P.016 霊召士…そして母として(2)
不穏な空気が流れる島内……島民らもザワつきはじめている。冥王の存在は皆が知るもの。逃げるにも船も無く、ましてや吹雪の外。よってシグが「外には出るな」っと言っており、全員家に身を潜めていた。
そのシグの姿は寺院にあった。寺院はマザーランドの世界樹の真上に位置し、復活はこの寺院からと言い伝えられていたのだ。既に寺院の中は邪悪な氣に満ちていた。
祭壇に飾られた水晶玉が黒いオーラを纏い始め、カタカタと小刻みに揺れる。そしてパキ…パキ…っと時折乾いた音を発て、徐々に砕けゆく気配をみせる水晶玉。
「そろそろくるよ…シグ婆ちゃん」
「わかっておるわい」
水晶玉に向かって身構えるナックとシグ。すると間髪入れぬタイミングで、パァンッ!っという破裂音と共に一気に砕けた水晶玉。瞬間的に吹き出す黒い邪気が渦を形成し、徐々に形を成していく…
「こ、こ奴が…」
「冥王…」
邪気は人の形に形成されていき、1人の人間を創り上げた。
人間……そうは言っても皮膚は灰色に枯れ果て、骨に張り付いているだけ。眼球は無く、まぶたや唇は無い。鼻は削れて無いに等しく、剥き出しの歯が数本欠けてている。骨と皮だけのか細い手には1本の巨大な鉄製の鎌が握られている。服装は白地の牧師風の格好をしており、容姿に反して綺麗にみせている。
「冥王…デフィテンザーク…」
その姿に生唾を呑むナック。冥王の暗い眼がシグとナックを見た瞬間、2人の背筋を凍るような邪気と殺気が襲う。
「貴様…光の精霊か?」
「…うん、そうだよ…久しぶりだね、冥王」
「そうだな…久しいものだな…貴様らに眠らされてからもう1000年か…」
「目覚めはどうだい…?」
「…悪くない…」
「そうか…悪くないなら、その気分のまま眠ってもらうよ…今度は永遠にね!!」
光の弓矢をその手に作り、冥王に向けて矢を放つ。しかし冥王はいとも簡単に矢を鎌で打ち消した。
「精霊だけで刃向かうつもりか?」
「うるさい!!」
再び矢を構え射ち放つも冥王の姿が一瞬消え、突如ナックの目の前に現れた。
「霊召士無き精霊なんぞ、無に等しいわ」
「くっ…!」
「アグナー!!」
シグの声と共に冥王の足元の地面が砲弾のように突き上がり、冥王を空中に打ち上げた。
「霊召士ならここにおる…貴様ごとき…このわし1人で十分じゃ!」
すると冥王は空中で首を1回転させ、暗い眼をシグに向けた。そしてニヤリと不気味に口元ゆるませると、冥王が空中から姿を消す。
「な、何じゃと…!?」
「シグ婆ちゃん!!」
呼び声に振り返るシグ。その目の前には冥王の姿が……
「貴様ごとき、この一撃で十分ぞ」
「しまっ…!!」
ズンッ…!
一瞬だった…不気味な笑みを浮かべた冥王の腕が、シグの脇腹を貫いたのは…
その勢いにシグの体は「く」の字に折れ、力無き人形のように波打ち冥王の腕にぶら下がる。そして一拍おいて血飛沫が吹き出し、その血を浴びた冥王が高笑いをあげる。
「婆ちゃん!!冥王ォォッ!!」
声を荒げ再び弓を構えるナック。すると冥王はナックに向かい、腕にぶら下がるシグを投げつける。
ナックはすぐさま弓を解き、己の体で受けとめられるはずもないシグの身を受けに飛ぶ。
その姿に冥王は首をコキっと鳴らし、再び瞬間移動のようにナックの真上に現れた。そして手にした鎌を振りかぶり怪しく笑う。
「戯れはもう、終わりといこうか」
気配にナックが気づき、シグに向かう視線が冥王に向く。
「終わりだ、光よ…我が身の糧となれ」
「うわぁッ!!」
驚きに見開く目に映る、不気味な笑みの冥王に恐ろしく光る鎌……と、黒い服装に銀色の髪をなびかせたもう1つの人影。
宙を舞う人影から打ち出された蹴りが、ナックの目の前で冥王の顔面にヒット。冥王の体を勢いよく吹き飛ばす。ボールのように数回弾み地面を転がる冥王。そして人影はナックとシグを抱き止め着地する。
ナックはすぐさまその身を抱く人影を見上げると……
「シャ、シャクル!?」
「悪い…ちょっと遅れたな」
軽く息を乱したシャクルが、未だ地面に倒れた冥王を睨みつけていた。そしてその手に抱く、腹部から大量の血を流しぐったりとするシグを見る。
「バアさん…」
再び冥王に向く鋭い眼光。すると冥王の体は何かに引っ張られたように起き上がり、シャクルを見てニヤリと笑う。その笑みを無視するようにシャクルは優しくシグを寝かせ、傍にナックを置いた。
「バアさんの事、頼むな。ナック」
「え…?」
シャクルはゆっくりと立ち上がり、腰に下げた剣を抜き冥王に向ける。
「俺の家族に手ぇ出しやがって…ただで済むと思うなよ」
「いいですねぇ。憎悪に満ちたその表情…たまりませんよ…」
「言ってろこのクソゾンビ!!」
瞬間的な踏み込みで斬りかかるシャクル。対する冥王も地を蹴り跳び上がった。追った形でシャクルも跳び、空中で剣と鎌が激突する。
骨程の太さしかないか細い腕の冥王だが、シャクルの方が圧し負け弾かれる。しかし冥王の着地ポイントに再び踏み込み、待ち受ける隙も与えず渾身の蹴りを冥王の腹部に放つ。
鈍い音と共に軽々と吹き飛ぶ冥王の体は壁に激突。すぐさま追撃の剣を構えた瞬間、冥王が手を突き出しシャクルに向ける。すると突然衝撃波のような強い力が襲い、シャクルの体が吹き飛んだ。
「ぐあっ…!」
「シャクル!!」
ナックとシグの元まで数メートル吹き飛ばされたシャクル。すぐさま起き上がるも、視界には冥王の姿は無い。
「どこいった…!?」
「シャクル後ろだ!!」
ナックの声に振り返ると、そこには冥王が鎌を振りかぶる姿が…ナックは瞬時に弓を構え矢を放つも、冥王の奇声と共に体から湧き出た邪気に光の矢は掻き消された。
シャクル自身、剣で防御しようとするも…吹き飛ばされた時に剣を手放してしまっていた。
「我に刃向かいし者には死を…」
「シャクルッ!!」
「くそ…!!」
◆◆◆――…
その頃村では……コナッテの家に響く赤ちゃんの産声。
「ほらエルセナ。やったよ、男の子だよ。元気な男の子だ」
コナッテは産まれた赤ちゃんを布で包み、エルセナの目の前に運んで見せる。元気な産声を上げる我が子を、エルセナは潤んだ瞳で見つめ、差し出された小さな体を優しく抱いた。
「これが…私とシャクルの赤ちゃん……何だかシャクルに似てる気がする…」
元気よく泣く赤ちゃんに、エルセナから歓喜の涙が溢れた。
すると突然、ガチャっと家の扉が開いた。何だ?っと驚いて見ると、そこには3人の島の男達が立っている。皆何かに怯えた表情だ。
「何だいアンタ達は…?今取り込み中さ、出てってくんないかい」
「いたぞ。霊召士がいた」
「早く連れていくぞ」
1人の男がそう言うと、エルセナに向かいゆっくりと歩き出す男達。
「待ちな。何をする気だい?」
近づく男達にコナッテが立ち塞がる。
「どけ婆さん。霊召士を差し出さないと、俺達は殺されるんだ」
「何だって…?」
「わ、私を?」
「さ…差し出すって誰にだい!?」
「うるさい!!」
1人の男がコナッテを突き飛ばす。勢いに負け、床に転がるコナッテの体。
「コナッテさん!!」
「奴だ…奴が来たんだよ!!」
「や…奴?」
「冥王だよ!エルセナ、あんたが1番わかってるだろうが!アイツが言ったんだ!!『霊召士を差し出せば何もしない。誰も殺しはしない』って…『何も危害は加えない。島には手を出さない』ってなァ!!」
「何だって…!?」
「冥王が…まさか…」
「あぁ…完全に復活したさ…今村の真ん中で霊召士を待っている…」
「………」
冥王が今、村にいる?…確かシャクルやシグが向かったはず…
「嘘…祖母様…シャクル…」
視線を下ろし我が子を見つめるエルセナ。
「そんな…」
この子供にはもう父親がいないの?
家族がいなくなるの?
だって今から私も…お母さんもいなくなるんだよ…
そう思うとただ涙が溢れた…
「そう言う訳だ。エルセナ、早く来るんだ!」
1人の男がエルセナの腕を掴む。すると赤ちゃんの泣き声が激しくなる。
「やめな!!まだその子は――…」
「赤ん坊を産んだばかりだからどうした!?体が何だ!?どのみちこの時の為の霊召士だろ!!」
「何て事を…今まで守ってもらってただろうが!?霊召士様はね――…」
「もういい!!…もういいよ…」
「エルセナ…」
「もういいです…コナッテさん…」
呟くような声になり、無理な体を起き上がらせゆっくりと立ち上がる。
「私…行きます…」
「エルセナ…」
優しく抱いた我が子を、そっとコナッテに差し出した。
「この子を、頼みます」
「エルセナ…あんた…」
赤ん坊を受け渡すと、エルセナは男達の方を向き優しく笑って見せた。
「安心して下さい。使命は果たします」
そう言ってふらつきながらもゆっくりと歩き出す。
「霊召士として、世界の為に…その子の母として…未来の為に」
「エルセナ…」
「す…すまねぇ…」
1人の男が思わず呟き頭を下げる。すると扉の前で今一度振り返るエルセナ。その表情も笑顔だ。
「…いってきます」
…―――パタン…
エルセナのいなくなったコナッテの家。静かな暗闇の村に、赤ん坊の力強い泣き声だけが響いていた……




