P.068 戻らぬ時間(2)
キリの手にぶら下がるアラーケ……そしてその先には、ミネアの姿があるではないか。
「ア…アラーケ…?」
呆然とアラーケを見上げるミネア。視線の先のアラーケの両手は、しっかりとミネアの腕を掴んでいる。
「…ったく、いってぇ~なぁ~…血ィ滲む程殴んじゃないってミネアちゃん…」
まだ痛みで歪む顔だが、笑って見せるアラーケ。
「バカ…何で離さないのよ…」
「離せる訳ないだろ、姉ちゃんの手…だってイケメンな弟だからな、おれは…」
「バカぁ…」
「ハハ、本当に心はイケメンだぜアラーケ!」
「くぉらぁ!誉めてんのかけなしてんのかどっちだ!?犬っころ!」
「ん?ちょっとけなしてるが…」
「答えんな!悲しいわ!」
カラカラカラ……
「へっ…?」
アラーケの声と共に、数個の石が流れるように崖を転がり落ちていき……突如ガクン!!っと3人が大きく波打ち、一気に体勢が谷底に向く。
「ぐおォッ!!」
「きゃっ!」
「あひゃ~っ!」
ギシギシと傾いていく体勢に、キリが見上げる石刀の支え。刺さる深さは十分だが、徐々に重さに負けているようで、ゆっくりとした動きで角度が下がっていく。
「くっそ、もう限界か…!!」
傾く中、キリは何とか2人だけでも助けようと、一か八かで上に投げるべく力を込めた……瞬間、
「キリッ!!」
「は?……ぐおっ!!」
突如キリのアラーケを掴む腕を何かの衝撃が襲い弾かれた。「しまった…!」っと慌て見る先には空中に投げ出されたアラーケとミネア。
それはキリの腕をアラーケが蹴り飛ばし、自ら空中へと身を投じたのだった。
「なっ、何してやがんだお前っ!?」
「ちょっ…アラーケ!?」
空中に投げ出されたアラーケとミネアに必死に手を伸ばすキリ。するとアラーケの口元がニヤりと笑う。
「キリ!!頼んだぜぇ!!」
空中のアラーケは渾身の力を込め、ミネアの体をキリに向かって投げつけた。
「きゃあッ!!」
「うおっ!!」
勢いよくブツかるミネアをなんとかガッチリと掴んだキリ。
「絶対にミネアちゃん死なすんじゃねぇぞォ!!」
叫ぶアラーケの体は、死者のうごめく谷底に向かい一気に急降下し始める。
「アラーケェ!!」
「お前っ…!!」
落下するアラーケは、2人に向かい満面の笑みを浮かべ両手を大きく振った。
「皆によろしくな!!あばよォ~!!」
「アラーケェェェッ!!」
「いやぁぁぁッ!!」
ミネアは泣き叫び必死に手を伸ばすも、アラーケの体は無情にも谷底へと消えていく。
「くっ…!アラーケ……畜生ッ!!」
キリはミネアの体を崖の上に向かい、フワリと放り投げた。投げられたミネアの体は軽々と宙を舞い、細い崖の道へと乗り上げた。キリは空いた手でもう1本の石刀を出し、交互に壁に刺し崖を上がっていく。
道の上にはまるで抜け殻のように呆然と涙を流すミネアの姿があった。
「アラー…ケ…」
キリは呼吸を乱しつつも石刀を消し、ミネアに歩み寄る。
「…立て…」
「いや…」
「立てバカ者ォ!!」
「もうイヤァッ!!」
ミネアは頭を抱えその場に蹲る。するとキリはミネアの肩を掴み、強引にその身を起こす。
「立て…あいつの…アラーケの気持ちを踏みにじる気かァ!?」
「違う!!でも!……でも…わたしが……わたしのせいで…」
「だったら止まるな。あいつの気持ちに応えるなら、ここで止まってる場合じゃないだろうが!!」
オォォォ…オォ…!
「ッ!?」
アラーケの落下した所の死者達が急に騒ぎ立てた。
「アラーケ!!」
再び谷底に向かおうとするミネアをキリが押さえる。
「また繰り返すつもりか!!アラーケに言われただろ!『前を向け、迷うな』と!!」
「前…迷うな…?」
「立つんだ…そして前に進むんだ。迷わずに…」
キリはまっすぐにミネアを見つめる。
未だ呆然とした表情に唇を震わせ、ポロポロと涙を溢すミネア。キリは優しくその涙を指で拭った。
「泣くなバカ…アラーケ…いや、お前の弟が見てぇのは、お前の泣き顔じゃねぇだろ?」
「………」
「最期にみせてやれよ、お前の笑顔をよ…」
「………」
ゆっくりと谷底を見るミネア。キリはミネアの頭に手を置き、くしゃくしゃと撫でる。
「辛くてもアラーケに贈ってやれ…」
「………」
「ほら…」
「…アラーケ……ありがとう…」
口元がほんの少しだけ上がる、精一杯の笑顔。
キリは再び頭をくしゃくしゃに撫で、自分に引き寄せる。その頭を胸に抱き、軽くポンポンと叩いた。
「…よくやった…」
「う…うぅ…うあぁぁぁぁぁぁッ!!」
ミネアはキリの胸に顔を埋め、叫び声にも似た大きな泣声をき上げ続けた。
◆◆◆――…
数分が経った頃…泣き声も枯れ、時折「ひくっ…」と身を震わせるミネアの頭を、キリは軽くポンっと叩いた。
「…行けるか?」
するとミネアはグスっとひと息吸い、小さく頷いた。
「よし、なら行くぞ…もう迷うな」
「…はい…」
再び頷くミネアはキリの支えを借り、ゆっくりと立ち上がる。そして谷底を見た。そこには相変わらずの死者のうごめく景色。見渡す限りでは、ラッスルの姿は無いように見える。
「さようなら…ラッスル…」
ゆっくりと目を閉じるミネア。
「ダメなお姉ちゃんでごめんね……でももう迷わないよ…ありがとう、アラーケ…」
「オレからも礼を言うぜ、アラーケ…」
そう言ってキリは両手で顔をバチンっと叩いた。
「よしっ!遅れを取り戻すぞ。アラーケの為にも絶対に突破してやろうぜ」
「はい…」
再び見据える先は果てしなく続く細い崖の道。下から響く死者達の声も鳴り止む事は無い。
「…リグル達もそろそろ準備出来てるだろうな」
「そうですね…」
「………」
振り返り見るミネアは、積み重なる疲労に泣き疲れも加わったせいか、その表情には活力がまるで無い。立った姿もフラフラだ。歩き出そうと1歩踏み出したミネアの顔面を手の平で止めるキリ。
「ふぎゅ…!」
キリの手にブツけた顔をおさえるミネアの前で、その場にしゃがむキリ。
「?」
「しばらくオレが運ぶ。少し休め」
「いえ、そんな…」
「ダメだ。今からが本当に大事なんだぞ。休める時休め」
「でも…」
少し考え、ミネアは申し訳なさげにキリの背中におぶさった。
「すいません…」
「ここまで頑張ったんだ。謝る事はない」
そう言ってミネアをおぶり立ち上がるキリは、ゆっくりと歩き出した。
「あ、あの…重かったら…その…ごめんなさい…」
「ん?50キロくらいなら軽いもんだっつうの」
「なっ、何で知って――…っ!あ…いえ…何でもないです…」
「50…2だったか?」
「50です!…ってあっ…」
そう言って赤くなるミネアは、キリの背中に顔を引っ込めた。そんなリアクションに笑って応え、ミネアをおぶった状態でしばらく歩いていると……
「…スー…スー…」
「お?」
よほど疲れたのだろう。ミネアは寝息を発て、静かな眠りについていた。
「スー…スー…」
「へっ、ガキみたいな寝顔してんな…」
その表情を見てキリが笑った。
◆◆◆――…
それから何時間経っただろうか…キリはミネアを背負い歩き続けていた。すると視界に、ようやく突き当たりの壁が見えてきた。
「あそこが終わりか…?」
徐々に近づく壁。すると道の先にはサカンドラから入った時同様、少し広くなった場所があった。そして同じように暗い道が伸びているように見える。
そこに到着したキリは、ミネアの体をゆっくりと降ろして自身も座り込む。
「ふぅ…さすがにしんどいもんだ…」
岩壁に寄り掛かり、深いため息をつくキリ。横目に見る隣で眠ったミネア。
「たった2人…それにこの体力での囮か……もしかしたら、花火上げて終わりかもな…オレらは…」
「……ん…」
するとミネアが目を覚まし、ゆっくりとその身を起こす。
「よ、起きたか」
「あ…はい……あれ?ここは?」
「おそらく黄泉路の終点だ。悪い、少しだけ休ませてくれ…」
「え、あ、はい。すみません、わたしばかり休んでしまい…」
「いや別にいいさ。気分はどうだ?」
「はい、お陰でだいぶいい状態です…でもキリさんは…」
「オレはこうしているだけでも十分休めてる。ひと息ついて、後はこの先に進むだけだな」
2人は岩壁にある、人1人分の通路を見た。
出発時と同様に暗闇の道に、再び大きなため息をつくキリ。
「タイムリミットは後1日……もう少ししたら先に進もう…」
「はい」
ミネアはゆっくりと振り返り、来た道を見つめていた。その姿を見るキリが呟く。
「大丈夫だ…アラーケも、お前の大事な人もちゃんと見守ってくれてるさ…」
「はい、そうですね……いってくるね…アラーケ…ラッスル…」




