P.053 地下への上陸(2)
予想外な展開だが、話しの流れからは予想通りの答え。だがさすがに驚きの答えだ。動揺するアヤメ達を他所に、カムラはウィビに降下を頼む。
ウィビの船体は再び降下を開始し、ゆっくりと緑の光りを放つ湖に向かっていく。未だ自分に集まる視線に、クスっと笑うカムラ。
「そんなに見てどうした?単にわたしの弟が王家に婿に行っただけの事。わたし自身は何も無い。ただの精霊学者なだけだ」
「いやしかし、王家親類ですよ…これを驚かずにはいられませんよ」
「親類とはいえ、権力など持ってない。元々モルハス国家は堅苦しい国政はしていないから、王家でも気軽に接してもらって構わないからな」
「んな軽くていいのかよ…」
「それシャクルが言う?」
「俺だって場はわきまえるっつうの」
確かにランティ城では国王に対しては、常識ある対応をしていたシャクル。アヤメは数回頷きシャクルの肩を叩く。
「やれば出来る子なんだね、シャクルも」
「バカにしてんのかお前…」
その光景にカムラは再び笑い、船首の方に歩いていく。
「そろそろ見えてくるだろう、地下宮殿と町並みが……久しぶりだな。ここに帰るのは…」
少し嬉しそうな表情のカムラ。
するとその後方で突然アヤメが「あー!」っと叫ぶ。
「ちょっとシャクル!さっき暗くなったのをいい事に私の体触ったでしょ!?この変態!!」
「は?肩だろ?あれ」
「ムっカァー!どうせぺったんこですよ私は!」
「おーよくわかってんじゃん」
「ふんぬ~っ!1発殴らせろーっ!」
両腕をブンブン振り回すアヤメの頭をシャクルが押さえ、まるで漫画の1シーンのように届かぬ拳を振り回し続けるアヤメ。これにはナックとミネアは引きつる笑みで互いに見合い、「放っておこう」とカムラの方に向いた。
すると既に縦穴は終わり、視界は前方に開けた空間にあった。その視界に映る景色は、長方形の石を削って造られた灰色の建物が無数に広がり、真下にある光る湖から枝分かれした細い川のような水路が伸び、その町並みを照らしている。後方は町の終わりの岩壁になっており、縦穴からの階段がつづら折りで地面まで伸びていた。天井から町並みまでは2~300メートル程はあろう高さ。町の奥の方は霞んで見えない広大な地下空間であった。
だが………
「な…何だ…これは…」
地下帝国サカンドラを見下ろすカムラの表情は強張り、その頬を一筋の汗が流れた。
その隣に並ぶナックのミネアの表情も、カムラ同様に強張る。
「カムラ様…これは…」
「…マスター!シャクル!」
ナックに呼ばれ、一連の動きを止めるアヤメとシャクル。何事か?と、呼ぶナックの元に歩み寄る2人。
「何だよナック、地下のお化けでも出たの――…か…」
そう言いながらナックらに並ぶシャクルだが、言葉の途中で見た景色に、唖然とした表情に変わっていく。
「何なに?皆して黙り込んじゃ――…って…」
笑いながらミネアの両肩を後ろから掴み、その肩越しに見る景色に、アヤメの表情もみるみる内に強張っていった。
全員が見る景色……それはまるで爆撃でも受けたかのように、ボロボロに崩れた町並みであった。形を残した建物も一部あるが、映る視界の大半は崩壊している。そして真下の湖の傍には、おそらく宮殿が建っていた場所なのだろう…広範囲に散らばる建物の残骸。何か押し潰されたような崩れ方で、原型は全く残されていない。
これにはさすがにウィビも降下を止め、その場に留まった。
「ねぇ、ちょっとどうすんの?何かヤバそうじゃないの、これ」
「…かもな…こりゃ退散した方がよさそうだ…」
「ま、待ってくれシャクル君。危険を承知で頼む…このまま町に降りてくれ。何が起きたのか知りたいんだ」
◆◆◆――…
約15時間前……場所は移りエクシラ。護衛部隊宿舎の一室にて、マーズとカーレンの護衛部隊の引き継ぎが行われていた。
黒革のソファーに対面にかけ、豪華な机越しにマーズはカーレンに1枚の書類を渡し、ニコっと微笑む。
「ではこれからエクシラ護衛よろしくお願いしますよ。カーレン隊長」
「了解した」
書類を受けとるカーレンは頷き、すぐに立ち上がる。すると近く立っていたユーネがカーレンに駆け寄り書類を受け取った。
マーズはそのユーネを見、クルっと周囲を見渡した。
「しかし…今日はカーレン隊副隊長殿はどちらに?最近あまり姿を見ませんが」
「まだ任務が立て込んでいてな…そう言うマーズ隊長の副隊長もどうしたのだ?」
そう言ってカーレンは1度ユーネを見る。するとユーネは何故か「いや~」っと照れたように自分の後頭部を撫でる。その姿にマーズはクスっと笑い、ソファーに背中をあずけ目を閉じた。
「彼ですか…彼も今は任務中です。留守なんです。サカンドラにちょっと…」
◆◆◆――…
時と場所、共に戻りサカンドラ。カムラの頼みを承諾し、ウィビは光る湖に着水しようとしていた。
地面が近づいていくと、その崩壊した町並みの悲惨さが嫌という程に見えた。建物の壁には赤い血の跡が所々にあり、モルハス族の無惨な遺体も多数転がっている。あまりの光景にアヤメは目を伏せ、ミネアに抱きつく。震えるアヤメの頭を撫でるミネアはシャクルを見た。
「シャクル…これは…」
「あぁ、ひでぇな…誰がこんな事を…」
「まさか…帝国の軍艦があったのは…」
その言葉に、カムラが鋭い眼光をミネアに向ける。
「奴らがか!?帝国がこれをやったと言うのか!?」
「あくまで憶測です。確かめてみないとなんとも…」
「そうだな…すまない…」
「んで、アタシはこのまま降りていいんでしょ?」
「あ、あぁ…頼むよ、ウィビさん」
「…っ!カムラ!!」
突然シャクルは剣を抜きさり、カムラの前に振り下ろす。するとバキッ!っという音と共に2つに割れた矢が甲板を転がる。
「なっ!?」
「伏せろ!!ナック!こっちだ来い!!」
シャクルはカムラとミネアの肩を掴み、船の縁にアヤメの体ごと沈み込ませる。呼ばれるナックも慌ててシャクルの足元に滑り込んだ。
ミネアが抱きしめたアヤメの頭が、勢いそのままに船体内壁にゴンっと激突してしまう。
「痛っ!」
思わず起き上がろうとするアヤメの頭をシャクルが押さえ込み、再びゴンっと激突。
「痛ぁ~い!!」
「頭上げんなバカ!!」
「ちょっとシャクル!何なんですか!?」
っと言うミネアの足元にスタッ!っと突然1本の矢が刺さる。
「なっ、何です!?これ」
「ちょっとあんた達!!何かいるわよ!」
ウィビの声が響いた途端、無数の矢が甲板にスタスタッ!っと刺さっていく。その矢は操舵室のガラスも破りアラーケをも襲う。
「うわうわうわぁーッ!!」
「アラーケ!!無事か!?」
「おーOKOK!ちょっとチビったけど!」
「チっ、撤退だウィビ!!」
すると甲板に刺さる矢を見たカムラが、
「いや待て!!」
と叫び立ち上がる。
「バカ!!危ねぇって!」
「大丈夫だ!」
そう言って縁の上に上り立つ。
「攻撃をヤメろ!!わたしだ!!カムラだ!カムラ=リアーセだ!」
これまでにない程の大きな声で呼びかけるカムラ。その声は地下の空間に響き渡り、山びこのように反響する。
すると……
「攻撃を止めよ!!」
突然聞き慣れぬ声が町並みより響く。
「その声……生きていたか、キリ…」
◆◆◆――…
それからウィビの船体は、攻撃を受ける事なくゆっくりと湖に着水した。
恐る恐るだがサカンドラに降り立つアヤメ達。ナックは変につっこまれぬよう、ぬいぐるみのフリでアヤメの腕の中で大人しくしている。一応アラーケも後に続いて船を降りた。
すると目の前に、様々な動物の顔を持つモルハス族の男達が数人、ぞろぞろと姿を見せてきた。全員鎧や武器を手にし武装している。この内の数人は宮殿の兵士なのだろうか、カムラに対し敬礼。カムラは「よせよせ」と両手を振って兵士に歩み寄る。
「カムラ様…戻られましたか…」
「あぁ…しかし、これはいったい…」
「今更か…」
すると先程響いた声が、カムラの前に立つ男達の後ろから聞こえた。カムラはハっとしたように男達の後ろを見る。
「…キリか?」
そう呼びかけると、男達を掻き分けるように1人のモルハス族がカムラに歩み寄った。
顔はカムラ同様に犬の顔。毛並みはグレーで白のバンダナを額に巻き、深緑のトレジャーベストに黒い袖口を破ったシャツを着て、ジーンズ生地のズボン姿。右目には黒い眼帯があった。
現れた男は鋭い眼光でカムラを睨みつける。カムラを越える長身に、他のモルハス族よりも太い腕にがっちりとした体つき。その睨みつける眼光からも、かなりの気性の荒さが伺える雰囲気。
さすがのシャクルも息を呑む。
「カムラ様…こ、この御方は…?」
「コイツが【キリ】。わたしの弟だ」
「じゃあこの人が…モルハス族の王様って事?」
「あぁ、そうだ」
そうだと言われても、全く王様には見えぬ容姿に服装。すると突然、キリはカムラの胸ぐらを掴み上げた。
「今更何しに来たと言っている…!!」
「ま、待て!何があったと言うのだ!?」
「っ…クソがぁ!!」
怒声と共に突然キリはカムラを殴りつけた。
「カムラさん!」
倒れたカムラに駆け寄るアヤメ。
「だ…大丈夫だよ、アヤメさん…」
「オレ達が戦ってる間、貴様は何をしていたと言うんだ…また研究か…研究ばかりで、またハマナを見捨てたと言うのかァ!!」
そう叫び両手を突き出すキリ。するとその両手に出撃するのは、木刀のように鍔を持たぬ石で出来た2本の刀。
「キリ!よせ!!」
「敵か味方かどっちだよ…」
呟くように剣に手をかけるシャクル。ミネアも臨戦態勢をとるように構える。応戦するようにモルハス族も武器を構えるも……
「全員止まれ!!」
突然対峙する2組とは違う方角から男の声が響く。




