P.019 死闘の末路(3)
しばらくして、爆煙が消えゆく周囲。晴れゆく煙りの間から見えたのは、腹から下だけのミイラ。そして光りは弱々しいが、未だにその身に光りを帯びたエルセナが立っていた。
荒い息遣いで肩を大きく揺らしたエルセナの身から光りが消えた瞬間、体の力が一気に抜ける。全生命力を使い切り、その場に崩れる体。そして空から落下してくるナックも、力無く地面に倒れた。
目の前が霞む……エルセナは最期の力を振り絞り、シャクルに視線を向ける。
「シャ…ク…ル…」
視線の先にいるシャクルは、己も最期の力と振り絞り、傷ついた体を這わせるようにエルセナに向かい手を伸ばす。
「エル…セナ…!」
しかし2人の間は数メートル。伸ばした手は届かない…
「…わた…し…達の…赤ちゃんが…」
すると次の瞬間、少し離れた位置で爆発が起き、地震のような揺れが地面を伝う。
「な…何だ…」
小刻みに震える体を起こすナック。その方向を見上げると、そこには1人…爆煙の中、宙に浮かぶ赤ん坊が……
「嘘…」
エルセナの悲しげな視線な先…その姿は確かに2人の子供。
『…やぁ、父さん、母さん』
突然頭に直接響く声が……赤ん坊か?
「な…何でぇ…どう…し…て……うぅ…」
エルセナの体はもう限界であった。堪える事も出来ず流れるだけの涙が視界を歪ませ、次第に暗闇へと変わっていく。もうエルセナの視界は何も映らない…体には力が入らない…
シャクルも限界が近い。既に呼吸をする事すら辛く、苦しいものとなっていた…血を流しすぎたせいで、頭以外は動かなくなっていた。
『あれ?父さんも母さんもどうしたの?…ねぇ、遊ぼうよ』
「くそ…終りだ…」
霊召士の血を引く赤ん坊に『闇の精霊』が継承され、新たな冥王の誕生となった。しかし対抗できる霊召士、エルセナには力が残されていない……術士を失った精霊に残された時間も僅か……倒す術がナックにはもう無かった。
『ねぇ、遊ぼうよ…』
赤ん坊が静かに笑った。
「くそ…!」
『ナック…』
すると突然ナックの頭に直接声が響く。
「この声…レリス…?まさか命の精霊レリス!?」
『こうなれば最後の手段をとろう…マザーランドに冥王を降ろし、世界樹ごと…我ら精霊ごと消そう』
「っ!?そんな事すれば、世界の自然が保てず世界は腐敗していくじゃないか!」
『…あとは世界の民に賭けてみよう…』
「命の精霊の精霊が消えたらどうなるか…わかって言ってるのかい…?」
『承知の上…』
命の精霊がいる限り、魂の輪廻は崩されない。アグナーのように、地水火風の四大元素の精霊が死んでも、長い年月を使い、新たな精霊を形成させる事が出来る。しかしその根源…世界樹が消えれば精霊…マザー自体が消え、命の精霊もろとも冥王も消える。だがそうなればヒトから酸素を奪うような事…つまり自然を維持する力を失う事なのだ。
『その必要ないじゃろうよ、レリス』
「っ!?【"火の精霊"ブラム】か…?」
『お久しぶりですね?光のナック』
「【"水の精霊"ジュエル】!?」
『あとはアタシらに任せなさいよ、一時的だけどね』
「【"風の精霊"フェーラ】…」
赤ん坊の冥王は首を傾げ、黙ってナックを見つめる。
『冥王、わしらが力を使い封じようではないか』
『わたくしらの力では、レリスやクロノ程長き封印は出来ませんが』
『だから封印場所貸しなって、いるんでしょ?時の精霊クロノ』
その呼びかけ一拍置き、荒々しい声が響く。
『うっせぇなぁ~…こっちは封印で力使って疲れてんだよ』
『そう言わずに聞いて下さい。時は一刻を争います』
『あぁん?ジュエルのババアが"時"を語んじゃねぇよ。見りゃわかるっつうの、ナックのガキの見事な失敗ってやつがな』
「っ…」
『馬鹿者!!何を言うかクロノ!早くクロックエンドを開放しろ!』
『はぁ!?ブラムてめぇ、あの地を封印場所に!?』
『それしかない!!わしらも力を貸そう』
『ふざけんな!!あそこはマザーに溢れる第二の地。冥王はすぐに力をつけちまう!!』
『だがそこしか場所は無い!世界樹には最後の霊召士の魂を眠らせる』
そのブラムの言葉に、ナックがエルセナに視線を向けると、エルセナの体から拳程の大きさの光りの球が浮かび上がる。
『強い娘だ…死してなおもその身に魂を留めておる…その娘の意志…魂はまだ消えてはおらん。レリスと共に世界樹で眠らせ、命の輪廻に乗せて決戦の時を待とう』
『…なら俺にも条件がある。おいシャクルとかいう人間。聞こえてんだろ?』
その呼びかけに微かな息遣いのシャクルの視線が向く。
『お前のマザーを持たねぇその体、封印媒体として1000年貸せ』
「ッ!?だっ、駄目だそんなの!!」
『封印は長くても1000年…媒体として封じ、マザー素養がなけりゃ暴走するかもしれねぇが、成功すりゃあ冥王は新たなマザーを吸収できねぇ。ま、それは残りの精霊の力次第だが…』
「駄目だシャクル!!仮に成功しても君はその1000年間、その身をマザーに焼かれ続けるんだ!!死ぬよりも苦しい思いをするんだ!馬鹿な事言うなよクロノ!!」
『馬鹿はてめぇだナック!!ご丁寧に冥王が待ってくれてんだ!世界を殺すか1人を殺すかだろ!!』
「これ以上…誰1人として殺す訳には――…」
「やれ……俺を使え…」
微かな声がする。その声の主はシャクル。小刻みに震える拳を握り、ナックに訴えかけるように見つめる。
「構いやしねぇ……早く…使え……俺の命がある内に…!」
その目に迷いは無い。
「…わかった…頼む、クロノ。皆…」
そしてナックは冥王に向く。
「冥王…それじゃあ遊ぼう…おいで」
すると冥王は楽しそうに笑みを浮かべナックに近づいた。
◆◆◆――…
島全体に無音の光りの渦が巻き起こり、空を覆う雲ごと呑み込み消えた。
空は嘘のように晴れ渡り、真っ白の雪を赤に染めた2人の霊召士…そして灰色の薄汚れた下半身だけのミイラ化した死体だけが、静かに転がっていた―――…




