P.035 古代書の都エクシラ(1)
「はぁ…はぁ…何とか成功だな…」
「そうですね…一時はどうなるかと思いましたよ…」
息を乱したシャクルとミネアはロープを上り終え、甲板に乗り込んでいた。そこに駆け寄るアヤメ。
「大丈夫?シャクル」
「あぁ、なんとかな…」
顔を覗き込むアヤメに軽く笑いかけ、横にいるミネアを見る。
「で、ミネア?話しはナックから聞いたか?」
「…はい。シャクル様の過去から、全てを…」
「なら話しは早い。こっちの世界の仲間も必要だし、あんたなら信用できる。だから俺達のこの旅に、同行してほしいんだが」
「はい、もちろんです。わたしも同行致します」
「そうか。あんたみたいなのがいてくれれば、こっちとしても助かるぜ」
軽く笑うシャクルに対し、無表情のままに頷くミネアはゆっくりと立ち上がり、アヤメに向く。
「ですが正直まだ…信じられない事が多すぎます。この世界の他にも世界があり、今ここにいるシャクル様やアヤメ様が、その別世界の人物。そして1000年も前の出来事…」
まっすぐに見つめてくるミネアの視線に、妙な気まずさを覚えたアヤメは、合わせていた視線を外す。
「そしてアヤメ様とアルシェン様が入れ換わり、今ここにいるという事」
「へぇ?…そうだったの?ナック」
「え?あっ、あ~ごめん。マスターには言ってなかったっけ…アルシェン姫は今、アースランドで萱島アヤメとして生活してるよ。もちろん、諸々承諾済みでね」
「そうだったんだぁ…だからこの世界にアルシェンがいないのね」
「ごめんよ、急いでたから何を説明してないのか把握出来てなくて…」
「ううん、別に大丈夫だよ」
疑問点が1つ解決し、納得の表情のアヤメ。それに対してナックは、ホっとひと息ついての苦笑い。そのナックの表情に少々違和感を感じるアヤメ。問いかけの為に口を開こうとした所に、ミネアの言葉が続いた。
「そして貴女様の命と、アルシェン様の命は繋がっているとも聞きました」
この言葉に、「そうなの?」っと再びナックを見るアヤメ。
「うん。入れ換わる者と者は、互いに命が繋がり合うんだ」
「え?じゃあもし向こうでアルシェンに何かあったら…?」
「君も同じになる」
「うそぉ!?」
「大丈夫。そうならないように、アルシェンの事は、残る精霊達が見守ってるよ」
そう言ってナックは、ミネアに「大丈夫」の意味を込めたGoodサインと笑顔を見せる。ミネアも頷き返し、再びアヤメを見た。
「ですから、貴女様を守る事はアルシェン様を守る事と同じ。こんなに似ているんですもの…他人とも思えません。この命に代えてもわたしがお守り致します、アヤメ様」
「そっ、そんな大それた事言われても…それに私は、結果姫じゃないんですから、そんなご丁寧に言われても~…」
するとシャクルがミネアの肩に手を置く。
「そんな"様"付けるようなたいそうな御一行じゃねぇよ、俺達は。それにほら、よく見ろこのアホ面。コレが姫に見えないだろ?全然」
「はぁ!?ちょっと心外発言ばっかなんだけど今の!」
「あーはいはい、すいませんね」
横を向きながら適当な素振りで平謝り。
「うぅ~何かムカつく~!でもまぁいいけど…姫じゃないのは事実だし……だから、私が言うのもなんだけど…堅苦しいのとか、そういうのは無しで。一緒に旅をする仲間として、アヤメでいいですよ、ミネアさ――…じゃなくて、ミネ…ア」
少し戸惑いながらも名前を呼び、照れたように笑うアヤメ。その表情を見つめ、ミネアも微笑んでみせる。
「えぇ。わかりましたよ…アヤメ」
そう言って手を差し出すミネア。アヤメは笑顔でその手を握る。そして視線をシャクルに向けるミネアは、シャクルに対しても手を差し出した。
「わたしももう今となっては平穏に過ごせぬ身。共に旅する仲間として、よろしくお願いします。シャクル」
「あぁ。お互いバタバタしそうだがよろしく頼むぜ、ミネア」
差し出された手を取り、固い握手を交わす2人。その光景を見つめていたアヤメに、ミネアが再び視線を向け優しく微笑んでくれた。
この時点でのミネアの加入は、アヤメからすれば本当に嬉しかった。この世界に来てから何かと面倒を見てくれたし、当然だが1人っ子のアヤメにとっては、姉的な存在に見えたからだ。そして何よりも同性の仲間という点が大きい。この喜びをどう表現していいかわからず、アヤメはミネアに飛びついた。
「ん~…ミネアーっ!」
「きゃあっ」
驚きながらもアヤメを受けとめるミネア。アヤメはミネアに抱きつき、その胸に顔を埋める。
「はぁ~この温もりに柔らかさ…いい香りもするし落ち着くわぁ~…あの銀髪鬼畜野郎とは訳が違うわ」
「黙れ家畜女が」
「ミネア~シャクルがいじめるーっ」
「アハハハ~…な、仲良くしましょうね…仲良く」
苦笑いでアヤメの頭を撫でるミネア。
その状況を無視するように、シャクルは甲板より一段高いフロアで舵のある部屋の窓を見上げる。そこには当然、窓越しにアラーケがいた。
視線が合うと、アラーケは笑顔でピースサインをする。そして舵から手を離し、窓を開けて顔を覗かせた。
「大成功だったな!」
「あぁ、助かったよ。でも悪かったな、巻き込んじまって」
「気にすんな!町を助けてくれたお礼だよ。で、目的地はどこなんだ?そこまで連れてってやるからさ」
「そうか、サンキュ。ナック?」
「ん?何だい?」
笑顔を浮かべ、シャクルの肩に乗っかるナック。
「次の目的地だが、どこにする?」
「それなんだけど、ミネアから説明してもらってもいいかい?」
「はい」
未だ抱きついたアヤメをそのままに、頷き口を開くミネア。
「でしたら【"古代書の都"エクシラ】に向かうのはどうでしょう?」
「ほぇ?何なの?そのエクシラって」
「"古代書の都"エクシラ…その名の通り、古い歴史書などが集められた都です。そこには多くの研究者、考古学者がいます。もちろんその中には、精霊を研究する者も多くいます。ですから冥王に関する事や、こちらにとっての武器となり得る情報があるやもしれません」
「だからそのエクシラで調べるの?」
頷きで答えるミネア。
「さすがマザーランドの住人だ。よし、決まりでいいか?」
「うん」
「さんせーい!」
「決まりだな。アラーケ、聞こえてたか?」
「OK!じゃあ次の目的地はエクシラだね!ウィビちゃんもOKかい?」
「OKよ」
ウィビが喋る説明を受けていなかったミネアの目が、再び丸くなる。
「また喋った…」
呆然とするミネアを他所に、アラーケが手をパン!っと叩いて口を開く。
「ほんじゃま、エクシラまで少し時間かかるから、船内の部屋で休むといいよ」
「ねぇねぇアラーケ!ベットもあるの?お風呂は?」
「大丈夫大丈夫。ベットもちゃんとあるし、お風呂もバッチリあるさ」
「やったぁーっ!」
「何から何まで悪いなアラーケ。お言葉に甘えて、少し休ませてもらうぜ」
「はいよ、ごゆっくり~」
お礼を言い、船内への扉を開けて下への急な階段を降りた。
階段を降りると、そこは船の横幅いっぱいに広がる空間に出た。その周囲には10個のベットが対面式に並び、真ん中には木で作られた大きな円形の机と、それを囲む椅子がある。
「へぇ、結構しっかりした造りしてんだな。中も」
「本当だ、すごいや」
感心するシャクルとナック。すると後から階段を降りて来たアヤメが、部屋を見るなりパァっと目を輝かせる。
「わぁ~すっごぉ~い!」
そう言ってベットの間にある小窓に走り、外を覗くアヤメ。楽しそうな表情で振り向き、最後に降り立ったミネアを手招く。
「見て見て!すごく綺麗だよミネア!」
そのはしゃぐ姿に、シャクルとミネアは視線を合わせて軽く笑い合う。
「すっかりなついたな?」
「ふふっ、光栄な事ですよ」
そう言ってアヤメに歩み寄るミネア。シャクルは近くのベットに腰を下ろし、すぐに寝ころがる。その斜め上には小窓を覗くナックが……
「うほーっ!飛んでる景色すっげぇ~!」
「いや、お前自体飛べるだろ…」
◆◆◆――…
そうして30分程経過した頃。アヤメとナックは外の景色を見て未だはしゃいでおり、ベットの上ではシャクルが静かに寝息を発てている。しかしミネアの姿は部屋にはない。
「アラーケ」
操舵するアラーケの元にミネアが姿を見せる。
「おっ、ミネアちゃん。休んでなくていいのかい?」
「うん。ちょっとアラーケと話したいから…」
そう言って横にある窓を開け、肘をかけて寄りかかる。しばらく無言のまま、空を見上げるミネア。アラーケはそんなミネアの姿をただ見ていた。
「…すごいね。この船」
「だろ~?師匠とおれが造ったんだ。当たり前さ」
「でも空飛ぶ船なんて予想外すぎよ。それに喋っちゃうし」
ミネアは顔を外に出し、船首のウィビを見た。
「あなた、お名前は?」
「ウィビィーシャよ。…ウィビでいいわ」
「そう。よろしくね、ウィビ」
「…よろしく」
チラっとミネアを見て、すぐに視線を外すウィビ。
「おいおいウィビ。ちゃんと挨拶しなって、師匠の娘さんだぞ?」
「………」
「いいのよ。…何か、お父さんそっくりね?ウィビって」
「あ~言われてみれば、ぶっきらぼうな所とかそっくりだわ。でもさ、顔とかは……よく見ればミネアちゃんに似てるよ」
「え?そう?」
そう言って互いに笑い合うミネアとアラーケだったが、徐々にミネアの顔が下を向きはじめた。そして次第に小刻みに揺れだす肩。
「?…ミネアちゃん?」
歩み寄るアラーケがミネアの顔を覗き込むと、その目からは涙が流れている。アラーケは静かに視線を反らした。
「…泣くなって…そんな顔してたら、師匠が天国から怒鳴ってくるよ?」
流れる涙を拭うも涙は止まらず、次々とこぼれ落ちてくる。
「…昔から泣き虫だったからなぁ…よく怒られたもんね…わたし」
「『職人の娘ならウジウジ泣くな!!』ってな…ったく意味わかんないよね」
「そう言って泣いてるわたしに、力一杯のゲンコツしてね……ふふっ、余計に泣いちゃってたわ。あの時は…」
止まらぬ涙を邪魔するように空を見上げるミネア。
「厳しかったなぁ…お父さん…」
「男手一つだったもんね」
「えぇ。でも、時々優しかった…お父さん、病気だったんでしょ?」
「心臓の病だったんだ…ごめん、連絡先知らなくてさ…」
「いいの。でもわたし、何通か手紙出してたのに…連絡先知らなかったの?」
「え、そうだったの?」
「やっぱり…お父さんの事だから、どうせわたしが帰りたくならないように、返事も出さないでいたんでしょ…アラーケに見せたら絶対返事出すから」
「かぁ~、そういう事かよ…」
「手紙。あなたからだったのね」
突然割って入るウィビ。
「え?」
「何だ?『あなたから』って」
「あの人、アタシが喋れるの知らない時、毎日のように甲板で読んでたわ。…すごく嬉しそうな顔してね」
「………」
「そして必ず、読み終わったらこう言うの…『頑張れよ』って」
「…っ!」
再び涙が込み上げた……両手で顔を覆い、その場に膝をつくミネア。
「死ぬ間際…遺言みたいにおれに言ったんだ。『ミネアが帰ってきたら伝えてくれ…お前は俺の娘だ。だから強く生きろ。そして幸せになれ』って…」
その言葉に、ミネアは顔を覆ったまま何度も頷き、小さな泣き声を上げた。
「ほら泣くなって…『強く生きろ』って、師匠が言ったんだ」
「あら、泣かない事が強い訳じゃないんじゃない?」
「ウィビ…」
「泣いたっていいじゃないのよ…こうして泣いてくれる家族がいる。あの人も幸せ者じゃないの。アタシもあの人から造られた…言わば父親のような存在…アタシはあの人の為に泣く事は出来ないし、表情だって人間程豊かに作れない。アタシには言葉でしか伝えられないから、言ってあげたかったわ…『ありがとう』って言葉」
「ウィビ、お前…」
「あなたには豊かな表情がある、感情がある…だから、笑ってあげたら?心からさ」
ミネアはゆっくりと泣き顔を上げ、ウィビを見た。
「ほら。"お父さん"も、あなたの泣き顔より、笑顔が見たいと思うわよ…娘の笑顔がさ」
「…うん…」
涙を拭い、再び空を見上げたミネア。
「わたし…頑張るよ、お父さん……強く生きて…精一杯生きて、それからお父さんに会いに行くね…その時、『幸せだったよ』って、言えるように頑張る…」
空に向かい、ミネアは優しく笑ってみせた。
「ありがとう…お父さん…」




