P.049 魂の対話と"闇"(4)
約1時間後、港に到着したアヤメ達。
出立の時はエクシラに旅馬車が無く、帝国の馬車に手配書の2人が乗って送られる訳にもいかず、けっきょく徒歩で港まで来たのだ。
行き交う人々を避けながらウィビの停泊する所まで行くと、メインマスト上で整備しているアラーケが見えた。ミネアがアラーケを呼ぶと、手を振りマストから降りてくるアラーケ。そのアラーケが降ろしてくれた梯子から甲板に上がると、
「よォ~!!皆久しぶり!…あぁ~、イケメンのおれに会えず、枕を濡らした日々は数は星の数だろう!紳士淑女の諸君」
皆の前でクルクル回りながら両手を広げるアラーケ。
「日々って、2日しか経ってないわよ…」
引きつる表情のミネアは、同意のツっコみを求めてアヤメを見るが…ノーリアクション。っというよりもアラーケを見ていない。暗い表情で俯き、心ここに在らず…っといった感じであった。
「…アヤメ?」
「………」
「アヤメ?」
「…へぇ?な、何?」
「どうしました?具合でも悪いんです?」
「う、ううん、大丈夫大丈夫。ただちょっと疲れただけだよ」
「そう…ですか…」
心配そうに見つめるミネアの背後から、アラーケがニュっと飛び出し両手を広げる。
「なによアヤメちゃ~ん!疲れたならおれの腕枕という神秘の泉で眠っちゃいなよ~!」
「泉って…窒息しそうだからヤメときます、アラーケさん」
「敬語で距離作らんといてーっ」
っと騒がしいアラーケを、苦笑いの表情で見つめるカムラ。
「しかしまた一段と賑やかなのがいるんだな…」
「お?モルハスの新顔さんかい?」
「カムラだ。よろしく頼む」
「おれはアラーケ。天下無敵のイケ――…」
「はくしゅんっ!!」
突然響いたくしゃみに、アラーケの決め台詞が断ち切られた。このくしゃみの主はアヤメ達ではない。それは船首にいる"もう1人"……
「ちょっとウィビちゃん…」
「風邪よ風邪」
カムラは船を見つめるアラーケに、「誰に話しかけてるんだ?」っと言わんばかりの視線を向け、辺りをもキョロキョロと見渡す。
そういえばカムラには喋って動く船、ウィビの存在を説明していなかったのだった。口で説明するより見た方が早いと思い、シャクルが「まぁ見てみろよ」っと船首を顎で指し示す。するとカムラは頭に「?」マークを浮かべ、小走りに船首の方に向かう。
カムラの視線は船首と言うより甲板に向いていたのだが、木製の女神像が視界の中で動き、カムラに向いた。
「あら?誰?アンタ」
「っ!?」
「まさかアンタもあちらのお仲間な訳?」
「ふ…船が…き、木が…」
「…ちょっと、質問してんだから答えなさいよ、アンタ」
「木が…喋っ――…」
言葉の途中、カムラは驚きから気を失いその場に倒れてしまう。
「カムラ様!?」
「うわ~カムラが気絶したぁ~!」
慌てて駆け寄るミネアとナック。その後ろをアラーケが「大丈夫かー?」っと追いかける。
その光景にため息をつくシャクルは、鼻で1つ笑いながらアヤメに向く。
「事前に説明しときゃよかったな?」
「………」
「アヤメ?」
「えっ、あ…うん…そうだね…」
驚いたようにシャクルを見、強張る笑顔ですぐに顔を伏せるアヤメ。シャクルは首を傾げながらアヤメに近づき、伏せた顔を覗き込む。
「ん?どうした?元気ねぇな…いつものアホ面はどうしたんだよ」
「アっ、アホ面ぁ!?」
バカにされ、咄嗟にムっとした表情をシャクルに向けると、いきなり鼻を指でつままれる。
「ふっ、ふぎゅ~っ!」
両手をバタつかせ抵抗するアヤメ。するとシャクルはすぐにつまんだ鼻を離し、アヤメの頭をポンっと叩く。つままれた鼻を押さえつつ、そのシャクル顔をポカーンと見つめると、再び鼻で笑うように口元を緩めた。
「よーしその顔その顔。そのアホ面の方がお前らしいな」
そう言ってアヤメの額を小突き、その場を去る。
いつも通りのシャクルに安心感も出たが、脳裏をよぎるあの一瞬の目……
「…まっ、待ってシャクル」
呼ばれ「ん?」っと振り向くシャクル。
「あ、あのさ…あのさ…」
「何だ?」
「エクシラで、私の事――…」
「ちょっとシャクルー!」
アヤメの言葉を掻き消すように、ミネアの呼び声がシャクルを振り向かせる。
「アラーケに次の目的地ちゃんと言いました?今『ミネアに聞け』って言われたとアラーケから聞きましたよ」
「おう。名前忘れたからな。苦手なんだよ、地名とか覚えんの」
「そんな自信満々で言わないで下さいよ…」
苦笑いを浮かべたミネアは頭を抱える。
シャクルはアヤメに振り返り、
「悪い、何だっけ?」
そう尋ねるが、アヤメは首を横に振った。
「何でもない。大丈夫」
「…そっか?」
「うん。次、地下の町に行くんでしょ?」
「あ、あぁ…」
「楽しみだね?地下に町なんてさ」
そう言って笑顔を作り、シャクルの横を小走りに通りすぎてミネアの元に向かうアヤメ。
違和感だらけで走っていくアヤメに、首を傾げながらその背中を見送るシャクル。その目は徐々にではあるが、鋭さを増させていた…
◆◆◆――…
数分後。カムラも目を覚まし、準備の整った一行は出立の時を迎えた。船体を揺らし、再び空に浮かび上がるウィビ。
「う、嘘だろ…空を…空を…」
再び唖然とした表情で辺りをキョロキョロと見渡すカムラ。港の人々も騒然とした様子で、空へと浮かび上がっていくウィビの姿を見上げている。
「いやっほぉ~い♪おれらに大注目だぜぇ~!特にイケメンのおれに!」
「見られてんのはアタシでしょ。あんたの姿は見えないでしょうが…」
ため息混じりに呟くウィビを、船首に走ったカムラが目の色を変え見つめている。そして手にしたノートに、ものすごいスピードで何かを書き留めはじめた。
「うおおお~っ!なんと研究しがいのある船だ!これはマザーか!?マザーの力なのかぁ~~っ!!」
完全に暴走したカムラの学者魂……もう誰も止められない状態となっていた。
シャクルはミネアに顎でカムラを指して「何とかしろよ」と目線を送る。しかしミネアは目をつむり、首を横に振るばかり。その一方で、アヤメは1人船の縁から離れていく港をボーっとした目をしながら見下ろしていた。
「どうしたんだい?マスター」
するとナックがアヤメの横に舞い降りる。アヤメはチラっとナックを見るも、また港を見下ろした。
「マスター…本当にどうしたんだい?全然元気ないよ…」
「…ちょっと疲れただけだよ…まだ頭ボーっとしちゃって…」
「そうなの?ならいいんだけど…」
「心配してくれてありがとう、ナック。大丈夫だから、ちょっとだけ1人にさせてくれない?」
「えっ、あ…うん…」
「ごめんねナック」
戸惑いの表情を浮かべながらもナックが頷き、慌てた様子で逃げ出すように去っていった。
再びアヤメが視線を下ろすと、港は既に遠くなっており、青々とした海がそこには広がっていた。
「エルセナ……もう1回出てきてよ…お願い…エルセナ…」
縁に乗せた腕に顔を埋め、アヤメは何度もエルセナを呼び続けた。




