P.056 緋の急襲(2)
先に飛び出したシャクルとリグルの姿は、元いた建物より数100メートル程離れた位置、無数に影がうごめく場にあった。
それは幾人もの帝国兵士と武装したモルハス族らが、彼らの倍の数はいるであろうワーグの軍勢を迎え撃つ影。
「ったく何だってんだよ!このゾンビ野郎共はァ!!」
「それはわからないが、今はとにかく倒していくだけだ!!」
2人もその戦場の輪におり、次々にワーグを斬り棄てていく。
戦況としては、数に勝るワーグを逆にシャクル側…つまり帝国とモルハス族の方が圧していた。その戦場の先頭に立つのはあのキリだ。地のマザーを2本の石刀に変換し、体格にものを言わせた力押しでワーグらを吹き飛ばしている。
するとそのキリの視線の先に、緋色のコートを羽織り、フードを深く被った巨体を持つ人影が映り込む。
「っ…ザーバス…!」
周囲のワーグを一気に蹴散らし、眉を寄せた鋭い表情で石刀の切っ先を緋色のコートに向ける。
「貴様ら…また来やがったのかァ!」
「お前…強そうだな…」
そう言う人影のフードに隠れた顔がゆっくりと上がり、覗く顔はエクシラで戦ったあのヤナ。今はまだ牢獄に捕らえられているはずだというのに……キリを見てニヤりと口元を緩め、両手を突き出し炎の斧を出現させるヤナ。そして構える間もなく地を蹴り走り出す。
「やるぞ…やるぞ殺し合いを!!殺し合いだァ!モルハス族ぅぅッ!!」
奇声にも似た叫び声を上げ突進してくるヤナは、前に散るワーグ達を吹き飛ばしながらキリに向かい、猛スピードで迫ってくる。キリは両手の石刀をクロスに構えて地を蹴った。
「これから始まんのは殺し合いじゃねぇ!!テメェの処刑だコラァッ!!」
「ウオォォォォォッ!!」
互いに雄叫びを上げ、猛スピードのままに激突する2人。轟音と共に両者の動きが止まり、突風のような波動が巻き起こる。続き両者の足元の地面がヒビ割れ僅かに埋まる。
その両者の激突に、シャクルとリグルも驚きの視線を向けていた。
「ヤ、ヤナ…何でアイツがここにいやがんだよ…」
「っ!シャクル!!」
突如シャクルの体を突き飛ばすリグル。するとその2人の間をワーグの振る剣が通り抜けた。
「気を抜くな!!」
「っと悪い、助かった…ぜッ!」
礼を言いつつ踏み留まる身を反転させ、ワーグの首をハネるシャクル。だがその視線をリグルに向けた瞬間、リグルの背後に立つ緋色のコートが……
「リグル!!後ろだ!!」
「っ!?…ぐあっ!」
振り返るリグルの顔面を背後に立つ人影が蹴り飛ばす。そして蹴り上げた足を回しつつ、その両手に握られたナイフ。フードから覗く無精髭の口元が怪しく緩む。
「お前…まさか…!?」
回された足は一気に間合いに踏み込まれ、シャクルの剣と2本のナイフが競り合った。
「よぉ~…シャ~クル」
「シレイス…何でお前まで…!?」
「さぁ~何でだろうねぇ~」
◆◆◆――…
その頃アヤメは、シャクル達とは全く違う方角に向かい走っていた。横には並走するように飛ぶナック。
「ナック、反応はどうなの?近いの?」
「うん、近いよ。むしろこっちに向かってきてる」
「やっぱり…」
「『やっぱり』?」
「ねぇナック。絶対に私達で止めよう…」
「え…?」
「シャクルに…シャクルにアイツを近づけちゃダメなんだから…絶対…」
「シャクルって…マスター…?」
「おーい!」
すると2人背後から、後を追ってきていたアラーケの声が響く。走るままに振り返り、視界にアラーケを捉えた。
「アラーケ…ダメよ来ちゃ!戻って!」
「いやダメって、ちょっと待ててアヤメちゃん!」
「待てないから戻って!ここから先は危険だから!」
「危険なのはアヤメちゃんだって!女の子1人の方が危険だってぇの!」
「ボクもいるってば!!」
「あ~ごめんごめん、頼もしいとは思うけど待てってば!」
走力に勝るアラーケがアヤメに追いつき、その腕を掴み止めた。
「はぁ…はぁ…全く、いったいどうしたっていうのさアヤメちゃん」
「ごめんアラーケ…でもお願い行かせて。そしてアラーケはミネアの所に戻って。この先は危険なの」
「だったら尚更だ。その危険に2人を行かせる訳にはいかないって」
「気持ちは嬉しいけどダメなの!この先にはアイツがいるの!」
「ア、『アイツ』!?『アイツ』って誰?」
「…アイツ…めいお――…」
「マスター!!前!!」
叫ぶナックの声に、アヤメとアラーケの視線が同時に前方に向く。するとその視界に映るのは空飛ぶ船――ウィビの姿だ。
「ウィビ!?なっ、何で勝手に飛んでる訳!?」
アラーケの言葉通りにウィビは宙に浮かび、停泊時に下ろした錨で地面を削りながら、土煙や瓦礫を巻き上げこちらに向かい猛然と向かってきている。しかもこのまま進めば下ろされた錨がアヤメ達を直撃してしまう。
「ウィビ!!止まれぇッ!!」
アヤメの前に両手を広げ立ち塞がり叫ぶアラーケ。そのアラーケに気づいたウィビがハっとしたようにこちらを見た。
「アラーケ!!」
「何勝手に飛んでんだ!!止まれウィビ!!」
「ダメよ!!止められないの…逃げて!!」
呼びかけに止まる気配のないウィビ。逃げるにも両脇は瓦礫の壁で、目の前には迫りくる巨大な錨。
アラーケは浮かぶナックの体を掴んで自分のシャツの中に入れる。
「うわっ!何だよアラーケ!?」
「ジっとしてろよ!!アヤメちゃんも!!」
「えっ…きゃあっ!!」
そう言ってアヤメの体を片腕で脇に抱え込むアラーケ。そして迫るウィビに向かって大ジャンプ。人1人を抱えてとは思えぬ高さに飛ぶアラーケは、余す片腕伸ばし、ウィビと錨を繋ぐ太い鎖を掴み取った。
「取ったァ~っ!!けどいってぇ~~っ!!」
「うわうわうわぁ~!アラーケすげぇー!!」
アラーケの首元から顔を覗かせ讚美の声を上げるナック。アヤメはその身を『く』の字に曲げ、驚きと振り落とされそうな恐怖に手足をバタつかせ悲鳴を上げている。
「アヤメちゃんジっとしてくれ~!腕ちぎれそ~!!」
「ごめ~ん!だけど…いやぁ~~~っ!!」
暴風の中の旗のように揺れるアラーケ達の体。すると再びウィビの声が響く。
「バカ!早く降りなさい!」
「アホかーっ!!降りたら降りたで死んでまうわーっ!!」
確かに今降りたら錨の巻き上げる瓦礫や錨本体に巻き込まれ、無事では済まない。だからと言って鎖を登る事も不可能な状況。
するとウィビの前方に、ワーグと戦闘を繰り広げている帝国兵士とモルハス族達の姿が……もちろんそこにはシャクル達もいる。
シレイスと対峙するシャクルの視線がウィビに向く。
「ウィ、ウィビ!?」
「っかぁ~…マジで飛ぶ船だ」
飛ぶ船にはさすがに驚いた様子のシレイスだが、まるで知っていたかのような口振り。そしてシャクルの視界に、鎖にしがみつくアラーケ達の姿が入り込む。
「アラーケ!?アヤメまで…っ!」
錨が地面を削り、瓦礫を巻き上げる轟音と揺れ。戦場はより一層慌ただしくなり、人々が左右に分かれていく。
競り合うシャクルとシレイスにリグルが叫ぶ。
「シャクル引け!巻き込まれるぞ!!」
その言葉にシャクルとシレイスは視線を合わせ――…
「確かに…」
「ヤバそうだ」
そう言って両者は互いに分かれて走り出す。
走りながらもウィビを見るシャクル。するとその甲板に立つ、小さな赤い点が見えた。
「人か…?」
そうもとれる赤い点はやはり人影。数歩前に出たように揺れ動く。
「ヤナァァッ!!」
その人影から響く声。するとヤナが突如雄叫びを上げ、競り合うキリの巨体を軽々と弾き飛ばす。
「ぐあっ!」
「キリ様!!」
地面を転がるキリに駆け寄るモルハス族達。しかしキリはすぐさま身を起こし、ヤナに向かおうと構える。
「キリ様駄目です!逃げましょう!!」
「バカ野郎!!誰が逃げ――…ッ!?」
どうやら戦いに集中し過ぎていたのだろう。土煙と共に猛スピードで向かってくるウィビを見て驚きの表情。
「ウオォォォォォッ!!」
再び雄叫びを上げるヤナは、両手に持つ炎の斧を引っ張っり伸ばしていく。そして斧が一定の長さに達した瞬間、まるで鎖鎌のように腹の部分が垂れ下がる。
その"鎖斧"と化した炎の武器を勢いよく振り回し、そして野球のピッチャーが全力投球するかのように踏み込むヤナ。燃え盛る鎖斧はその射程距離を一気に伸ばし、まるで砲弾の如く横殴りにアラーケの掴む鎖に向かう。その迫る炎の斧はアラーケの視線とほぼ同じ高さ。
「嘘だろちょっとォ~ッ!!」
「アラーケ!!逃げろ!!」
地上のシャクルも慌てて叫ぶ。だがその手を離せば錨に呑まれる。迷った一瞬の間に……
ガシュッ!!
鎖を掴むアラーケの手のスレスレを炎の斧が通り抜け、ウィビと錨を繋ぐ鎖を両断した。
刃にこそ襲われなかったが、動力を失った鎖は空中でいったん停止する……が、
「へっ…た、助かっ――…ってなぁ~~いっ!!」
アラーケもろとも地上に落下していく。
「うわぁ~~っ!!」
「いやぁ~~っ!!」
落下する鎖の土煙に消えていくアヤメ達の姿。
そして切られた鎖により、一気に宙に舞い上がるウィビの船体。完全に制御出来ていないようだ。するとその甲板から飛び出す2つの影。空中でヒラリと身を反転させ、シャクル達のいる地上に舞い降りた。
それは長身の緋色のコート姿の人影と、黒いコートに身を包む小柄な人影。互いに深くフードを被っており、顔までは確認が出来ない。
姿を確認するや否や、高く舞い上がるウィビが轟音と共に岩肌の天井に激突し、その船体を横っ腹から2つに割ってしまう。そしてそのまま船体の破片を撒き散らしながら地上に落下する。
「ウィビィィィッ!!」
叫ぶシャクルの声を掻き消すように船体の砕け散る音が鳴り響く。
すると地上に降り立った長身の人影が、落下の土煙が上がる方を見て呟く。
「おやおや、せっかくの空飛ぶ船…もったいない事をしちゃいましたねぇ」
低い声から男であるとわかる。
「ごめんよ。"風"の属性は操るのが苦手なんだよ、僕…それに、最終目的地は"空"じゃないから大丈夫だよ」
答える黒いコートは少年なのだろうか、まだ幼さの残る声。少年と思える人影は、緋色のコートの男とは違い、シャクルの方をまっすぐに見て呟いた。
「やっと会えたね……父さん…」




