P.021 旅立ちの夜(2)
辺りの日は既に暮れており、部屋に戻ったアヤメはベットに寝転がって、ボーっと天井を見つめているのだ。
「はぁ~…」
その気持ちは揺らいでいた。
正直言ってこの世界も悪くはない。なんせお姫様なんだから。でもやっぱり元の世界には帰りたい。家族にも会いたいし、学校の友達にも会いたい。「戻りたい?」っと聞かれれば、「戻りたい!」っと即答出来るだろう。
でもその為には戦わなくてはならないようだが、戦いは嫌だ。それだったらここにいるだけの方が楽でいい。でもさっきの話しがもし本当なら…この先待っているのは……
(だからって戦うの?でも戦ったら、死ぬ可能性だってあるよね…)
自分の中での押し問答。でもどうせ死ぬ命なら…って割り切れるものでもない。そんなもやもや感を抱え、アヤメはゆっくりとベットから体を起こす。
「やるしかないのかなぁ…ナック達は夜には旅立つって言ってたし…」
呟きながら自分の手を見つめる。
「私に何か力があるなんて信じられないし、生まれ変わりだなんて事も信じられないよ…」
再びため息をついてベットに身を倒す。そしてボーっと見つめる先程と変わらぬ天井。
「けど、もし一緒に行かなかったら――…って、あれ?そういえば、どうやって帰るといいのかな…私って」
大事な事にようやく気づいたアヤメは、ベットから跳び起きるように身を起こす。
「ナックから離れたら、私ずっとこのままなんじゃないの?そんなの嫌よ…もう霊召士とか何でもいいわ。元の世界に帰る為、ナックから離れちゃダメじゃん!」
思わぬ決定打。すぐさま旅の準備を――…の前に、さすがにドレス姿では旅には出られない。クローゼットに走り中を見るも…やはり中はドレスばかり。
「もぉー、今更だけどドレスばっか…こんなんじゃまともに動けないってばぁ~…」
焦る気持ちを抑えるように視線を落とすと…クローゼットの隅の方に、見覚えのある服が綺麗にたたまれて置いてある。
「これは…」
◆◆◆――…
30分後、アヤメは城の武器倉庫前に立っていた。
「旅に行くのに丸腰じゃダメよね」
武器倉庫は食事会場に行く通路にあった為、場所はバッチリと覚えていた。途中見廻り兵士に遭遇しそうにもなったが、何とか回避し苦労の末にやっと辿り着いたのだ。
観音開きに見られる重量感のある鉄の扉を押してみるも、さすがに開かない。引いてみても同じ事。
「やっぱ鍵閉まってるのかなぁ…」
ガックリと視線を落とすと、扉の下にレールがある事に気づく。「まっさかぁ~…」っとゆっくり横にスライドさせると、さほど重さも感じず以外と簡単に開く扉。
「マジですかぁ~…」
そして入った倉庫内部には、当然の如くズラリと武器が並ぶ。長剣に両刃の大剣。槍、弓に鉄球などなど。
「うわぁ~すごい…何かいいのないかなぁ」
普段触れる機会など皆無のいろいろな武器に、まるで夢見る少女のように内心を踊らせつつ触ってみるアヤメ。
ま、鉄球は無理そうなんで範囲外で……
「これかっこいい~」
ゴールドの装飾付きの綺麗な長剣を手にする…が、予想外の重量がアヤメの手にかかる。
「うわっ、剣ってこんな重いんだ…まぁ鉄とかだもんね、元は」
箸より重いものは持てな~い…とかお嬢様発言のレベルじゃない為に却下。再び辺りを見回すと、視界に1本の短剣が入る。手に取り抜いてみる。短剣ともあり重量も軽く、オーソドックスな装飾だが見た目も悪くない片刃の短剣。
これに決めた!っと2、3回頷き武器倉庫をそっと出る。すると…
「あれ?アルシェン姫?」
「へっ?」
扉を閉めた途端、遠くから聞こえた声。視線を向けると、1人の兵士が歩み寄って来ていた。
「姫、このような時間にいったい何をなさっているのですか?しかも今、武器倉庫から出ていらっしゃった様にも見えましたが…?」
「い、いや、そのォ~…」
焦ったアヤメは視線を泳がせる。
「ちょっ、ちょっと見学にぃ~…ね?」
「見学…ですか?」
「なっ、何でもありませぇーん!」
上手くごまかせる言い訳が見つからず、その場から逃げるように走り去るアヤメ。
「あっ、姫!?…行ってしまわれたか…」
その後ろ姿を見送る兵士は、ただ呆然とした表情で首を傾げた。
「最近のアルシェン姫、何かおかしいなぁ…」
逃げ去るアヤメは駆け足に部屋に向かう。そして長い階段を駆け上がり、角を曲がった瞬間、
「わっ!!」
「きゃ!…ア、アルシェン様?」
何とミネアと鉢合わせた。
「ど、どうされました?そんなに慌てて。しかもこんな時間に」
「え…あの…そのぉ~…」
「あっ、まさかアルシェン様!」
戸惑うアヤメに眉を寄せ、グっと詰め寄ってきたミネア。普段は優しい表情なのだが、時折見られるミネアの眉を寄せて怖めた表情は、以外と鋭く殺気すら感じる程。
何も言えずビクつくだけのアヤメ。
「またつまみ食いですか?アルシェン様」
(へ!?…私って、そういう子なの?)
ならば乗っかれとばかりに頷くアヤメ。
「やっぱり!あれ程言ったじゃないですか!夜につまみ食いをしては――…」
「いや、その!ごめんなさい!!」
言葉の途中で走り出すアヤメ。ミネアはポカンと口を開いたまま、その後ろ姿を見送った。
「え?…どうしちゃったの?アルシェン様?」
ミネアも兵士同様に首を傾げた。
◆◆◆――…
「あぁ~もう、誰にも見つからないようにしてたのにぃ~…」
部屋に戻るなり、ため息混じりにクローゼットを開けるアヤメ。そして中からマザーランドに来た時に着ていたブレザーの制服を取り出した。一応洗濯をしてくれていたようだ。着慣れた制服は着るのに時間はかからない。
「次は荷物の準備ね」
武器倉庫に行く前に部屋でみつけた、大きな布製の肩掛けバッグにタオルや毛布。部屋にあった手持ちのランプに、要るやもしれない着替え用の軽めのドレスも一応入れた。腰にはちゃっかり武器倉庫から拝借した短剣と鞘を着ける専用のベルトを巻く。
旅仕度を終え、自分の姿を鏡で確認した所……
コンコン!
扉をノックする音が鳴る。
「アルシェン様?」
そして聞こえるミネアの声。様子のおかしいアヤメを不審に思って、部屋まで確認に来たようだ。
今の姿を見られたらちょっとマズいような気がする…だから考えるよりもまず行動。咄嗟に扉に走り内鍵を閉める。
「え?アルシェン様!?なぜ鍵を?」
ガチャガチャと音を発て、僅かにしか回らないドアノブが鳴る。
「ごめんなさい!今はちょっと…」
「ちょっとって…まさか家出ですか!?」
「えっ!?そ、そんな違いますよ!」
でもある意味正解!っと、激しく揺れる扉に頷くアヤメ。
「ダメですよ家出は!!開けて下さい!!アルシェン様!」
「開けれませぇ~ん!!」
焦りすぎてからか、鍵を閉めているドアノブを何故か掴むアヤメ。しかしこうも騒ぐと、当然の如くだが……
「どうした?ミネア」
男の声と幾つかの足音。やはりこの騒ぎに兵士達が集まったようだ。
「アルシェン様が家出をしようとしてるんです!」
「何だと!?」
よりいっそう騒がしくなる扉の向こう。アヤメは扉にもたれた。
「うわぁ~最悪…」
更に激しくドアノブが鳴る。兵士が力でこじ開けようとしているのだ。もう数秒もすれば開けられる勢いに、焦って辺りを見回すも…脱出ルートは窓しかない。
その窓に駆け寄り外を見下ろす。ここは5階で下は川。マザーランドに落ちた時は深い湖だったけど…見るからに浅い川。あの時は不思議と無事だったが、これは落ちたら無事では当然済まない。
パラシュートでもあれば…っと安易な考えのままに視線を横に向けると、そこにはベッド。
「…あっ、そうだ!」
閃きと共に、ドカッ!っと部屋の扉が破られた。ミネアと3人の兵士が姿を見せる。
「ひ、姫君!?」
「アルシェン様!?その格好は…!?」
「ごめんなさい!!お世話になりましたぁ!!」
アヤメはベッドからシーツを引き抜き、窓に向かい駆け出した。そして窓の縁を蹴り外に飛び出す。
「ちょっ…アルシェン様ァ!!」
ミネアの声の響く部屋を飛び出し、空中でシーツを両端を掴み広げる。お手軽パラシュートの完成だ。
物凄い風圧がシーツにかかるも、一瞬アヤメの落下速度が弱まる。大成功!…っかに思えたが、あまりの風圧にアヤメの片手からシーツが外れてしまう。
「ッ!!う、うそォー!?」
抵抗を失い瞬間的に落下速度を上げる体。
(…終わった…さよなら…お父さん…お母さん…今まで育ててくれてありがとう…先立つ親不孝をお許し下さい…)
高速に迫る川を見て思う。
死を覚悟し、世に別れを告げるアヤメの体が――…
「ひゃあッ!!」
突然何かに柔らかいものに当たりバウンドした。
再び落ちる柔らかい地面?はフワフワした感触。慌てて体を起こして視線を下げると……
「なっ、何これ!?」
体長2メートル程の4つの翼を持つ、鷹を思わせる金色の鳥がアヤメを乗せ飛んでいる。ポカーンと口を開いたままのアヤメを乗せ、旋回しながら地上に降りていく金色の鳥。
「これは……まさか、ナック?」
しかし答えぬ鳥は地上まで3~4メートルで突然消え、アヤメの体は再び落下するが、
「ふぎゃあ!」
今度も何者かに受け止められる。衝撃に閉じた視界をゆっくり開くと、目の前にはシャクルの姿が。落下したアヤメをお姫様抱っこで受け止めていたのだ。
呆然と見つめるシャクルの顔は、あいかわらずの無表情。
「ナイスダイブだ…」
そう言うとアヤメの体を優しく地面に下ろし、頭をポンっと叩く。その横には笑顔のナックがいる。
「今の鳥…ナックが?」
「そ、ボクの術だよ。すごいでしょ?…ってその前に、無茶しすぎだよ、マスターは」
「ごめん…でもありがと、助かったわ」
お礼と安堵の笑みを浮かべるアヤメ。しかしお城の中からは、騒ぎの音が大きくなっていくのが聞こえてくる。
「騒がしくなってきやがったな…さっさと行くぞ」
そう言ってアヤメの顔を見るシャクル。そのシャクルの目に、了解の頷きを返して見せるアヤメ。
「はい、よろしくお願いします。シャクル…さん」
「『さん』は要らねぇって、萱島アヤメ」
「…うん。じゃあ私も、『萱島』は要らない…ね?シャクル」
そう言って照れ笑いを浮かべるアヤメに、無だったシャクルの口角が少しだけ上がる。
「わかったよ。よろしくな、アヤメ」
2人は視線を合わせ、再び頷き合う。
「おい!いたぞあそこだ!!」
「アルシェン姫は無事だ!アイツらを捕まえろ!!」
城から数名の兵士が叫びながら走って来る。
「来たか…走るぞ、アヤメ」
シャクルはアヤメの手を握り引き寄せる。
「へぇ!?…あ、うん!」
頷き駆け出しつつも、その握られた手を見つめるアヤメ。
「………」
「あ!待ってくれよォ~!!」
慌ててナックが後を追う。
ついにはじまった冒険の旅。
もう後戻りは出来ない。
これからが本当の意味での最後の戦いであり、未来へ希望なのだ。




