P.063 最強の援軍(1)
ミネア達が朧火の黄泉路に発って、約1時間が経過した頃。サカンドラでは帝国兵とモルハス族達が慌ただしく動いていた。
4日後の大聖堂ザーバスへの突入の為、武器や火薬などをかき集め、刃を打ち直したり防具の調整などで大忙しとなっている。だがその一方…リグルだけがその輪から外れ、呆然とした様子で地上へと続く大穴を見上げていた。
「…マーズ隊長……本当に貴方だったんですか、あのネイサーは…」
はっきりと顔を確認出来た訳ではない。だがあの声…あの武器…リグルの表情からは動揺が隠せない。
「何か訳あっての潜入では…」
見上げていた視線を、腰から下げた剣に向けた。その剣を鞘ごとベルトから外し、両手に乗せるように見つめる。
するとリグルの後ろから、1人の兵士が駆け寄って来た。
「ここにいましたか副隊長。軍艦の準備は完了しました。いつでも出撃可能な状態です」
「………」
しかしリグルはまるで気づいていない様子。ボーっと剣を見つめている。
「副隊長…?」
「えっ、あ…す、すまない!どうかしたのか?」
「いえ、軍艦出撃準備完了の報告を…」
「そうだったのか、すまない…ボーっとしてしまっていた。ありがとう」
軽い笑みを浮かべるも、やはり動揺は隠せぬようで、すぐに不安げな表情に変わるリグル。その不安を感じとった兵士も、同様に表情を曇らせた。
「…どうかされたんですか?」
「いや、何でもない。大丈夫だ…」
そう言いながらも、リグルの視線は手にした剣に向けられている。
ネイサーがマーズであるやもしれぬ事は、目で見た確かな事とは言い切れぬ事。他言はまだしていなかったのだ。
「その剣、確かマーズ隊長から…」
「あぁ。帝国兵士になった日にもらった剣だ…」
「副隊長にとって、マーズ隊長は父親のような存在ですからね」
「そうだな……幼い頃に両親を亡くしてから、帝国兵として生きると決めた日から、いつもあの人が傍にいてくれた…」
「他の者もよく言ってますよ、『マーズ隊長とリグル副隊長は、本当の親子のようだ』って。…って、これを言ったらマーズ隊長に怒られそうですね?『まだそんな歳じゃない』って」
笑う兵士に対し、リグルは表情を変える事なく剣を見つめている。
「しっ、失礼致しました…これから出撃という時に…」
「…いや…お陰で気持ちは固まったよ。ありがとう」
「は、はい…?」
リグルは手にした剣を再びベルトに下げ、兵士に向いた。
「親子のようだからこそ…確かめなければならない事がある」
「副…隊長?」
「何でもないよ、気にしないでくれ。ちょっと救援要請の書状を書いてくる。準備の確認等は君に任せてもいいかい?」
「はい、お任せ下さい。しかし副隊長。我が隊の1番近い駐留大陸でも、アスフェド大陸までは船で7日はかかります。書状が届く時間も考えると…」
「救援は我が隊ではないよ。カーレン隊への救援書状だ」
「カーレン隊にですか!?」
「あぁ、そうだ。駐留のエクシラからアスフェド大陸までは、2日もあれば到着出来る。最も戦地に近く…今1番信用に足る人物だからな」
「1番信用ですか?…では、マーズ隊長には書状は出さないんですか?本部に戻るにしても、帝国からアスフェド大陸までは約3日…今出せばギリギリ間に合うのでは…!」
そう言う兵士に対し、リグルは目を閉じ無言で首を横に振った。
「隊長は…マーズ隊長は今忙しいだろう。いろいろと…」
「いろいろと…?」
何を言ってるのか全く理解出来ていない兵士は首を傾げる。
「とにかくだ、この件にマーズ隊長は動く事は出来ない。今はカーレン隊に望みを託すしかないのだ」
「は…はい…」
「それに、我々の目的はザーバスと戦うだけではない。倒す事でもない。アルシェン姫の救出が真の目的だ」
「はい」
「では書状を書いてくる。あとは頼んだ」
そう言って兵士に背を向け歩き出すリグル。兵士は敬礼で応えるも、疑問の眼差しでその背中を見つめていた。
歩くリグルの表情は何らかの決意が感じられるものだが、その目には少しの迷いが見える。
(書状に全てを書き、はたして信用されるかどうか……残る兵も30余り…増援が無ければ、大聖堂ザーバスの軍勢には…)
ゆっくりと拳を握り締めるリグル。
◆◆◆――…
しばらくして救援要請を書き上げたリグルは、書状を伝書鳩につけ、再び宮殿跡地へと来ていた。地上に続く縦穴を見上げ、伝書鳩を空へ向かい放つ。
「頼むぞ。姉さんの元へ…」
羽ばたく鳩が、まっすぐに縦穴を進みゆく姿を見送っていると……
「ん?…何だあれは…」
縦穴の側面にある螺旋の階段を象るように、赤い炎が長い列を作り、こちらに向かい降りてきているのが見える。リグルは小走りに螺旋階段の元へ向かうと、その炎は松明の火とわかり、その主の姿も徐々に見えはじめた。
「あ、あれは…」
目を凝らしていると、その相手もリグルに気づき足を止める。
そして町の光りにより照らし出されたその全貌は……
「ブレゴ…殿…」
「…どこかで見た顔だな…お主」
なんとそこ現れたのは、多数のラーグ族を引き連れたブレゴだった。ブレゴは再び歩みを進め、地下帝国へと降り立ちリグルと向き合う。
「帝国の者か。何故お主らがこの地にいる?…それにこの状態…」
滅びた状態のサカンドラを見渡すブレゴは、ゆっくりと腰の剣に手をかけ、静かにリグルを睨む。
「待って下さい。これは我々では……それ以前に、コレはどう言う事なのですか?ブレゴ殿」
懐からブレゴの手配書を取り出し広げた。
「………」
「あの誇り高きラーグの騎士ともあろう貴方がなぜです!」
「ならば逆に訊こう。なぜ人間は我らの源珠を盗み出したのだ」
「源珠?…ラーグ族もですか?」
「『も』とはどういう意味だ?」
「この地もそうなんです。モルハス族も源珠を盗まれました。大聖堂ザーバスによってです」
「大聖堂…ザーバス…?…我らの源珠もか?」
「はい。彼らは全ての源珠を集めているようなのです」
「全てとは…何か目的があっての事か?」
「いえ、詳しくは……しかし我らよりも、その目的については詳しい人物ならいます」
「この地にか?」
「はい」
「会わせてもらおうか」
◆◆◆――…
リグルとブレゴが対面していた同刻。シャクルの寝ている部屋に、1人の兵士が入ってきた。
「失礼する、シャクル=ファイント」
「…ん?」
呼ばれる声にゆっくりと目を覚ますシャクル。少し辺りを見渡しながらシャクルはその身を起こした。
「休んでいる所すまない。体の方はどうだ?」
「まぁまぁだな……あれから日は変わったのか?」
「いや、まだ1~2時間といった所だ」
「そっか……で、何か用か?」
「無理にとは言わないが、もし歩けるなら我らの軍艦に移動してもらおうと思ってな」
「ほー、ついに逮捕ですかい」
「いやそうではない。4日後のザーバスへの出撃の為だ」
「4日後?…あ~そんくらいかかんのか、奴らの本拠地には…」
数回頷き、再び辺りを見るシャクル。
「なぁあんた、ミネアとか今どこにいるんだ?」
「あぁ、それなんだがな……」
兵士は今までの経緯をシャクルに話しはじめた。
「…朧火の…黄泉路だと…?」
「あぁ」
「何で行かせた…何でそんな危険な道に行かせたんだ!?」
ベッドから起き上がり、兵士に詰め寄るシャクル。
「いや、行かせたのは我らでは――…」
「何で俺を起こさねぇんだよ!!道があるなら俺が行く!危険な道なら尚更だ!!」
「落ち着けって少しは…!」
「大事な仲間が危険な道を行ってるってのに落ち着いていられるか!!」
「大事な仲間だと言うのなら、少しは信じたらどうだ」
突然背後から聞こえた声にシャクルが振り返ると、そこにはリグルが立っていた。
「黄泉路に向かったのは彼らの意志だ」
「だからって…3人だけで行かせるなんて危険すぎんだろ!?」
「ならばどうしろと言う…姫を助けたいと思う彼らの意志を捩曲げろと言う気か?我々は託されたんだ。信じるしかないだろう…大事な仲間だったら、その仲間を信じなくてどうする」
「………」
「今回の件、君の罪はお咎めは無しだ。だから協同戦線として同行を願いたい。シャクル=ファイント」
リグルはそっと手を差し出す。
「それに、君がいなければ…姫が悲しむだろう?」
「は?」
「見ていればわかる。"そういう事"だとな」
「へっ…そんなんじゃねぇーよ」
そう言いつつも口元を緩め、シャクルはリグルの手を取った。
「悪かったな…さっきは熱くなっちまってさ」
「気にするな。仲間を想う気持ちはわかる。それに今、こちらには最強の援軍が味方についた」
「最強の…援軍だと?」
軽い笑みを浮かべ後ろを向くリグル。その視線を追って見ると、部屋に入って来たのは、やはりあのブレゴだった。その姿に驚くシャクルは咄嗟に身構える。
「これはまた久しい顔があるな。シャクル=ファイント」
「ブ、ブレゴ…何でお前がここに…」




