P.059 光の消失(3)
「なっ…マーズだと!?」
これには横にいるシャクルも思わず声が出てしまう。
しかしあのマーズと称されたネイサーは、表情をピクりとも動かさずにリグルとの間合いを広げた。
「…リュカ様。そろそろお時間では?」
「うん、そうだね。そろそろ帰らなきゃね」
ネイサーの言葉に、冥王リュカは数回頷き、未だ苦しそうに呻くアヤメに歩み寄っていく。
「ごめんよ父さん。先に母さんと行って待ってるから」
そう告げると、アヤメの体に渦巻いた黒い影が徐々に円形になっていき、先にアヤメを閉じ込めた黒い巨大な球体となる。
すると突然……
「イっ……イヤァァァァァッ!!」
響き渡るアヤメの悲鳴。
「アヤメェ!!」
その悲鳴に、シャクルは己の体を縛る黒い影を解こうと力を込める。だが動こうとする度に締め付けがキツくなり、微弱だが電流のような痛みが体に走る。
「ぐっ…ぐォォ…っ!」
「よしなよ父さん。下手に動けば死ぬよ、それ」
「うるせぇ…ぐっ…アヤメを…離せェ!!」
体を襲う痛みや締め付けを跳ね返すように、バチバチと音を発てシャクルの体が徐々に動きはじめる。すると突然シャクルの肩口を貫く、青白く細い両刃の剣。
「ぐあっ…!」
「シャクル!!」
リグルの盾から弾く剣をシャクルの肩を突き立てるネイサー。口元に笑みを浮かべ、すぐさまシャクルの肩から剣を引き抜いた。
「"我が子"の忠告はちゃんと聞くもんだよ、シャクル君…」
「マーズ…テメェ…」
「ネイサーだよ、この身の名は…ね!」
そう言いネイサーはリグルに向き直り、笑みを浮かべたままに再び刃を振るう。その斬撃をリグルの盾が次々と受け流していく。
突如肩を貫かれ、再度その身を拘束されるシャクル。そのシャクルに代わり、ミネアが状態を起こしてアヤメに向かう。
ミネアの太股には先に斬られた傷からの流血が見え、足の大半を血に染めている。もちろん痛みはあるのだろうが、気にしないとばかりに全速力で黒い球体に迫る。
「アヤメ!今助けます!!」
走りながらもクルクルと高速回転させたトンファーを両手に構え、球体めがけ振りかぶる。
「また邪魔する気か…」
呟く冥王リュカはミネアに視線を向け、その目を強く見開いた。すると前方に向け瓦礫をも吹き飛ばす衝撃波が撃ち放たれた。
「ッ!きゃあァァ!!」
「ミネア!!」
衝撃波の直撃を受け、ミネアの体は軽々と瓦礫らと共にまた吹き飛ばされていき、弾かれたボールのように地面を転がる。
そしてミネアに遅れ、瓦礫から出ていたアラーケとカムラにも衝撃波の一撃が襲い、2人の体も弾き飛ばす。
「もう1人も、黙ってもらおうかな…」
そう言って振り返るリュカ。幾度もシレイス、ヤナと撃ち合うキリを見、再びその目を見開いた。するとキリの足元より突如突き出す黒の槍。ミネアの足を斬った同様の槍が、キリの脇腹を一気に貫いた。
「ぐあっ!」
貫く勢いにキリの足が僅かに浮き上がり、そのタイミングに合わせたシレイスの蹴りと、ヤナの拳が勢いよくキリの体を吹き飛ばす。
転がるキリに向かい「ピュー」っと口笛を鳴らすシレイスは、ヤナにハイタッチを求めるように片手を上げる。
「ナイスタァ~――…」
しかしヤナの闘争心は止まらない。シレイスには目もくれず、倒れるキリに向かい猛ダッシュ。そして野獣が獲物に飛びつくように再び襲いかかっていく。
虚しく片手を上げたまま、ポカーンっとヤナの姿を見送るシレイス。
「どんだけ戦闘好きよ…」
障害は消え、悠々とアヤメとナックを閉じ込めた球体に歩み寄るリュカ。球体からはアヤメの苦しそうな声が時折もれてくる。
「さぁ邪魔者はいなくなった…」
そう呟き球体に触れるリュカ。
「何をする気だお前!!アヤメとナックを離せコラァ!!」
「父さん…少し静かにしてくれないかい」
「うるせぇんだよ!!早くアヤメとナックを解放しやがれ!!」
「だから父さん、少し――…」
「その名で呼ぶんじゃねぇぇッ!!」
「ッ!!」
リュカは再びその目を見開きシャクルに振り向く。するとシャクルの身を拘束する黒い影が伸び、首に巻きつき強い力で締め上げる。
「ぐっ…!!」
「黙ってくれないかな…父さん…」
「くっ…っ…!」
「せっかく会えた父さんを、これ以上傷つけたくないからさぁ…」
そう言ってシャクルに向かい手を上げた……瞬間、突如辺りに眩い閃光が巻き起こる。
「うっ…!」
「なっ、何だ!?」
その閃光元は黒の球体。光りはすぐに治まるも、元の球体は黒を掻き消し光り続けている。
その光りの中では、気を失ったようにぐったりとうなだれたアヤメとナックが見えた。そしてその真上に浮かぶ、光りに包まれたもう1つの人影が………
『…冥王…』
するとその人影からの声が辺りに響く。その声にシャクルの表情がハっとなる。
「こ…この声…まさか…」
見上げる視線の先…人影の放つ光りは目を覆う程ではない。むしろ逆に人影を照らしているかに思える優しい光り。巫女のような着物姿に長い黒髪を1つに束ねた女性の影。
「エ…エル…セナ……エルセナァ!!」
『シャクル…』
光りに包まれた人影はエルセナ。名を呼ぶシャクルに向き、優しい笑みを投げかける。すると突然リュカが頭を抱え、苦しそうな素振りで倒れ込んだ。
「くっ、くぅぅ…っ!!…ど、どうして邪魔をするんだ…母さん…」
するとエルセナはグっと目を閉じ、唇を噛みしめながらリュカを見下ろした。
『…冥王……あなたの好きにはさせない…』
「くっ……クソォォォォッ!!」
叫ぶリュカは、地面から両手で何かを引き抜くような動きを見せ、その手に身の丈程の黒に染まる両刃の大剣を出現させる。そして大剣を地面に力強く突き刺した。
すると地面に黒い稲妻のような光りが走り、リュカの周囲に不思議な魔法陣を描き出す。
「母さんも…母さんも黙ってくれよォォォォッ!!」
『うっ…!!』
するとエルセナの体にも黒い稲妻が襲い、その顔を苦痛に歪める。
「エルセナ!!」
『シャクル…!』
「ウアァアァァァッ!!」
地面に突き立てた刀身を更に埋めるように、リュカは叫びながらもその手に力を込めていく。するとリュカの体も黒の強い光りの中に消えていき、未だ動かぬアヤメとナックをも呑み込んでいく。
「ア、アヤメ!!ナック!!」
『シャ…クル…ッ!!』
「エルセナ!!」
黒の光りは徐々に広がり、エルセナの体をも呑み込んでいっている。
「エルセナ!…行くなエルセナァ!!」
『シャクル…シャクルーッ!!』
エルセナの声が響いた一瞬、
―――…ドッ!!!!
辺りを黒い光りのフラッシュが巻き起こり、再び強い衝撃波が襲いかかる。衝撃波を受けた途端にシャクルの身の拘束は解け、勢いよく吹き飛ばされるシャクルの体。
衝撃波はかつてない波動で周囲の瓦礫をも一掃する強さ。もろとも吹き飛んだシャクルの体は、奇跡的に瓦礫に埋もれる事なく、その上に落下する。
全身を強く打った痛みで体はすぐには起こせない。視線だけを前方に向けると、5~6メートルはあろう巨大な黒い球体が浮遊しており、冥王や三大神官、もちろんアヤメとナックの姿も無い。
「くっ……冥…王…」
するとシャクルの後方から積み上がった瓦礫の崩れる音が響き、辛うじて回る首を向けた。
そこにいたのは、ぐったりとしたミネアとカムラを両肩に担ぎ上げたアラーケ。頭などから流血は見えるが、2人を担ぎ球体を睨む。だがアラーケは、球体から更にその奥の存在に気づき、ハっとしたように目を見開く。
「ウィ…ウィビ!!」
その声の先には、掃かれた瓦礫の中に転がる木製の女神像のウィビ。既に体にはヒビが入り、胸より上の部分だけが原型を留めている状態。
「ア…アラー…ケ…」
途切れ途切れで弱々しい声だが、確かにウィビが動いた……瞬間、大きな岩がウィビの体の上に転がり落ち、木材の割れる渇いた音を響かせその身を砕く。
「ッ!!ウィビィィィッ!!」
「ねぇ父さん…」
すると突如、球体からリュカの声が聞こえた。
「母さんはもらっていくよ。だから父さんの事、待ってるから…」
「な…何だと…」
しかし返事は無く、球体は渦を巻きはじめ、大気中に吸い込まれていくように小さくなっていく。
「まっ、待ちやがれ…!!」
咄嗟に起き上がろうとするも、全身の痛みから身動きが出来ず力も入らない。
「待てって言ってんだろうがァ!!」
シャクルの声に反応するように、呆然とするアラーケの肩に担がれたミネアが顔を上げる。もうろうとする意識と目で、消えゆく球体を見たミネア。
「…アヤ…メ…」
その対面側の離れた位置で、瓦礫の間で剣を地面に突き立ち上がるリグル。
「…マーズ…隊長…」
しかしそれぞれへの返事は無いまま、球体は拳程の大きさとなり、そして音もなく消えていった。
「待て…アヤメ!!ナックーッ!!」
シャクルの声は滅びた地下帝国サカンドラ内に反響し、虚しく響き渡る。




