P.025 緋色の聖者(1)
ランティ王国を目指すアヤメとミネア。3日もかけて歩いてきた道も、馬の足ともなればものの数時間で王国へと到着した。
「さぁ、行きましょう。アルシェン様」
先に馬を降り、アヤメに手を差し出すミネア。ここは降りるしかないと頷き、ミネアの手を取ろうとするが…長時間の乗馬に下半身は完全に痺れ、踏ん張りがきかずにミネアの上に落下する。
「ふぎゃあ!!」
「きゃっ!!」
後頭部を摩るミネアと、腰を摩るアヤメ。互いにゆっくりと体を起こす。
「う~痛ぁ~…だ、大丈夫ですか?アルシェン様」
「すいません…ミネアさんこそ大丈夫ですか?」
「…ミネア…"さん"、か…」
「え?ど、どうかしましたか?」
「前々から思っておりましたが…アルシェン様、ずいぶん大人しくなられましたね?」
「え?」
「わたしの事を『さん』付けで…それに敬語まで使われて…」
「え…あ…」
「わたしはアルシェン様のお世話係として、長年この城におります。ですから…」
「………」
疑いの視線にアヤメは黙り込むばかり。
「そこにいるのは…ミネアか?」
突然男の声がする。振り向くと数人の兵士の姿があった。2人の姿に駆け寄る兵士達。
「アルシェン姫まで…戻られたんですね?」
「よくやったぞミネア」
「アルシェン姫もミネアも…ずいぶんとボロボロですな。さぁ早く城内へ」
「俺はアルシェン姫の無事を先に国王様に報告してくる」
「ほらミネアも。しかし…一緒に向かった隊はどうした?」
「それは後で報告します。今は城の中へ行きましょう」
「そうか、わかった。じゃあ行こう」
兵士達に連れられ、アヤメとミネアは城内へと足を進めるが、アヤメの背中に向けられる疑いの視線……ミネアの"その目"は、事を見透かし始めていた。
◆◆◆――…
アヤメはそのまま国王の間に連れていかれ…「アルシェ~ン!!」…っと国王のキツい抱擁によって出迎えられた。
「全く家出とは…このバカ者がぁ~!!」
そう言いって泣きながら更にキツく抱きしめる国王。
「く、苦しい…です…」
「お?お~すまんな。さぁ早く着替えてきなさい。そんな汚い格好ではせっかくの可愛さが台無しだ…」
「は、はぁ…」
そして解放されたアヤメ。しかし何故だろう…不思議な違和感を感じる。3日間…そんなに長く離れた訳じゃないのに、何故だろうか…違うお城に来たような感覚だ。
妙な違和感に辺りをキョロキョロ見回すアヤメを見つめるミネア。そのミネアに歩み寄る国王。
「ミネア」
「はい」
「アルシェンの着替えの手伝いを頼む」
「はい…かしこまりました」
頷き静かにアヤメを見つめる目。またあの疑いの目……
「い、いえ!!私1人で大丈夫です!」
慌てたように叫ぶアヤメに、国王をはじめ、周囲の兵士達もその声量に驚いた。
ミネアからは変に怪しまれている為、出来るだけ2人きりにはなりたくない。その気持ちが声量に出てしまう。まぁこれが逆に怪しいんですが…
「着替えくらい平気です。もう子供じゃありませんから」
「そ、そうか…なら着替えが終わったら私の部屋に来なさい。話しがある」
「え?あ…はい(お説教?…そりゃあるか…)」
軽く引きつった笑いを残し、国王の間を小走りに出たアヤメ。その後ろ姿を見つめ、小さなため息をつくミネア。
◆◆◆――…
久しぶりに来た自分の――…っと言うか、アルシェン姫の部屋は、やたらと豪華に見えた。実際豪華な事は豪華ではあるのだがね。
すぐさまベッドに倒れ込む。ふかふかのベットはとても気持ち良かった。だがアヤメの気持ちはそれどころではない。
「シャクル…ナック…」
2人が無事でいるかどうかが心配で、すぐにでも飛び出したい気持ちでいっぱいだった。だが土地勘もなければ城の中…どうにも動く事は出来ない。
「………」
………………………………………………………………………
…………………………………………………………
………………………
コンコン!
突然の部屋をノックする音に、アヤメはハっと目を覚ます。どうやら少し寝てしまっていたようだ…アヤメは驚いて起き上がるが、返事はしない。ミネアかもしれない……恐る恐るベッドから降り、忍び足で扉に近づく。すると扉がゆっくりと開いた。
鍵をかけ忘れた扉が、返事もしていないのに勝手に開かれた。その向こうに立っていたのは、緋色のロングコートを羽織り、コートについたフードを被った小柄な男が1人。アヤメより少し大きいくらい…160cm前半くらいだろう。右目は長く垂れ下がる緑の前髪に隠れているが、覗く左目は鋭く切れ長。鼻下と顎には無精髭が見える。そして表情はどこかやる気のない、風来坊感の漂う男だ。
その男はアヤメと目が合うと、「お?」っと言って部屋に入って来た。
「何だ?人がいたのか」
「え?あなた…誰ですか?」
しかし男はアヤメの言葉を無視するように辺りを見渡す。
「ん~…ここには無さそうだなぁ。お前、この城のモンか?」
「え?ま、まぁ一応、姫って事になってますけど…」
「ほぉ~…姫、ね」
すると男はニヤリと笑い、アヤメに向いたまま内鍵を閉めた。その行動にアヤメは身構える。
「よっしゃ。おれってばツイてるぜ」
男はニヤニヤと口元に笑みを作り歩み寄る。
「だ、誰よ…あなた…」
「おれかい?おれは【シレイス】。【大聖堂ザーバス】からきたモンだ」
「だいせいこうざーます?」
「いやいや、いい感じに間違えてくれちゃって、『大失敗ざます』だろそりゃ。ザーバスな、ザーバス…ってごまかしたって無駄だぜ。まぁでも、とりあえずお前には感謝しなきゃなぁ。お前が家出してくれたお陰で城の守備はスッカスカ。容易に占拠できたぜ」
「え、占拠?」
「あぁ。お前、国王に会ったか?」
「はい…会いましたけど…」
「気づいてやれよ。ホンモノの父親かどうか、な」
「えっ、まさか…?」
あの時違和感は……
「偽者だよ。あのお前の親父さん…」
「っ!?」
驚きの表情を浮かべた瞬間、シレイスは円月型のナイフをアヤメの喉元に向けた。
「おっと。大声出したら痛ぁ~い目にあうぜ?お姫様」
肌スレスレの位置にある刃物に身を硬直させ、小刻みに何度も頷くアヤメ。
「んな怖がんなって、安心しろ。お前の父親は殺しちゃいないし、一切危害は加えちゃいない。大事な人質だからよ。だからお前も大人しく人質になる気はないか?」
「人質って…」
「ま、おれ達の目的が終ればすぐに解放する。人質っつっても、別に危害を加えつもりもない」
「…目的って何ですか…?」
「おれ達の目的…それは"世界の再建"だ」
「世界の…再建?」
「この世界は腐ってると思わないか?…金を持つ者だけが豊かになり、持たぬ者は干からびていくだけ。生まれた土地、身分の違いだけで虐げられていく者達。そんな差…そんな運命…そしてなに不自由なく暮らし、ただのうのうと生きる皇族って奴らが、おれは憎んだ。なぜ我々が苦しまねばならない…なのになぜ奴らは、そんな我らをみて嘲笑う!」
喉元に向けられたナイフが小刻みに揺れはじめる。
「おれの家族も…仲間も…村の皆が飢えで死んでいった!!国は…国は自国の繁栄の為、小さな貧しい村を糧にするだけ。搾り取るだけ搾り…あとはゴミ扱いに棄てるだけ……復讐心だけが込み上げる中、1人の救世主が現れた。その名を【セリエフ】」
「セリ…エフ…?」
「セリエフ様…あの御方こそ"真の聖者"。貧富の差の生まれぬ世界を謡う大聖堂ザーバスの長」
「ま、待って下さい…その大聖堂ザーバスっていったい何なんですか?」
「おいおい…お前本当にここの姫かよ?…大聖堂ザーバス。それはさっき話した、生まれや身分違いで迫害を受け、生きる道を見失った者の集う場所だ。お前らみたいな皇族の奴らには到底縁の無い場所だ」
「………」
「セリエフ様はおっしゃった…『いつか…何年かけても必ず実現させてみせる。何の隔ての無い世界…それまで私は謡い続けよう…そして共に生きよう』…とな」
「だ…だからお城に復讐を…?」
「違ぇよ。【リュカ】様に言われた【水氷源珠】を探しに来ただけだ」
次々に出される単語にアヤメの頭は全く整理が出来ず、もうパニック状態だった。だからと言って質問攻めにして相手を苛立たせても駄目な事。
しかしその困惑の表情を見てか、シレイスは自ら語りはじめた。
「セリエフ様が天より授かった子の名だ、リュカ様は。不思議な力を使う子供さ…自らの事を『冥王』と名乗るな」
「めっ、冥王!?」
「あんま大声出すなって…死にたいのか?」
シレイスの睨む重圧に表情を強張らせ、アヤメは首を横に振る。
(冥王…まさかそのリュカって子供がシャクルとエルセナの子供…?)
「水氷源珠…それくらいは当然知ってんだろ?」
当然知らない。アヤメは少し申し訳なさげに、小刻みに首を横に振った。すると深いため息をはき、シレイスも首を横に振る。
「お前どんだけな世間知らずだよ……ったく、源珠は各種族の根源と言える精霊の宿る宝珠だ。人間…ヒューマ族は水の精霊ジュエルの恩恵を受け生きている。そして自然界の水を統べる力を持つものだ。理解したか?」
今度は首が縦に振られる。
「んで、今まで集められたのはラーグ族の根源、火の精霊ブラムの火炎源珠だけでな。いろいろと小難しい所に隠してたりする種族や源珠もある。だから残りの源珠を集めるには、ヒューマ族三大国家の1つであり、最も貿易の盛んなバルハール大陸代表、ランティ城が適任だって訳さ。だから国王、そして1人娘のアルシェン姫を拘束し、我軍を潜り込ませる。だから協力していただけるかな、姫様…?」
これに対しては首を縦にも横にも振れない。
(いろいろとマズいよ、この状況……それに聞いてた冥王がもう動き始めてるなんて…)
するとコンコンっと扉をノックする音が。
「アルシェン様?」
ミネアの声。やはりアヤメを探る為に現れたのだろうが、実にナイスなタイミング。ここぞとばかりにアヤメが叫ぶ。
「ミネアさん!助けて!!」
「チッ!黙れッ!!」
叫んだアヤメの首を掴み上げるシレイス。すると鍵のかかる扉がガタガタと揺れ、一拍おいてミネアが扉を蹴り破る。
「アルシェン様!!…ッ、何者!?」
「けっ、邪魔だぞ…女ぁ…」




