P.036 古代書の都エクシラ(2)
翌朝となり、部屋で休んでいる一行の元へアラーケがやって来た。
「お~い、そろそろエクシラに着くぞー!」
その声に目を覚まし、ベットから起き上がるシャクルとミネア。アヤメとナックは揃って爆睡中だ。
「…ようやくか…」
「何よ『ようやくか』って…時間かかっちゃ悪い?全部聞こえてるんだけど」
「うおっ!ウィビか!?な、何でここまで声がすんだよ…?」
「何ビックリしちゃって…アタシが船だもん、音を伝える事だって出来るわよ」
「当たり前のように言いますね…」
「いやいやミネアちゃん、常識でしょ?そんなの」
「そうよ。常識よ」
「え…?わたしがズレてるんです…?」
戸惑うミネアに苦笑を返し、ベッドから起き上がるシャクルは、未だ夢の中のアヤメとナックが眠るベットに歩み寄る。そして無言のままに、「起きろ」の意味を込めた軽いゲンコツが落とされる。
ポカッ! ポカッ!
「ふぎゅっ!」
「あたっ!」
◆◆◆――…
アヤメ達はグっと背伸びをするように、朝の心地良い日差しと風が当たる甲板に出た。シャクルは操舵室のアラーケを見上げる。
「なぁアラーケ。エクシラはどこだ?町なんか見えねぇぞ」
「エクシラはもう見えてるよ、目の前にさ」
「目の前って…山しかないが…」
見渡す景色には緑の連なる山脈。あとはその山脈を囲むように広がる森林があるばかり。大陸の入口ともいえる港は見えるが、規模は小さく、幾つかの船が停泊しているのだが…これはさすがに町とは言えぬもの。
船の縁から身を乗り出し辺りを見渡すアヤメと、その肩に乗るナック。
「確かに町なんて無いよね?マスター」
「うん…でも私はわかったよ~。あの森の中にあるとかでしょ?」
「ちがいますよアヤメ。あの山自体が町なんです」
隣に並ぶミネアが、目の前に連なる山脈の中でも一際大きな山を指差した。シャクルも縁に歩み寄り、「は?」っと山に視線を向ける。
「山が町って…どういう意味なの?」
「あそこに大きな穴が見えますよね?」
指差された山には確かに洞窟のような穴があいており、空からでは正確な大きさまではわからないが、かなりの大きな穴があいている。
「って事は、あの穴が入口って訳か?」
「はい、そうなんです。わたしは過去に一度だけエクシラには行った事がありますが、とても面白い町ですよ」
「面白いの?危ない場所とかではないんだよね?」
行った先々で必ず事が起きている事に警戒するアヤメがミネアに迫る。
「大丈夫ですよ。おそらく世界でも安全な地の1つとも言えるでしょう」
「『安全な地』ってどういう意味なんだ?」
「それは着いてから説明しますよ」
その会話を他所に、ウィビは既に港に向かいゆっくりと下降しはじめていた。
港は空からの船に大騒ぎ。しかし当のウィビとアラーケは平然と入港し、普通に停泊の手続きを済ませる。船着き場と数件の倉庫のような建物だけの小さな港にアラーケとウィビを残し、アヤメ達は港を出た。
港を出てすぐ、1台の旅馬車が停まっているのが見えた。エクシラのあるという山脈は数キロ先に見える。アヤメはシャクルの腕を引きながら馬車を指差した。
「ねぇー馬車あるよ。また護衛って事で乗せてもらえないかな?」
「いちいち交渉すんのもめんどくせぇ…たいした距離じゃねぇんだし歩こうぜ」
「うん、ヤダ」
「わがままが早ぇーよ」
迫るアヤメの顔を押し返して、「行くぞ」と歩き出すシャクル。その背中に頬を膨らますアヤメを、ミネアが「まぁまぁ」となだめる。
「待って下さいシャクル。お金ならありますから、馬車で行きましょう」
「えっ、あるの?お金」
するとシャクルは立ち止まり、ミネアの方に振り返る。ミネアは腰に下げた革のポーチを開き、布地の財布を取り出した。
「なんだミネア、城から拝借してきた金か?」
「ちっ、違います!そんな泥棒まがいの事なんてしません。ちゃんとしたわたしのお金です!そう多くはありませんが、馬車の運賃くらいなら全員分ありますよ」
「そっか。でもよ、旅をするなら、無駄遣いしない方がいいんじゃないか?省ける所は省こうぜ」
「そうだよね…私達、収入がある旅じゃないしね…」
「明日は食えてるかもわからない旅だからな…」
そう言ってアヤメとシャクルは揃ってため息。
「ちょっ、そんな暗くならないで下さいよ!乗ったらなくなる程少ない訳ではありませんから!」
シュン…っとするアヤメとシャクルに向かい財布を振り、硬貨の音を鳴らすミネア。そしてアヤメの手を取り「乗りますよ」と言わんばかりに引っ張っていく。
そしてシャクルの前を「あ~れぇ~」っとミネアに引かれるアヤメが通過していくのだが……ナックの姿が無い。シャクルが周囲を見渡すが、やはりナックの姿は無い。
「おーいナック?どこ行ったんだ…」
「ここにいるよー」
突然シャクルの視界に、逆さまな顔を覗かせるナック。
「うおっ、!びっくりさせんなよ…今までどこ行ってたんだよ?」
「えっ、あ…ごめんごめん…ちょっと~…その辺見て回ってたんだ」
「何慌ててんだよ…まぁいいや、とにかく行くぞ」
「う、うん」
慌てたようにシャクルの肩に乗るナック。さすがに違和感をおぼえるシャクルは横目にナックを見つめ…
「…お前、何か隠してねぇか?」
「へっ!?なっ、何も隠してなんかいないさ!積み荷のリンゴなんかつまみ食いもしてないから大丈夫!」
そう言って笑顔でVサイン。するとシャクルは足を止め、無言のままにナックの頬をつねる。
「ミネアに金借りてこい、バカ精霊」
「ふぁい、ほぉめぇんにゃひゃい(はい、ごめんなさい)」
常識的にリンゴ代を支払い、馬車に乗り込むアヤメ達。マザーランドの通貨は『N』という単位であり、リンゴ代は80N。馬車は1人300Nで、ナックがおまけになり900N。日本の円と大きな差がある単位ではないようだ。
馬車に揺られる4人。馬車に乗るや否や、シャクルは居眠り。ミネアが仲間になってから少しずつ安心感が出てきたのだろう、最近はよく寝るシャクル。アヤメはナックを頭に乗せて景色を見ている。
「そういえば、ナックはエクシラの事知らないの?」
「うん。ボクら精霊はマザーランドにいる事はいるけど、基本は今のボクみたい実体化はしてないんだ。だから世界にいながら、その世界の事はあまり知らないんだ」
「ん~…つまり意識とかが無いって事?」
「まぁ簡単に言えばそうだね。そこに何かがあるって事は感じられても、視界で捉える事が出来ないんだ。この目で見る事が出来るのは実体化した時だけ」
「じゃあ実体化すればいいのに。無理なの?」
「実体化を維持するには、膨大なマザーを消費するんだ。自分勝手に実体化してたら、マザーランドのマザーが無くなっちゃうよ」
「なら今実体化してるナックは?大丈夫なの?」
「うん。霊召士に召喚された場合は特例ってやつなのさ。霊召士がマザー消費を抑えてくれる役目をしてくれるからね」
「じゃあ、今のナックが実体化してられるのは、私の力…って事?」
「そうだよ。マスターと一緒にいる事で、自然にマザーの消費を抑えられているんだ」
「へぇ~そうなんだ」
そうしてしばらく景色を見ている内、ある疑問点を思い出すアヤメ。
「あっ、そうそう。もう1つ気になる事があるんだけど」
「何だい?」
「言葉なんだけど。シャクルって、日本人の私からすれば外国の人でしょ?ミネアだって違う世界の人なのに、何で日本語使ってても言葉が通じてるの?」
その質問に対し、ナックはキョトンとした表情。
「ニホンゴ?何だいそれ…」
「え…?」
「マスターはちゃんとマザーランドの言語を話してるよ。たぶんエルセナ=ミリアードの魂が無意識に対応してくれてるのかもね。シャクルは元々マザーランド言語を使ってたから普通だけど」
「へぇ~…シャクルが元々そうなら、英国…つまり英語が共通言語な訳ね。てか私、無意識にバイリンガルってすご~い!」
1人で照れるアヤメに、ナックは再びキョトーンの表情。ミネアも同様な表情だ。すぐに我に返るアヤメは「アハハ~」っとごまかし笑いを浮かべ、進行方向のエクシラがある山脈を見る。
「ねぇミネア。エクシラは本当に安全な場所なんだよね?」
「心配しすぎですよアヤメは。エクシラには"古代書の都"と名付けられたように、世界から集められた歴史書や資料がたくさんあるんです。その他の研究施設なども完備されていて、別名『学者帝国』とも言われています」
「要するに…重要文化財的な物がある場所って事だよね?」
「そうです。だからこの世界で数少ない、四大種族全てが集まる都でもあります」
「四大種族?」
「はい。ランティ国領の関所で襲ってきた、あのラーグ族もその1つ。他には【"賢聖の貴族"カナフィーリン族】、【"穴掘りの豪族"モルハス族】。そして主に『人間』と呼ばれる【ヒューマ族】。これが四大種族なんです」
頷きながらも、全く想像できない種族達。だがエクシラに行けば会えるだろうと、あえて質問はしないアヤメ。
「4つも種族がいますから、互いに合わない者同士の種族もいます。ですがエクシラは各種族にとっても重要な研究をする場所。暗黙の了解で争いは禁じられています。もちろん、武器の持ち込みも禁止です」
「へぇ~そうなんだ」
「もっとも、暴動が起きようものなら、"彼ら"が黙っていません」
「彼らって…誰かいるの?」
「ヒューマ族最大の国家、タスマニカン帝国直属の護衛部隊が警備をしていますから」
「なるほど、ちゃんと護衛の兵隊さんがいる訳ね。それなら安全なような気がしてきた」
「えぇ、そうですね。そう言ってる内に着いたみたいですね、エクシラに」
馬車は山の100メートル程手前に停車。シャクルを起こし、代金を支払って馬車を降りた。
「うわぁ~おっきい穴」
アヤメの見上げる山にあいた巨大な穴。縦横10メートル以上はありそうな穴で、人為的に掘られたように断面は綺麗に整えるられている。
ミネアを先頭に中に入ると、すぐさま石造りの下り階段が出てきた。横に10人は並んでも余裕なくらいの広さ。
「町の入口はこの階段の先です。入口には門番もいますので、そこで武器を預ける形になります」
「ほぉー。しっかりしてんだな、この町は」
「それだけ研究熱心なんですよ」
下り階段の周りには等間隔に松明が幾つか並び、薄暗くとも足元には困らない。
しばらく階段を歩くと、目の前に5~6メートルはある巨大な青銅の門が見えてきた。その門の奥。薄暗い視界の先には青白い光りに所々が照らされ、色合い鮮やかな煉瓦造りの建物が見える。それぞれの建物は柱の上に建っており、柱の下は底の見えない谷のよう……建物同士を繋ぐのは石の橋や階段。見た印象としては幻想的な空中都市にも見える。
アヤメは「すご~い」と言ったきり、口を開いたまま町並みをキョロキョロ。
門の両端には青白い甲冑姿の門番が2人立っていた。
「ようこそ、エクシラへ。どうぞ、お持ちの武具をこちらへお入れ下さい」
以外と物腰の柔らかい対応で大きな布の袋を差し出す門番。覗く表情にも笑顔が見える。アヤメとシャクル、ミネアはそれぞれの武器を袋に入れ門番に手渡す。
「お帰りの際は右手の建物に来て下さい。そちらで武具はお預かりしていますので。ではこちらにサインの方を」
門番は門の横にある小屋を指し、1枚の紙をミネアに渡した。
言われるままにサインするミネアだが…もちろん偽名でのサインをし、門番に渡す。
「ではどうぞ。ごゆっくり…」
「ありがとうございます」




