P.029 生きる船(2)
途中休みながらも馬車は走り続け、1日が経過した。時刻は間もなくお昼だろう。
馬車は広大な草原地帯に1本伸びた道を走る。先程から約1キロは続いている緩い上り坂。小高い丘を進んでいるのだ。
「この丘を越えたら、リムドアはもうすぐだよ」
「ようやく到着か」
「新しい町…楽しみだなぁ」
まだ見ぬ町に期待に胸を踊らせ、馬車の向かう先を見つめるアヤメ。そして1分が経ったくらいで小高い丘の頂上に到着。瞬間に広がる景色にアヤメの歓声が上がる。
目の前に広がる大海原。日の光りを浴び、キラキラと輝いている。その海には巨大な円形の町が浮かんでいた。町並みには、同じ円形の水路が中心に向かい、幾つも巡っている。平らで黄土色をした瓦屋根に、白い煉瓦で出来た建物が密集して、水路に沿って建ち並んでいる。その町と大陸を繋ぐ一筋の長い石橋。
「綺麗な町…」
日の光りは海だけでなく、水路にも反射して町並みを明るく際立たせている。
「これがリムドアか?」
「あぁそうだよ、あの橋を渡ればもうリムドアだ。さぁ行こう」
そう言って走り続ける馬車は、10分程でリムドアの入口へと続く橋に辿り着いた。
石造りの橋はしっかりとした重量感のある造りで、大人20人は横1列に通る事が楽に出来るくらい。町までの距離も100メートル程。
潮風を感じながら進むアヤメ達を歓迎するかのように、カモメや魚の群が飛び跳ねる。
橋を渡り終えた馬車は、町の入口すぐにある、馬車の駐車場のような牛舎に似た建物に預けられた。
「助かった、ありがとな」
「いろいろとありがとうございました」
「いいよいいよ。ま、結果何事もなく無事到着できてよかったよ」
「おじさんはこれからどうするんですか?」
「次の客がこの町にいるから、今からその客の所に行くつもりさ。まぁその前に、今後の食料とか補充していくつもりさ」
「そうか。じゃあ俺らも行くわ。世話になったな」
「本当にありがとうございました。気をつけてお仕事して下さいね、おじさん」
「お互いにね。それじゃ、またどっかで会ったらウチをごひいきによろしくね!」
男と別れ、振り返るリムドアの町。その町は活気に満ち溢れている。行き交う人々は皆イキイキした表情で、こんがり小麦色の肌。さすが港町といった所。
いろいろな店の建ち並ぶ町。宿屋に洋服屋に武器屋、もちろん港町特有の魚介類の飲食店。漂ってくる食べ物の匂いに、アヤメのお腹がぐぅ~っと鳴る。
「あ~この匂いだけでお腹が空くぅ~…」
「じゃあ魚でも釣って食うか」
「え…それ本気…?」
「金ねぇんだから、そうなるだろうな。って、それよりあれだ、あれ…コー…コー…」
「コーレイ」
あの日のように再び「そう、それ」と言った表情で指差すシャクル。
「もー記憶力なさすぎ~、ジョン」
「ジョンはもうヤメろって…」
とりあえずは『コーレイ捜し』と、2人は町にある水路脇を歩く。その水路を覗き込むと、何匹もの小魚が泳いでいるのが見える。
「おいおい、覗き込み過ぎて落ちんなよ」
「ジョンが押さなきゃ落ちないわよ」
「それ以上ジョンって言ったら押してやっからな」
「オォ~イ!ちょっとごめんよ!」
突然後ろから聞こえる声。シャクルが先に振り返ると、長い木材を数本担ぎ、腰にたくさん工具を携えたベルトを巻いた1人の男が後ろを通ろうとしていた。
「おいアヤメ、後ろ危ないぞ」
「え?…うわぁ!」
続いてアヤメが振り向くと、すぐ目の前に木材が迫っていた。咄嗟に後ろに避けて男に道を譲る。
「おっと悪いね」
男は明るい声で2人の前を通り過ぎていくが……その際、男の腰から工具が1つ落ちた。しかし男は気づいていない様子。シャクルが工具を拾うと、
「おい。落としたぞ、これ」
「え?何だい?」
答える男は、長い木材を担いだまま振り返る。するとブン!っと音を発てて木材がお約束のように横払いに振られる。
「うおっ!!」
間一髪に避けるシャクル……だが、
「ふぎゃあ!!」
これもお約束。木材はアヤメに直撃し、その身は軽々と弾き飛ばされて……
ダッパァァァンッ!!
水路へ落下。
「ア、アヤメ!?」
「うわっ!やっちまったー!」
◆◆◆――…
数分後――…
「ハぁ~クション!!」
毛布に包まり椅子に座るアヤメ。隣にはシャクルもいる。
「ア~ハっハっハァ~!!こりゃ傑作けっさく!!」
向かいの椅子に座るは先程の男。腹を抱えて笑っている。
「うぅ~笑い事じゃないでしょ~…ハクション!!…うぅ~…」
「いやぁ~ごめんごめん。まぁこれでも飲みな」
男は堪え切れていないニヤけ顔のまま、両手に持ったマグカップで温かいお茶を2人に差し出す。シャクルが「どーも」と受け取り見る顔は、アヤメと年齢はそんなに変わらないくらいに見える。若干上くらいだろうか…確実に20歳は越えていないと思われる。
額には赤のバンダナを巻き、黒い髪を後ろに流して逆立たせている。眉はつり気味だが、垂れ目の表情。イタズラに笑う口元が人懐っこさとやんちゃな印象を与えている。青い袖無しのシャツに、作業着のような生地の裾の短いバギーパンツ姿。
「で、2人は旅人さんかい?」
「あぁ。そんな感じだ」
「そっか、おれは【アラーケ】。【アラーケ=イユウス】ってんだ。そっちは?」
「お、俺は…ジョンだ」
「ぷっ」
「笑うな」
「痛っ!叩く事ないじゃんバカシャクル!」
「あっ、バカ!」
咄嗟に名前を言ってしまった瞬間、2人は動きを止め、ゆっくりと視線をアラーケに向けた。すると当のアラーケは、ボーっとした表情でお茶をすすっている。
「ジョン?バカシャクル?どっちなの?」
「バカつけんな…シャクルだよ、俺は」
「い…いいの…?」
「バレたらバレたでそん時だ」
そう言って少し警戒しながらアラーケを見るが、当人は笑顔で頷いてシャクルを見ている。
「そっかそっか、シャクルねシャクル。顔に似合ってカッコイイ名前じゃないの」
「お…おぉ…サンキュ…」
どうやらお尋ね者とはバレてはいないようだった。
「で、お嬢さんは?」
「私は…アヤメです」
「ほー、綺麗でいい名前じゃんか。アヤメちゃんね、アヤメちゃん。でもさ、アヤメちゃんって……何かランティ城の姫さんと似てるよね?」
「っ!?」
いきなり危ない領域に入るアラーケ。
「よく間違えられるでしょ?アヤメちゃん」
「え…あ、はい…」
「大変だね~」
おっと、先方から上手く躱してくれてありがとう。
「な、なぁアラーケ。お前は何をやってるやつなんだ?家の外観はかなりの大きさで、工場っぽかったが…」
「おっと気づいたかい?おれの放つイケメンオーラに…」
「へ?」
突然アラーケは立ち上がり、片足を机に乗せた。
「おれは世界が認める自称No.1イケメン船大工にして、自称"兄貴"と呼びたい男No.1!そして自称抱きたいの?いや抱かれたいの?的なNo.1船大工に加え、自称ミスターリムドア!」
「全部自称すぎるわよっ!」
「つーか船大工だけでいいだろうがっ!」
咄嗟にツッコんでしまう2人。するとアラーケは目を閉じ、額に手を当て首を横に振る。
「ホレんなよ?」
「…はい」
「…おう」
「いや返事しないでよ。悲しいよ、それ」
「要するに"自分好き"って事よね?」
「いや、あの、冷静に分析しないでね?アヤメちゃん」
なぜか追い込まれていくアラーケを他所に、シャクルは部屋をぐるりと見回す。
部屋は壁から天井まで全て木造。壁には海図が何枚か貼ってあるが、船関連の仕事だったからと理解した。そしてあまり埋まっていない本棚にも、船大工らしく、船や海の内容の本ばかりがある。
「なぁなぁ、お2人さん?」
「ん?」
「おれの船。見たくないか?」
「船?アラーケが造ったやつか?」
「そ!おれが造った最高傑作よォ!」
「私はどっちでもいいけど…」
そう言ってシャクルをチラっと見る。
「ま、まぁ見るくらいなら…な」
「そう?そんなに見たいんだったらこっちこっち!」
嬉しそうな表情のアラーケは、背後にある木の扉に手をかける。そして扉を開け、はやし立てるように手招きをする。アヤメとシャクルは顔を見合わせた。
「ねぇ、人捜しはどうすんの?」
「よほど船見せたいみたいだし、見てからアラーケに聞けばいいんじゃねぇか?」
「うん、そうだね」
「何してんのー?早く来なって!」
「あぁ今行く」
言われるまま、アヤメとシャクルは隣の部屋へと向かった。
部屋に入った2人。そこはまさに船大工の工房。バスケットコート5~6面分はあろう体育館のような一室で、木材や工具、設計図などが床に無造作に散らばっている。そして部屋の奥には室内を縦断するようにまっすぐの水路が通っており、その真ん中に小形の木造の船が一隻。外観は完成しているようにも見える。
「どうだい?おれの船は」
「へぇ~けっこうしっかりしてんじゃ――…ッ!?」
「なっ、何よあれ!?」
しかしその船首を見た2人の目が丸くなる。




