P.057 光の消失(1)
「げほっ…げほっ…アヤメちゃん、ナック。大丈夫かい?」
鎖との落下で舞い上がる土煙の中から、アラーケの声が聞こえる。
「だ、大丈夫…」
「ボクも何とか…」
答えるアヤメとナックの声。すると徐々に土煙は晴れていき、アヤメを抱えた状態で仰向けに転がるアラーケが見えた。アラーケの上でアヤメがゆっくりと身を起こし、「ぺっ、ぺっ」と口に入った砂などを吐き出す。
「ありがとう…アラーケこそ怪我してないの?」
「大丈夫大丈夫。女の子に怪我させてなければ、『男』と書いて『イケメン』と読むおれとしてはオールオーケー!」
「ふふっ、アラーケって"心のイケメン"だね」
「おりょ?それって誉められてんのかな?」
そう言うと自分のシャツから顔を覗かせたナックを見る。ナックは「さぁ~ね~」っと両手を上げて首を傾げた。
するとアヤメとアラーケが、突如ハっとして同時に前方を向く。
「シャクル!」
「ウィビは!?」
その前方……きっちり二分された戦場の中心に立つ、ウィビから降り立った2つの人影。奥ではウィビが落下した跡から未だ土煙が上がっている。その土煙を見るアラーケの表情が徐々に強張っていく。
「あの煙り…まさかウィビ…」
「………」
そして2つの人影…黒いコート姿の影を見つめるアヤメの表情も、アラーケ同様に強張りをみせる。
「ねぇナック…あれ…」
アラーケのシャツから出たナックは、アヤメの肩に舞い降り、黙って頷いた。
するとその黒いコートの影が、突然アヤメ達の方に向く。
「ッ!!」
ドックン…ッ!
視線が合った瞬間、突如アヤメの鼓動が大きく胸を叩いた。痛みすら感じられる衝撃にその場に倒れ込むように蹲る。
「マスター!?」
「ちょっ、アヤメちゃん大丈夫!?」
「っ…くっ…ぅあぁ…!」
痛みは徐々に強く胸を締めつけはじめ、息をするのも苦しく感じる程。
「…やっぱり、母さんなんだね…」
黒いコートの影から再び聞こえる少年の声。その少年はアヤメの方に向かい、ゆっくり足を進める。動き出した少年に向かい、剣を握り直したシャクルが駆け出した。
「待てコラァ!!」
だがそのシャクルに迫るのはシレイス。
「お前の相手はおれだろうが!!」
「くっ…邪魔すんな!!」
駆け出した身を阻むように立つシレイスのナイフと、シャクルの剣が勢いよくブツかる。
「なら"おれらの"邪魔もすんじゃねぇよ」
「何だよそりゃ…!」
シャクルとシレイスの激突に反応するように、キリも両手に握る石刀を構えてヤナに斬りかかる。
「ならこっちも決着つけようかァ!!」
「…そうしよう…モルハス族!!」
対するヤナもニヤりと笑い、元の形状に戻した斧を握りキリに突進していく。互いに飢えた野獣の如く、雄叫びを上げブツかり合う力と力。再び響く轟音と地面を走る衝撃波。
「リグル!!アヤメを頼む!!」
「ア、アヤ…ってアルシェン姫だろ…任せろ!!」
シレイスと競り合うまま叫ぶシャクル。その声に応え、身を起こすと同時に剣を片手にリグルは走り出す。
シャクルとシレイスの横を駆け抜け、アヤメに向かう少年に迫ろうとした瞬間。緋色のコートをなびかせた長身の人影が突如リグルの前に現れる。
「ッ!?」
人影をその目に捉えた直後、リグルの視界が大きく揺れると共に腹部に強い圧が襲い、勢いよく体が後方に弾かれる。
「うぐっ…!!」
「"王"たる者の邪魔は無粋だよ…」
右手を突き出した状態で立つ長身の人影。風になびき揺れるフードから覗くのは、眉から鼻まで白銀の仮面。唯一露出した口元は無にもとれる真一文字。
地面を転がるリグルはすぐさま体勢を立て直し、起き上がると共に両手に剣を構えて仮面の男にその切っ先を向けた。
「3人目…お前が大聖堂ザーバス、三大神官首領【ネイサー】か…」
リグルが指した【ネイサー】と呼ぶ仮面の男は、無の口元の片側を僅かに上げ、「そうだ」と言う反応を見せる。
邪魔者無き黒いコートの少年は、アヤメに向かい悠々と近づいていく。未だ蹲るアヤメの傍に寄り添うナック。その前に立つアラーケの手には、地のマザーにより作り出された巨大ハンマーが握られていた。
「誰だか知んないけど、ちょっとそこどいてくんないかな~?アヤメちゃんこんなだし、ウィビの無事確かめなきゃなんないんだよねぇ~」
すると少年はおもむろに足を止め、ゆったりとした動作で片手をアラーケに向けて上げる。
アラーケは「ん?」っとその上げられた手を見ると、ナックがアラーケの顔面に横から体当たり。
「あ痛っ」
「避けろ!」
しかしナックの体ではアラーケをどかす事は出来ず、ただ体当たりしただけに終わる。
「『避けろ』って何よ!?」
「アラーケ前!!」
「…邪魔だよ」
少年の呟きと共に、突き出された手から黒に染まる槍が飛び出した。弾丸の如く飛び出す黒の槍に、ナックが光の弓矢を構えて射ち放つ。
だが黒の槍と光の矢がブツかる瞬間、槍の先端が四方に分かれ、渦を巻くように光の矢を呑み込み迫りくる。
「なっ…ヤバ――…ヘぶァ!!」
慌てハンマーを振りかぶるアラーケの顔面を、何者かの足蹴がナックの体を巻き込み吹き飛ばす。
黒の槍はアラーケの脇と、足蹴を放ったピンクの人影の間を掠めていく。ヒラリと舞い降りるピンクの人影はミネア。降り立つと共に、倒れゆくアラーケには目もくれず、蹲るアヤメに駆け寄った。
「アヤメ!大丈夫ですかアヤメ!」
「うぅ…ミネ…ア…」
アヤメに寄り添い、ミネアは黒いコートの少年を鋭く見据える。
その奥ではシャクルとシレイスが刃の打ち合いを繰り広げており、その中でシャクルが一瞬ミネアの姿を目で確認。すると少しの安心からか、口元が微かに笑い再びシレイスに向かい剣を振るう。
ミネアが見据える少年は両手をダラりと下げ、深く被るフードから覗く口元が何やら呟いている。
「…僕の呼びかけに素直に応えてくれれば、そんなに苦しまなくてもいいんだけどね…母さん…」
だがその声も届かぬ中、地面に倒れたアラーケが跳ね起き、
「ひっでぇ~よミネアちゃん!助けてくれんならもっと優しく助けてくれよ~」
蹴られた頬をさすりながらミネアに駆け寄った。共に助けられたナックは、蹲るアヤメの肩に乗る。
しかしミネアは見据える少年から目を離せない。どうやらその異様な雰囲気を感じとったのだろうか…頬に一筋の汗が流れていた。
「…ナック…あの黒いコートの人物は、まさか…」
「ミネアでも感じるのかい…そう、そのまさかだよ…」
向き合っているだけでその身に感じられる圧迫感。悪寒すら感じさせる少年の空気は、こちらからはこれ以上間合いをつめる気にはなれない。
するとミネアの寄り添うアヤメの体がゆっくりと起き上がる。
「アヤメ…大丈夫ですか…?」
「だ、大丈夫…それよりもナック…アイツが…アイツが呼んでる…」
息遣い荒く、冷や汗のにじむ表情で少年を見つめるアヤメ。
「私に…私に『おいで』って…胸の奥が…押し潰されそうに…痛いよぉ…」
「マスター…狙いは"魂"なのか…冥王!!」
少年を『冥王』と称し、ナックは強い視線をその冥王へと送る。すると視線の先、口元を「クス」っと緩め、ゆったりとした動きで被るフードを外す冥王。覗いたのは、耳を隠すくらいでまとめられたグレーの髪。丸いスカイブルーの瞳に優しげな表情。とても綺麗な顔立ちをした少年だった。
冥王はアヤメを見つめてニコっと笑うと、再びゆっくりと前に進み出す。
近づく冥王に、アヤメらを守ろうとミネアが寄り添いながらも身を乗り出させる。するとナックが小さく呟いた。
「マスター…戦うよ」
その言葉にいち早い反応をしたのはミネア。
「な、何を言ってるんですかナック!?今のアヤメの状態では無理です」
「そうだって!ここはおれらが引き受けるから、アヤメちゃん連れて――…」
「ダメだよ2人共。相手は冥王…マスター以外は相手にならないよ」
「ですがっ…!」
するとアヤメがミネアの肩に手を置き立ち上がる。
「…行こう、ナック…」
「アヤメ!」
「大丈夫…」
そう言って笑顔を見せるも、その表情には苦痛は隠しきれてはいない。そして笑顔のままに冥王に向き、
「冥王とだって…わかり合えるよ、絶対」
そう言って一歩前に出た。瞬間――…
「『わかり合う』?…甘いんだね?母さんって」
突如冥王の周囲が黒いオーラに染まり、アヤメの踏み出した足元までもが黒に染まる。
「ッ!?」
「マスター!!」
染まる黒いオーラは一瞬にして巨大な球体となり、アヤメの体を覆い隠してしまう。
「アヤ――…ッ!!」
咄嗟に立ち上がるミネアの体が、アヤメを覆った黒の球体により巻き起こる衝撃波に、アラーケと共に弾き飛ばされる。
「きゃあァァ!!」
「どわァァ~ッ!!」
その光景はシャクルの視界にも映り、
「アヤメ!!…っ、シレイス!テメェそこどけ!!」
「へっ、敵に『どけ』って言われて素直にどくかよ!」
「だったら素直に倒されろ!!」
「お前がなァ!!」
渾身の力を込めた一撃を共に激突させる両者は、押しも押されずの競り合いになる。
その競り合いの数メートル先では、未だ剣を両手に構えたリグルが無防備に立つ仮面の男ネイサーと向かい合っていた。
ネイサーは仮面下の口元に笑みを作り、ダラりと足らした両手をコートのポケットへしまう。
「我々はやらないのかい?」
「………」
アヤメ…姫の危機に駆け出したい気持ちはリグルにもあるが、無防備に立つネイサーには隙というものが全く無い。
「ならこちらから行こうか?」
そう言うと両手をポケットに入れたまま、一瞬にしてリグルとの間合いをつめてきた。驚く間もなく、ネイサーの横殴りな蹴りが顔面に迫る。しかしリグルは瞬時に身を反らして足蹴を躱すと、握る剣を一気に突き出す。だがその剣は虚しく空を突いただけ。そこにネイサーの姿は無い。
すると背後に感じられる気配……
「いい突きだ…だが君はまだ迷っている…」
「ッ!?」
「人を斬る事への迷い…相変わらずだよ、君は…」
急ぎ振り返ると、再び両手をポケットに入れて無防備に立つネイサーがいた。
「………」
「さぁ、続けよう…リグル副隊長」




