P.005 世界から世界へ(3)
その後すぐに兵士が毛布を持ってきてくれた。それにくるまりながら、ミネアと共に城内に入ったアヤメ。
近くで見た城の外観は、円錐形の青煉瓦の屋根に、白い長方形の石を積み上げた造りでとても綺麗であった。もちろん入った城の内部も綺麗で、大理石なのか?白く光沢のある長方形の石を積み重ね造られた壁や天井。床も同様に大理石なのだろう。通路に飾られた絵や彫刻。見た事もないような大きさの宝石まで飾られている。
城内を歩く間、何人もの兵士やメイドとすれ違う。その度に皆立ち止まり、アヤメに対し敬礼や頭を下げてくる。
(私って何?まさか…お姫様?いやさすがにそれはないかぁ…)
未だ自分の状況を整理出来ていないが、とりあえずナックに言われた事を思い出してみる。
(確か名前を…アルシェンって名乗れって言ってたよね?さっきあの人、私に向かって『アルシェン様』って言ってたっけ…でも"様"が付くくらいって事は、やっぱり私はここの姫って事になってる…?)
徐々に考えをまとめながら前方を歩くミネアの背中を見つめる。
(ところであの人は何なんだろう?悪い人ではないと思うけど…)
すると視線に気づいたミネアが振り返る。
「どうかしましたか?」
「えっ!?あっ…い、いえ!何でもないです!」
慌てて視線を外すアヤメ。「そうですか?」っとミネアは少し首を傾げながら再び足を進める。
(あの人…見るからに外国の人って感じだけど、普通に日本語を話してるし通じてる。それにアルシェンって名乗るのはいいけど、どうすればいいの?ここでナックを待ってればいい訳?)
「アルシェン様」
(ってゆうか本当に家に帰れるのかしら…?)
「アルシェン様?」
(まぁこれだけ濡れた上に、あの高さからの落下と衝撃で目が覚めないなら、夢じゃない訳だし…てか生きててよかったぁ~…)
「アルシェン様!」
「えっ、あ、はい」
考え事に夢中+違う名に反応出来ず、いつの間にかミネアを追い越していた。っというか、ある扉の前で止まるミネアを置いていっていたのだ。
慌ててミネアの元へ戻るアヤメ。ミネアが立つすぐ横には、漆が塗られた両開きの木の扉。
「えっと…ここは?」
「『ここは?』って、こちらはアルシェン様のお部屋ではないですか。本当に今日はどうしたんです?」
「えっ…そ、そうですよね?私の部屋でしたよね~。何言ってんだろなぁ~私!ハハハァ~…」
とりあえず流れに乗っておこうと焦るアヤメに、再び不思議そうに首を傾げるミネア。
「…では、風邪を引いてしまっては大変です。早くお着替えの方を」
「はい、ありがとうございます…」
扉を開けてくれたミネアに軽く頭を下げ、部屋に入るアヤメ。
「ではわたしも着替えて参りますので」
完全にアヤメが入室したのを確認し、ミネアは頭を下げて静かに扉を閉めた。
姫アルシェンの部屋だと言われた一室……その景色に息を呑む。
部屋の造りはとても豪華。高い天井に40畳程の広さはあろう洋室。5つある大きな窓には薄い白いシルクのカーテン。それには金のレース付き。横に束ねられた分厚いカーテンには、親指程はあろう宝石が散りばめられている。これが本物だとすれば、1枚で推定何億円?的な代物。そして高級感溢れるアンティーク家具の数々。そして奥には大きなベッドが。見た目だけでもフカフカなのがわかる。周りは薄紫のカーテンが包み、アラビアの王宮のようなベッド。
「とりやぁー!」っとベッドに飛び込みたい衝動に駆られるが……濡れたままの服ではさすがにいけない。
「これが私…てかアルシェンって人の部屋?」
部屋の中央までゆっくりと歩きながら辺りを見渡す。とりあえず着替えなくては本当に風邪を引いてしまう。
「あれがクローゼットかな?」
部屋の角、壁にある折りたたみ式の扉を開けると中には沢山のドレスが入っていた。
「うわぁ~すっご~い!!」
一気にテンションの上がったアヤメは、目を輝かせながら数あるドレスに物色。
手触りも良く、価値がわからなくとも高価だと思えてくるドレスばかり。豪華でしっかりとした品から、普段着れるような軽めのドレスもいろいろある。
「わぁ~これ可愛い~」
あまり装飾のない黄色のドレスを取り出す。
「これ本当に着ていいのかな?…でも風邪引く訳にもいかないし。アルシェン様、お借りしまーす♪」
ドレスに向かい頭を下げ、ウキウキしながら濡れた制服を脱ぎ始めると………
ドドドドドド!!
何やら廊下を走るような足音が響く。そしてアヤメが下着だけの姿になった時、廊下を走ってくるような音が部屋の前で止まる。
「ん?」
人の気配に下着を脱ごうとしていた手を止める、その瞬間……
「アルシェーンッ!!」
突然開いた扉と共に響く男の声。驚き振り返る視線の先、立派な髭を生やし、綺麗な赤いマントに金色に輝く王冠を被った男が1人。
「アルシェ~ン!湖に落ちたと聞いて心配したぞ!よく無事で――…」
「いやぁあぁぁぁッ!!」
バシィィィンッ!!
駆け寄る男にアヤメ渾身の平手が炸裂。乾いた音が城内に鳴り響き、男は王冠を宙に舞わせながらその身を空中で反転させ、力無く床に落ちる。
平手打ちの音に加えてアヤメの悲鳴…辺りが騒がしくなっていく。おそらく兵士達が集まり出したのだろう。咄嗟にその身を毛布で覆うと……
「どうされましたか!?アルシェン様!!」
いち早く駆け付けたのはミネア。先程のピンクのローブからライトグリーンのローブに着替えた姿だった。
「ご、ご無事でしたか――…って国王様ぁ!?」
足元に転がる男を見て驚くミネア。
「えっ!国王様ぁ!?」
ミネア同様、驚きの表情で床に倒れる男を見るアヤメ。
(こっ、国王様って…ヤバい…城の最高権力者でしょ?おもいっきりひっぱたいちゃった…ん?あれ?…仮に私が姫だとしたら、この人が仮のお父さんって事?)
唖然としていたミネアだが、アヤメの姿を見てすぐに状況を察した。
「ノックくらいしてもらいたいものですね…」
◆◆◆――…
後から集まった兵士達はミネアが上手く説明をして帰してくれ、そして着慣れぬドレスも着せてくれた。もちろんその間国王は外で待っている。腫れた頬をさすりながら…
「国王様、終わりましたよ」
ミネアが扉から顔を覗かせ呼びかけると、すぐに国王は部屋に飛び込んでくる。
「お~アルシェン心配したのだぞ!?湖に落ちたと聞いたがケガはないのか!?」
国王は肩に手を置きながらアヤメの体中を心配そうに見回す。
「あ、はい…大丈夫です…」
「そうか。ならよかった…朝ご飯も食べずに何処に行ってたというのだ?」
「え?あ…あの~…ちょっと、その辺をブラブラと~…」
「全く、このおてんば娘が…だがこうして無事に帰ってきたのだ、良しとしよう。アルシェンや、もう父に心配かけるでないぞ?」
「あ、はい…わかりました。ごめんなさい…」
状況的なものはよくわからなかったが、とりあえず謝罪の言葉を告げる。すると国王は笑顔でアヤメの頭を撫でてきた。
「うむ。今後は気をつけるのだぞ?」
「え、あ、はい…」
「でも気をつけるのは国王様もですよ」
そう言って割って入るのはミネア。
「ご息女とはいえ、アルシェン様はもう立派なレディなんですよ?部屋に入る時はノックをする。親子とはいえ常識です」
「うっ…そ、そうだったな…すまんなアルシェン」
「え?あ、いえ…私の方こそ、その~…ごめんなさい」
『国王』と聞いて、もっと威張りちらした存在かとも思ったが、この国王はどうやら違うようだ。おそらくは使用人的位置のミネアにも説教されても素直に謝る姿からは、漠然とだが『優しき国王』っといったようにもとれた。
そう考えていると、突然ミネアから肩をポンっと叩かれた。
「ではアルシェン様。今から歴史のお勉強のお時間になりますよ」
「ほぇ?お勉強、ですか?」
「とぼけても無駄ですよ。昨日みたいに逃げ出さないよう、今日はしっかり見張ってますからね」
「え、ちょっ――…」
「先生。お願いします」
ミネアの呼びかけに扉が開き、1人の女性が入ってきた。紫のローブにおだんごの髪に、つりあがった細縁の眼鏡の典型的な厳しいイメージの先生だ。見た感じでは『ざます系マダム』……そしてその手にはぶ厚い本が3冊。
「さぁアルシェン様。お勉強をはじめるざますよ」
(ホント言ったぁーっ!)
先生と呼ばれた女性は不敵な笑みを浮かべながら近づいてくる。
「では、私は王の間に戻るとしよう。しっかり勉強するのだぞ。ミネア、アルシェンに何か飲み物でも持ってきてやってくれ」
「はい、かしこまりました。ではアルシェン様、お茶の準備して参りますね」
ニッコリ微笑み、国王と共に部屋を出ていくミネア。
「今日は昨日出来なかった分もやるざますよ?」
「えっ、ちょっと待つざますぅ~!」