくれる事をね」
「…ナック…!貴方は本当に…」
「うん。もちろん"敵"だよ」
「そんな…」
「状況がよく見えてこねぇが、どうも胸クソ悪ぃ話しだな…」
明らかに苛立った表情のキリが、両手に石刀を出現させ、今にも斬りかかる雰囲気をかもし出す。
「そう怒るなよ、モルハス族」
「世間知らずのガキには、このおっさんがいろいろ教えてやるよ…」
「やだなぁ。怖い事言わないでよ。せっかく"招待状"持って来たんだからさ」
「"招待状"ですって…?」
「まぁ紙は無いけどね」
そう言ってリュカは右方向を指差した。
「ここからまっすぐ。2時間もあれば大聖堂ザーバスに着くよ」
「何だと!?」
「嘘じゃないよ。なんなら一緒に行ってもいいんだよ?だって…攻め入る合図、花火打ち上げるんだろ?」
「なぜそれを!?」
「ハハハ、安心しなよ。誰にも言ってなんかいないよ。僕だって遊びたいからさ。それに、いろいろ試したいしね…」
そう言ってアヤメに向かい手をかざす。
「ッ……うっ…うぅ…うあぁ…」
すると苦しそうに小さく呻くアヤメ。
「ヤメなさい!!」
「うるさいよ…」
ヒュッ!!
ナックは光の矢を放ち、ミネアの肩を掠めさせた。
「うぐっ…」
小さく斬れるミネアの肩。
「"本当の母さん"が完成するまで、あと4時間くらいかな?」
「本当、の…?」
「いったい何なんだそれは!?」
「知りたいのかい?……じゃあ待ってるから、大聖堂ザーバスでさ」
「まっ、待て!!」
駆け出す2人。だが一瞬にしてリュカとナックの姿は視界から消えた。
その後誰もいない霧を見つめ、呆然と立ち尽くすミネア。
「…ナックが……敵…」
「あれが聞いてた精霊って奴か…」
「………」
「チッ…あと4時間なんだろ?時間が無い、パニくってる場合でもねぇ。突っ走るぞ」
そう言って未だ呆然するミネアの背中を叩き、リュカの指差した方角に走り出すキリ。ハっと我に返り、「は、はい!」と返事をしてキリに続き駆け出すミネア。
◆◆◆――…
「うりるぁぁぁッ!!」
「やぁッ!!」
どれ程の時間が経っただろう…ミネアとキリはボロボロの緋色のコートを羽織り、白骨化の動く亡霊達を薙ぎ倒しながら、霧深いカナン湿原を駆け抜けていた。
もはや疲れを通り越し、ゴール寸前のランナーズハイのような感覚で『走る』と『戦闘』を繰り広げる2人。湿った大地に足を取られながらも亡霊達を薙ぎ倒し走る。
「何なんだよコイツら!?」
「『無事に着ければ』とは、こういう事だったんですね!!」
次々に群がる亡霊達。
「コイツらが噂の罪人達ってかぁ?…えぇッ!!」
「なぜ動き回れるのよ!!」
「これもあのガキの仕業なのかぁ!?」
「おそらく……ハァッ!!」
ミネアが近くの亡霊の頭蓋骨を蹴り砕いた瞬間、ぼんやりと巨大な影が浮かんで見えた。
「?…キリさん!!あれ!」
その声にキリも前方を見る。
「あれは…ドグマ山脈か!?なら大聖堂ザーバスの本山だ!」
「ついに着いたのね…」
「よし、とばして行くぞ!!」
駆ける足により力を込める2人。
「そういえば、だいぶ今更ですけど…突撃の合図の花火はお持ちなんですか?」
「おう、ここにな…」
亡霊を斬り捨てながら、懐からダイナマイトの束を取り出すキリ。
「いつの間にっ…!?その以前の問題ですが、かなり危険な持ち方ですね…?」
亡霊を薙ぎ倒しながら、表情を引きつらせるミネア。当のキリは「そうか?」的軽い反応。
そうこうしている内、徐々にドグマ山脈に近づく2人。幾人もの亡霊を倒し、ようやく辿り着くまるで壁のようにそびえ立つドグマ山脈。全く見えない登り口。走りながら麓を見渡すミネア。
「キリさん!道がありませんよ!」
「んな登れる道があったら処刑場でも何でも無いだろ!」
そう言うとキリは両手の石刀を逆手に構えた。
「ミネア!早くオレの背中に乗れ!」
「え?」
「んでコレ持て」
そして先程のダイナマイトをミネアに投げ渡す。
「うわっ!!…ば、爆発したらどうするんですか!?」
「火ぃ点いてないから大丈夫だ。いいから早く乗れ!モタモタすんな!」
「わ、わかりましたよ…!」
ミネアは走るままにキリの背中に飛び乗った。人1人が乗っかった状態でも落ちないキリのスピード。ぐんぐん迫る壁のような山脈に、ミネアはキリの背中で身を強張らせる。
「ブっ、ブツかりますよ!?キリさん!」
「あぁ~叫ぶな叫ぶな…こんな時の為の…」
スピードを緩める事なく、キリは山脈目掛けて大ジャンプ。
「二刀流だァァッ!!」
「きゃあァァァ~っ!!」
ガギィィィィィンッ!!!!
2本の石刀を山脈に突き立て、急な斜面に立つキリ。その背中では振り落とされまいと必死にしがみつくミネア。
「な…何て荒技…」
「しっかり掴まってろよォッ!!」
キリは石刀を交互に抜き刺しをし、山脈を駆け上がる。キリの首元に腕を回し、しがみつくミネアが見下ろす視界には、数体の亡霊が2人を見上げている。
「おいミネア!ヨソ見してる場合じゃねぇぞ!!」
「は、はい!?」
「左方向を見ろ!」
言われるままに左を見たミネアの目に、山脈の断面とはあきらかに違う白い煉瓦造りの一部が入ってきた。
「あれはまさか!?」
「だぶんだが、あそこは大聖堂ザーバスの一部だ!だからあそこに花火の爆弾をブン投げろ!!」
「あそこに!?」
「早く投げろ!!じゃなきゃ爆発にオレらも巻き込まれんぞ!?」
「着火の火は!?」
「右ポケットにマッチが入ってる!」
「いつの間にぃ~…」
背中から手を伸ばしマッチを取り出す。そして口にくわえながらマッチを点火させた。その火を風圧で消さぬようダイナマイトの束に点火させる!
「よしっ……いっけェェェッ!!」
渾身の力を込めダイナマイトを白煉瓦目掛け投げつけた!
…――ッ
ドッガァァァァァァァァンッ!!!!!
巨大な爆音と衝撃と共に、見事な花火の合図が鳴らされた。




