P.065 アヤメの気持ち
場所は移り、エクシラの地。
「バイスン小隊長!」
町の中心に位置する広間に、1人の兵士が駆け込んでくる。その先に立つのはユーネ。
「あ、はい。どうかしましたか?」
「ハっ!今しがたなのですが、伝書鳩が隊の宿舎に降りまして、バイスン小隊長宛の書状を…」
そう言って差し出されたのは、小さく細く折り畳まれた1枚の書状。結ばれてあったからか、ちょっとくしゃくしゃではあったが…
ユーネは自分を指差しながら「私に?」と言いつつ書状を受け取る。そして破れぬように優しく広げていく。
「…およ?この汚い字は…」
広げた書状には、ユーネの言った通りのミミズが這った跡と言うにふさわしい汚い字が並んでいた。書状を手にしたまま、がっくりと肩を落とすユーネ。
「やっぱリグルじゃ~ん…」
「リグ…ル…って、あのマーズ隊副隊長で、小隊長の弟さんでいらっしゃる――…ってうわっ…こ、これは…」
書状を覗き込む兵士は、サっと身を引かせ、表情まで引いた感じにユーネを見た。ユーネは呆れ顔のまま首を横に振る。
「あの子の字、5歳くらいから全然変わってないわ…」
「真面目できっちりしてそうな人なんですけどね…」
「いやきっちりはしてるんだけど…ただ、この字と極度の方向音痴って所が弱点なのよ、あの子は…」
苦笑いのユーネに、同じような苦笑いを返す兵士。ため息混じりにユーネは書状を読み進めていく。兵士は敬礼をしてその場を去ろうと歩き出す。
すると……
「ちょっと待って!!」
「はっ、はい!?」
突然響いたユーネの叫び声に、兵士は驚き身を硬直させたまま、首だけを回してユーネを見る。見たユーネ表情は険しくも戸惑いの浮かぶもの。
兵士がゆっくりをその身をユーネに向けると、ユーネはグイっと兵士に詰め寄った。
「カーレン隊長は今どこに!?」
「隊長ですか?隊長でしたら…確か先程、宿舎の方で――…」
「宿舎ね!ありがと!!」
『宿舎』の単語のみを耳にした途端、ダッシュで駆け出すユーネ。
「あっ、小隊長!?」
残された兵士は唖然とした表情でユーネの背中を見送った。
◆◆◆――…
場所は再び戻り、同刻の地下帝国サカンドラ。
シャクルは部屋に1人立ち、ジャケットを羽織り、ベルトに剣を装着させていた。装着が終わると首を左右にコキっと鳴らし、肩を片方ずつ回す。そして頭に巻かれた包帯を外した。
まだ内部的な痛みは所々に感じられたが、ミネアの治癒の力により傷は少し赤い線が残ったくらいで塞がっている。
「治癒術師ってすげぇな…」
その傷跡を指でなぞりながら、感心したように頷くシャクル。すると背後から石壁をコンコンっとノックする音がする。振り返るとそこにはカムラが立っていた。
「お、カムラじゃねぇか。どうかしたのか?」
「…これ、ウィビさんの残骸から見つけたんだが…」
そう言ってカムラは歩み寄り、2冊のノートのような薄い本をシャクルに差し出した。差し出された本とカムラを交互に見、首を傾げつつもその本を受け取ったシャクル。
「何だ?この本」
「アヤメさんにわたしが上げたノートだ。救い出したら渡してやってくれ」
「アヤメに?…あぁ、わかった。でも何でノートなんか?」
手にしたノートをヒラつかせるシャクル。
「何でも『書き留めたい事がある』と言っててな。それでだ」
「ほぉー。んじゃ、わざわざ探してきてくれた訳か?」
「まぁアラーケ君の為、ウィビさんの残骸を集めてて偶然見つけた物だったんだがな」
「そっか…悪いな、ウィビの事まで」
「いや、わたしもジっとしてられなくてな……救出にも参加したいが、わたしでは足手まといになるだけだ。こういう事しか出来ないのだよ…」
「その気持ちだけで十分過ぎるくらいだよ。サンキュ、カムラ」
そう言うとシャクルはカムラの肩を叩き、部屋の出口に向かう。
「間もなく出発らしいから、ちょっとあの副隊長さんトコ行ってくるわ」
「あぁ。わたしはここで復興の手伝いをしながら、君達の帰りを待つ事にするよ」
「そうか。ならよ、帰ってきたら地下帝国流の美味いもんでも食わしてくれよな」
「ハハ、わかったわかった。サカンドラ名物、地底ガニの鍋でも作ってやるさ」
「お、いいじゃねぇの。ただ気をつけろよ。ナックのやつはチビだが、かなりの食いしん坊だぞ。たぶん、アヤメもな」
「そうか…ならたくさん準備しておくよ」
そう言って互いに笑い合い、シャクルはカムラに背を向けた。
「んじゃ、ちょっといってくるわ」
「頼んだぞ。シャクル君」
「おう、任せとけ」
後ろ手に振り、その場を去っていくシャクルの背中を見送るカムラ。ため息にも似た息をはき、近くにある椅子に座る。
「…悪いなアヤメさん…掘り出した時に見えてしまったんだ…」
静かに俯くカムラ。
「今行くぞ。君が1番会いたいと願う男が……必ず迎えに行く。だから頑張れよ、アヤメさん…」
◆◆◆――…
建物を出たシャクル。すると向かいの建物に寄りかかり、瓦礫に腰を下ろしたリーシェの姿が見えた。
「ブレゴには会ったのか?」
「えぇ」
「で、何て?」
「無言」
「ハハ、っぽいな」
「目は『勝手にしろ』って感じだったわ」
「そっか。なら勝手にしようぜ」
「そうね」
数回頷き足を進めるシャクル。リーシェは立ち上がり、お尻をポンポンと払いシャクルの後に続いた。するとシャクルの持つ2冊の本に気づくリーシェ。
「何かしら?その本」
「ん?今から助けに行く姫様の本だよ」
振り向く事無く歩き続ける。
「ふぅ~ん…何が書いてあるの?」
「知らねぇ」
「…見てもいいかしら?」
「………」
するとシャクルは少し考え、歩くままに本を後ろに向かいヒラつかせた。それを『OK』っとの認識するリーシェは本を受け取り、パラパラとめくり出す。
「あら、日付があるということは……やっぱり日記ね、これ」
「日記?ほぉ~、そんなん書いてたのか」
「ならダメね。人の日記は勝手に読むものじゃ――…」
そう言いかけ、日記を閉じようとした手が止まる。そしてリーシェはシャクルの背中を見た。
「…ふふっ…」
「ん?」
突然笑うリーシェにシャクルは振り返る。すると日記を差し出すリーシェの姿が。
「やっぱりマズかったみたいね…人の日記を読むなんて」
「…?」
シャクルは首を傾げながら本を受け取る。
「早く行ってあげましょうね。その子の所へ…」
「あぁ。言われなくてもな」
本を手にし、再び前を向くシャクル。その背中を見つめ続けるリーシェは、シャクルに聞こえぬようにクスっと笑う。
「…人気者なのね、あなた…」
◆◆◆――…
無人島カラの浜辺に停泊中の帝国の軍艦と、ラーグ族の木造帆船。両船共々、出港の準備は整っていた。
甲板で兵士達が整列する前にリグルが立つ。並ぶ兵士は30前後の数。その後ろには同じくらいの武装したモルハス族らがいる。
「全兵!今から大聖堂ザーバスへと進行を開始する!」
リグルは兵士やモルハス族をぐるりと見渡す。
「増軍は書状にてカーレン隊へ要請をしている。応えがあるなら4日後に合流予定だ。突入の合図はララグド宮殿王の打ち上げる花火。打ち上がりと共に正面から突撃をする」
「ハッ!!」
「我々と共にモルハスの自衛部隊。そしてラーグのブレゴ殿の力添えも得た。しかし、戦力では圧倒的に不利となるであろう。だが!完全なる勝利は求めなくても良い。目的は『アルシェン姫の奪還』だ!!」
言葉の後、リグルは横目にシャクルを見る。だが当のシャクルは、ボーっと晴れ渡った空を見上げていた。横にはリーシェが立ち、青々とした海の水平線をボーっと見つめている。その2人の姿にリグルは小さくため息。再び兵士達に向き、
「帝国軍の名にかけて、活路を斬りひらくのだァ!!」
剣を抜き天に突きかざす。
「オォォーッ!!!!」
兵士達も手にした武器をかざし、雄々しく雄叫びを上げる。その雄叫びにリーシェが振り向き、兵士らと同じように拳を楽しそうに上げた。
「あなたはしないの?『オー』って」
「はっ…ガラじゃねぇよ」
「あらそう」
頷き戻るリーシェは、後ろに手を組み、揃えた両足の踵でトン…トン…っとゆったりとしたリズムを取りはじめた。
大人っぽい見た目や声質に反し、時折見える子供のような仕草。妙な雰囲気を醸し出すリーシェに、シャクルは少し表情を引きつらせながら問う。
「お前さ…歳幾つだ?」
「ワタシ?ワタシは昨日で15歳になったばかりよ」
「はぁ!?15ォっ!?」
あまりの驚きに声が裏返る。対するリーシェはキョトンとした表情で見つめ返してくる。
「ア、アヤメの1歳下かよ…」
「アヤメって、今から助けに行くお姫様の事かしら?」
「まぁそうだが…」
引きつったままの表情でリーシェの足元から頭までをゆっくり見上げていく。シャクルの身長とさして変わらぬ長身に、露出が多い分にわかるスタイルの良さ。
「種族違うと、成長の度合いも違うっていうのか…?」
「ワタシそんなにおばさんくさいかしら?」
「いや、そういう事じゃねぇよ…」
頭の上に「?」を浮かべたような表情で見るリーシェから視線を外し、シャクルは隣の船、ラーグ族が乗る帆船に視線を向けた。その甲板には静かに腕を組み、目を閉じるブレゴの姿が見える。
「お前、父親の船に行かないのかよ?」
「こっちの船の方が乗り心地良さそうだから」
「…なるほどね」
ため息混じりにブレゴを見続けるシャクル。
「今回は味方でいいんだよな…あの野郎…」
すると突然、リーシェがシャクルの手からアヤメの日記を取った。驚き振り向くと、リーシェは微笑んだ顔で日記を差し出している。
「何だよ…?」
「読んだ方がやる気出るんじゃない?」
「は?『人の日記は勝手に読むもんじゃない』ってお前が――…」
「いいの。ワタシが許すわ」
「いやどんな権限だよ、それ…」
首を傾げつつもシャクルは日記を受け取った。その姿を見たリーシェは、微笑むままにゆっくりとその場を離れていく。未だ首を傾げた状態で日記を見つめるシャクル。
「………」
ゆっくりと表紙に手をかけ、そっと開いてみた。
『○月○日(推定)
たぶんこの日はシャクルと初めて会った日……のはず。』
「『のはず』って、思い出しながら書いた日記か?これ…」
『初めて会ったシャクルは、何か怖かった…冷たい目に、優しさなんて感情はみじんにも無い。無愛想極まりない人間…いや、悪魔とでも呼んでしまえー!銀髪悪魔~!』
「…あいつ…助けた後泣かすぞ…」
『でも見た目はすごくカッコよかった。それに、本当は優しくって…さっき悪魔って言ったけど、今の私からすれば、強くて優しくてカッコいい王子様!かな?』
「…うっ…」
瞬間的に赤くなる顔。一気に恥ずかしくなったシャクルは、ページを勢いよく何枚かめくる。
するとあるページで手が止まった。
『○月○日
最近は何だろう……この世界もいいかなぁ?なんて思いはじめた。
最初は帰りたくてしょうがなくて、何で私が戦わなきゃいけないの?っとか思って、自分の運命を恨む日々ばかりだった。
だけど、最近は楽しくてどうしよ~!って感じ!
ナックもいるし、ミネアもいる。ウィビだっていろいろ話してくれるし。アラーケは……悪いヤツじゃないけど、微妙に絡みにくい…なんてね(笑)嘘ウソ、アラーケは一緒にいるとすごく楽しい人だよ!
でもやっぱり、シャクルといる時が1番好きかな。不思議と落ち着くし、何か温かい気持ちになれる。
私の中にいる、エルセナの気持ちからかもしれないけど……一緒にいれる事がすごく幸せ。
照れくさいけど、シャクルとの時間は私にとっての最高の時間なの。だからずっと一緒にいれたらなぁ~……なんちゃって!
あ~私何書いてんだろ…
思った事を書くのが日記だもんね?
いっか!
だから頑張る。私頑張る!
だから一緒に頑張ろうね?シャクル』
「………」
そっと日記を閉じたシャクルは、グっと拳に力を込める。大海原の水平線を見つめ、ゆっくりと目を閉じた。
「絶対助けてやるからな…アヤメ」




