P.068 戻らぬ時間(1)
『おめでとうございます!ラッスル様』
『え…何がだい?』
『一等兵士への昇進です。わたし…自分の事のように嬉しいです』
『え、あ…ありがとう。でもまだまだ下っ端だよ…だけど…その…ミネアの為にも頑張るよ』
『わ、わたしの…ですか?』
『え?あっ…あ、いや、その~…な、何でもない!忘れてくれ…』
『…は、はい…?』
………………………………
『な、なぁ…ミネア…』
『はい、何ですか?』
『僕と……その~僕とぉ~…だな…』
『何ですか?もったいぶって』
『けっ!けけけけ結婚してくれないか!?』
『え!?けっ、結婚!?』
『い、嫌ならいいんだ!ただ、ずっと…君が城に来た時から…その…妹のように思っていたのだが…な。その~何だ…えっと~…』
『…い…嫌では…ないです…』
『へっ!?』
『嫌なんかじゃありません…わたしも…わたしも、ラッスル様の事…』
『ミネア…』
『ラッスル様…』
『"様"なんか要らないって…いつも言ってるだろ、ミネア…』
『…はい…ラッスル…』
『僕と、結婚…してくれるかい?』
『…はい。喜んで』
『ほっ、本当に!?』
『はい』
『ハハ…やった…やったぁぁ!!』
『ふふふっ、そんな大袈裟ですよ』
『嬉しい事なんだ!大袈裟でもなんでもない。あっ…指輪…もう少し待ってくれ。僕の安い給料じゃまだ…』
『そんな、指輪なんて要りません』
『え?』
『お傍に貴方がいてくれれば、わたしはそれだけで幸せです』
『ミネア…』
『絶対に、わたしを1人にしないで下さいね?』
『あぁ…約束するよ』
『はい。約束ですよ』
……………………………………
『ミネア!!大変よ!!』
『どうしました?メイド長』
『舞踏会にワーグの軍勢が襲ってきて…!』
『えっ!?アルシェン様は!?国王様は!?』
『2人共無事よ。流れの傭兵が助けてくれたみたいで……でも…』
『でも?…どうしたんですか…?』
『ラッスル様が…』
『ラッスル?…彼が…どうかしたんですか…?』
『ラッスル様が……亡くなったそうよ…』
『えっ……ラッスル…が…?』
『えぇ…残念だけど…でもアルシェン様を守っ――…』
『いや…』
『ミネア…』
『いやぁ…ラッスル…ラッスルゥゥッ!!!!』
………………………………………
……………………………
「ラッスル…」
未だ谷底のラッスルの元に向かおうと動くミネアと、それを支えるアラーケ。この2人を辛うじてキリが2人の体を掴み止めている。
「くっ……くぅ…」
種族的には、モルハス族がヒューマ族よりも体力、腕力などでは勝っているとはいえ、キリも体力をかなり消耗している状況。これでは2人を持ち上げる事など…ましてや抵抗するように動くミネアがいれば、まず不可能な事。
もちろんアラーケに至ってもそう。逆さまで踏ん張りのきかぬ体勢では、ミネアの腕を掴んでいるだけで精一杯。
「ミネアちゃん、頼むよ…大人しくしてくれ…じゃないと…」
「いや!アラーケお願い離して!」
「そんなお願い聞けるかよっ…ぐぐぐぅ~…!!」
絶えず動くミネアに、掴むアラーケの手が徐々に滑り始める。
「ダメだミネアちゃん!!」
「暴れるなっつぅの…!おいミネア!正気に戻れ!!」
ミシッ…!!
石刀の突き刺さった崖が軋む音。
「ッ!?…マズい…」
「ラッスルが呼んでるの…だからお願い離して!」
「何バカ言ってんだ!!行ったらヤツらの"仲間"に引き込まれるぞ!!」
「それでもわたしは…!」
更なる力を込め、ラッスルに向かい手を伸ばすミネア。すると僅かだがアラーケの腕がミネアを引き寄せる。
「ふっ…ざけんなァァァァッ!!」
叫ぶ声と共に、ミネアの体は少しずつアラーケに引き寄せられていく。その負荷はキリにのしかかるが、好機とばかりにキリも引き寄せるように力を込めた。
「何言ってんだってよミネアちゃん!そんなんミネアちゃんじゃねぇよ!!アヤメちゃんとナック助けんじゃねぇのかよ!?シャクル達の為に頑張んじゃねぇのかよ!?…おれ達こんな所で止まってる場合じゃねぇだろォ!!」
ミネアはハっとしたようにアラーケに向き、伸ばした手を引いた。涙混じりの見開く目で見つめ、再び下を見下ろす。
「ミネ…ア…」
「………」
暗く不気味な眼でミネアを見上げ、手を伸ばすラッスル。ミネアは応えるようにラッスルに向かい、ゆっくりと手を伸ばす。
「…ラッス――…」
「帰ってこいよバカ姉貴!!」
「ッ…!!」
再びハッとしたように目を見開き、伸ばす手を引きアラーケを見上げるミネア。
「そうだ…その"眼"でこっち見なよ…姉ちゃん」
「アラーケ……キリさん…」
するとキリも表情を引きつらせながらも口元を緩ます。
「ったく、ようやくお帰りか…え?ミネア…」
「…ごめんなさい…」
涙を流し俯くミネア。
「顔上げろってミネアちゃん…前見なよ」
「前…?」
ゆっくりと顔を上げ、アラーケを見るミネア。
「じゃなきゃまた迷っちまうだろ?」
「……うん…」
「ミ…ネア…」
再び聞こえるラッスルの声に、ミネアが振り向こうとした瞬間……
「うるせェェェッ!!」
大きな怒鳴り声が響き渡る。
「お前はもうこの世にはいねぇんだ!!ミネアちゃんを大事に想うなら呼ぶんじゃねぇ!!見守ってやれよ!!」
「…アラーケ…」
「それに…あれだあれ!結婚も何も、弟ぽいおれの許可とったのかァ!?師匠に代わって『アラーケ is 審査会』通ったのか!?」
「それ…文法の使い方合ってんのか?お前…」
「ここで潔く身を引くのが男じゃねぇのかよ!!逝くなら、遺された者の幸せ願ってやれよォ!!」
「………」
するとラッスル手がゆっくり下がる。
「つ、通じたのかよ!?」
「ウソぉん!?」
「ラッスル…」
ミネアが見下ろす中、伸ばしていた手を、肩かけのケープの留め具として使用している碧水晶のブローチに置き、グっと握り締める。
………………………………………
………………………………
『おーいミネア』
『あれ?ラッスル様?休暇でご実家に戻られてたのではなかったんですか?』
『あぁ、それで今日帰った所なんだ』
『そうだったんですか。ゆっくりできましたか?』
『うん。それと…はい、コレ』
『え?何ですか?この箱』
『確か今日で17歳だったろ?だから、誕生日プレゼント』
『えっ!?わ、わたしにですか!?そんな……っ、それにこれ…碧水晶のブローチ…こんな高価な物もらえませんよ!』
『あ、いや…実は、僕の実家が碧水晶の採掘地でね。僕が採ったやつなんだ……だから…ただの手作りだけど、もらってくれないか?』
『え…本当にいいんですか?』
『う、うん!1番いい水晶なんだ!だから君にもらってほしくて……あ、いや!変な意味は無いよ!ただそのっ…あのあの…』
『ふふふっ、ありがとうございます。最高のプレゼントです…大切にしますね!ラッスル様』
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………………………………
「…貴方の事……忘れないから…」
目を閉じ、小さく呟くミネア。そして気のせいかもしれないが……ラッスルが小さく頷き、"人"の眼でミネアを見つめているようだった。
…――が、次の瞬間………
ミシッ! ガラッ!!
突如キリ達の体が軽く弾んだかと思えば、谷底に向かい大きく傾いた。
「マっ、マズいッ!!」
焦るキリが見上げる崖が、石刀を刺した箇所から崩れ始めていた。
「嘘だろ…!!」
「何だよ!?何が起きたんだキリ!!」
逆さまのアラーケは何が起きたかわからず、徐々に傾く身に焦り声を上げる。だが「カラカラ」と音を発て、アラーケの視界で転がり落ちていく小さな石に全てを察した。
「おいキリ…マジかよ…」
「マジっぽいぞ~こりゃ…限界かよ…くそッ!!」
何とか2人だけでも…!っとキリは力を込めるが、2人の体は微動だにしない。
「くぉぉっ…!!」
「キリ無茶すんな!!」
その姿を見つめるミネアが急に表情を和らげる。
「?…どうしたんだよ…ミネアちゃん…」
「こうなってしまったのも…全てわたしのせいです…」
そう言うと腰からトンファーを1つ取り握り締めた。
「お…おい…まさかお前…!」
「ヤメろってミネアちゃん…」
「ごめんなさい…アヤメを…ナックを……アルシェン様を、お願いします……ッ!!」
腕を掴むアラーケの手を目掛け、渾身の力でトンファーを振り切った。
「ヤメろォォォォッ!!」
…―――ゴッ!!
鈍い音が響いた洞窟内……




