P.020 旅立ちの夜(1)
……―――話のひと区切りとし、シャクルはゆっくりと立ち上がる。小さく息をはき、首を左右に鳴らして晴天の空を見上げた。
「それから1000年後だ。封印が限界に近づいた頃、エルセナの魂を先に復活させた。15歳を迎えて、本来の霊召士となる前に、冥王が復活してもお前の命を危険にさらさない為、マザーの無い地上に赤ん坊のまま送った」
確かにそうだった。アヤメは16年前の5月20日。萱島家の裏の畑に赤ん坊のままに置かれていた所、父と母と呼んだ老夫婦に拾われ、この16年間生きてきたのだった。
しかしアヤメは、シャクルの話しには一切のあいづちと返事。質問などは全くしなかった。大きめの石に腰かけたまま、少し俯き無言のまま聞くだけ。その気配を察してか、シャクルもあえて「?」を付けずに話す。
「だがお前が"萱島アヤメ"として生きて1年後、追うように冥王は復活した。だが冥王は復活するなり忽然と姿を消した。おそらくだが、奴も15歳を待っての事だろう。霊召士としての目覚めを待つ体としてな」
そう言ってアヤメを見るシャクル。その視線に気づき、一度はシャクルを見るが、すぐにアヤメは視線を反らす。するとシャクルはアヤメと対面する位置に移動し、俯いた視界に映るようにしゃがみ込む。
「昔話はここまでだ。前置きが長くなっちまったが、今から話す事が本当の本題だ」
「………」
「お前に頼みたい事がある」
「私に?」
「冥王を倒す為に、俺達と一緒に来てくれ」
予想通りの言葉。
「お前はエルセナの生まれ変わりだ。だから霊召士として――…」
「何よ生まれ変わりって…そんな簡単に信じられる訳ないじゃない…」
囁くような声でシャクルの言葉を切り、座る石からゆっくりと腰を上げ、アヤメはシャクルに詰め寄った。
「私がエルセナの生まれ変わりだから一緒に来てくれ?それってつまり、私に『死ね』って事?」
「誰もそうは言ってない」
「だって今までの話しを聞いてたらそういう事になるじゃない!違う?仮に本当に私が生まれ変わりだとしたら…だったら…」
「少し落ち着け」
「これが落ち着いて聞ける?この世界に来ただけでも驚きなのに、変な怪物は出るわ…いきなり生まれ変わりだの、『死ね』だの!もう訳がわからない!!」
パニック気味に声を荒げるアヤメの姿に、シャクルは少し困ったように指で頬を掻く。
「いやだから、誰も『死ね』なんて言ってねぇだろうが…」
「オーイ!」
すると2人の話す庭にナックがヒラリと舞い降りた。
「とぉ~ちゃ~く♪」
無邪気な笑顔でアヤメとシャクルの間に入るも、2人の空気は非常に微妙なものだった。一切自分を見てくれない2人に、ナックはあえて笑顔を保ちながら両者の顔を交互に見る。
「あ…あれ~?どうしたのかなぁ~?2人共ぉ~…」
徐々に引きつっていくナックの笑顔。するとアヤメがシャクルを見たまま口を開く。
「ねぇナック…教えて。私を何の為にこの世界に呼んだの?やっぱり死ぬ為?」
「へっ!?…い、いや…そうじゃないよ…」
「でも結局はその冥王を倒す為に、って事でしょ?」
「…確かに、そうさ…」
「じゃあやっぱりそうじゃない…倒す為には、その霊召士の生まれ変わりっていう私の命を使うんでしょ?」
「違うよ。君の命は使わない…力を借りたいだけなんだ」
「力を…借りる?」
ようやく視線をナックに向けたアヤメ。
「マスターがいないと、ボクは能力をフルに使う事が出来ないんだ…精霊だけじゃ、戦いにも限界がある。だからお願いだ、ボクらと一緒に来てほしい」
「フルにって…それってやっぱり倒す為に私が死ぬって事でしょ?それに私は戦うなんて嫌。それで死ぬかもしれないじゃん」
「俺はお前の魂に誓った。『絶対に死なせない』と」
突然割って入るように呟く声に、アヤメの視線は再びシャクルに向いた。
「だからお前は死なせない。絶対に」
「…何を言ってるのよ…私はエルセナじゃない。それに誓ったって言っても、結果的にそのエルセナは死んでるじゃない。無意味な誓いよ、そんなの」
「………」
「っ…あ…」
つい言ってしまった言葉に、咄嗟にアヤメは顔を伏せた。大切な人を失った人の心を抉るような言葉……すぐの後悔も、言ってしまっては取り返せない。アヤメは視線を落としたまま黙り込む。
「確かに…無意味と言えば無意味かもしれない。俺はエルセナを死なせてしまったのは事実」
変わらぬ無感情な声で返すシャクル。弁明しようとアヤメも口を開くが、シャクルは言葉を続けた。
「でも魂だけは死んじゃいない。肉体は死んだが、魂はお前の中で生きている」
「…私の中って…そんな勝手に…」
「だからもう1度俺にチャンスをくれ。お前と、お前の中の魂。2人を守るチャンスを」
「そんな…チャンスとか言われても、私はエルセナじゃないし…別に私はあなたに守られる必要なんか…」
そう言って押し黙るアヤメに、シャクルは背を向け歩き出した。突然その場を去っていくシャクルに驚き、ナックは「えっ!?えっ!?」っとアヤメとシャクルの背中を交互に見る。
「ちょっ、ちょっと待ってよシャクル!話し途中じゃないの!?え?え?」
「………」
アヤメも半ば呆然とシャクルの背中を見ていると、シャクルは足を止め、背を向けたまま大きく息をはく。
「言いたい事の大部分は伝えた。あとはもういいだろ」
「伝えたって協力してくれなきゃ意味がないっていうのに…」
「忘れたのかよ。そいつは"萱島アヤメ"であって、"エルセナ"じゃねぇ。決めんのは萱島アヤメの意志だ。巻き込んでる俺らに、そこまで強制出来る権利はねぇ。揺らいだままの決意で成し遂げられる旅でもないしな」
するとシャクルは横顔だけを見せ、アヤメを見た。
「悪かったな、強引にここまで引き込んじまって。一応俺達は、今夜このランティ城を発つつもりだ。もし一緒に来てくれるなら…0時まで裏の南城門で待ってる。それだけだ」
「それだけってシャクル…」
「あとは自分の意志で決めてくれ」
再びシャクルは背を向け、空を見上げた。
「俺らが何とかしなきゃ、世界は待つだけの"死"になる。だったら、死ぬかもしれないが、戦ってでも勝ち獲られる"生"を選びたい。どちらにしろ、誰かがやらなきゃ世界は終わる。だから俺がやる。全部救ってやるよ。例えお前が待つ側を選択しても、誰も責めはしない…そん時は俺らの成功を祈っててくれ。絶対に救ってやるからよ」
そう言って再び歩き出すシャクル。ナックは数回アヤメとシャクル間を視線で往復し、アヤメの前にフワリと降りる。
「ごめんよ…説明も無しに無理矢理連れて来るような感じになっちゃって」
ナックの言葉に、無言のまま俯かせた首を横に振るアヤメ。そのまま黙り込むアヤメの姿に、ナックはその場から去るに去れない状況下に陥る。次の言葉に困り、空を見上げるナック。
「シャ、シャクルだって言い方はあれだけど…本当はもっと優しいやつなんだよ。ほんの数日前に、ようやく自我を保てるようになっただけだから、上手く自分の気持ちを表現できないだけなんだ…」
アヤメは顔を上げ、「どういう事?」と言いたげな表情をナックに向ける。
「シャクルから聞いたろ?過去の話。シャクルは1000年という長い間、その身をマザーに焼かれ続けた。そして冥王の復活と共に解放されたシャクルは、"人"である事を忘れた"人形"だった…」
既に遠く離れ、小さくなったシャクルの背中を見るナック。アヤメも追うようにシャクルを見た。
「当然だよね…普通なら人としては再起不能だったはずなのに、『エルセナ』の名を聞いて…シャクルは立ち上がった。そして君がマザーランドに来てから、徐々に記憶と"自分"を取り戻していった」
「…それくらい、大事な存在だったんだね…エルセナが…」
「うん。自分の命より、って言ってもいいくらい大事な存在…家族なんだよ」
ナックは視線をアヤメに戻す。
「だからシャクルを…ボクは死なせたくないんだ。もちろん、君もね」
「…そんな事言われても…矛盾してるよ…私が死ねば、冥王を倒せるんだから…」
「可能性はゼロじゃないよ」
「え?」
「今の冥王は霊召士なんだ。素養が無く暴走するだけの身な訳じゃない…上手くいけば、冥王の闇を静める事だって出来るはず。可能性はかなり低いけど、ゼロじゃない」
「なら私は必要ないじゃない…」
「その可能性を確かなものにする為、精霊を使える霊召士が不可欠なんだ。冥王の力を弱める為にね」
「じゃあ…私が行かなかったら…?」
「………」
無言の返事に察するものはある。
「相手がマザーを使いこなせる分、厳しい戦いになるだろう。だからマスター…君の力が必要なんだ。出来れば一緒に戦いたい。…って、ここまで勝手に連れて来ておいて偉そうに言えないけど、お願いだ。ボクとシャクルで君を守る。絶対に……じゃあ、待ってるから」
ナックは笑顔で手を振り、もう姿の見えなくなったシャクルを追って飛び去った。
ナックの姿が見えなくなるまでその背を見送り、しばらく呆然と立ち尽くすアヤメ。
「………」




