P.015 霊召士…そして母として(1)
その後のシャクルとエルセナは、シグをはじめとした島民達に結婚を報告した。この結婚に島民達は「待ってました!」っと言わんばかりに、島を上げての盛大な結婚パーティーを開いて祝福した。シグからは「ありがとう」というお礼の祝福をもらった。
正式な儀式や、結婚を誓った指輪も無かった。だが2人は確かにこの日に夫婦となり、本当の家族となった。
◆◆◆――…
…――そうして月日は流れ、季節は冬となる。
ある日、雪の降る中でシャクルとナック、アグナーは家の周りの雪掻きをしていた。
気候的には特に温暖な訳ではないこの島の冬は、なかなか厳しいもの。気温の低さや積雪はあるが、特別豪雪地帯という訳でもない。それが唯一の救いだ。
「う~寒ぃ~…」
「くぅ~…ホント寒いよね~」
フード付きのコートを羽織り、歯をカチカチ鳴らしながらスコップを振るうシャクル。体にタオル地の布を巻き、ナックも震えながら小さなスコップ…いやスプーンで雪を掻く。
「精霊も寒がるもんなんだな?」
「感じない精霊の方が多いんだけど――…」
そう言ってアグナーに視線を向けるナック。追ってシャクルも見ると、アグナーは楽しそうに「キューキュー♪」っと鳴きながら雪の上を転がっている。
「ボクは五感を持つ精霊だからさ…得な面もあるけど、やっぱり寒いのだけは嫌だなぁ…」
「でもいいじゃねぇか、お前は浮いてられるしな。足元冷たくなくていいだけだろ」
「おやおや…指摘する点が小さいねー。細かいねーシャクルくーん」
少しバカにしたような表情でシャクルを見た。それには「この野郎~…」っとシャクルがナックを捕まえようと手を伸ばすも、標的のナックは空に飛び上がり、手の届かない所を飛び回る。
「へっへーん!やぁ~い、こっこまでおいでぇ~!」
っとお尻まで叩きはじめる始末。
「こんのぉ~…降りてきやがれ!…よし、アグナー行け!」
するとアグナーは楽しそうに「キュー」っと鳴きナックに向かう。
「うわぁ!アグナー使うなんて卑怯だよ!」
「じゃあ飛ぶんじゃねぇよ」
「やめろ!来るなアグナー!!捕まったらシャクルに殺されるー!!」
「ハっハっハァ、殺さぬ程度にくすぐってやろう」
「ひぃ~ご勘弁を~!」
そうやって雪掻きそっちのけで雪の中ではしゃぐシャクル達。すると家の扉がゆっくりと開き……
「あぁ~、また遊んでる…ご飯出来たのに、遊んでるならご飯抜きにするよ!」
そう言って、頬を膨らましながら姿を現すエルセナ。そのエルセナのお腹が大きく膨らんでいるではないか。それはもう1つの生命が宿っている証。
「いや、だってナックのヤツが…」
「もういいから。早く中入って、ご飯冷めちゃうよー!」
「あぁ、わかった。行くぞ~ナック」
「行ってもぶたない?」
「3発くらいで勘弁してやる」
「OK、拒否」
「もーっ!は・や・く!」
「わかったわかった、今行くって」
こうして流れる平穏な日常……夫婦となろうと誓ったあの時から思う。この生活がいつまでも続けばいい…1日でも長く。1分でも…1秒でも長く。シャクルもエルセナも、そう願い続けた。
◆◆◆――…
そうして数日が経ったある日、シャクルはふと目を覚ました。まだ夜なのだろうか、空が暗い。しかし何かがいつもと違う……恐怖とも違う、不思議な圧迫感と息苦しさを感じる空だった。
「何だ…嵐でもくんのか…?」
横を見るとスヤスヤと寝息を発てるエルセナ。しかし共に寝ていたはずのナックの姿が無い事に気づく。ベッドから起き上がり辺りを見回すが、やはり部屋の中にナックの姿は無い。辺りを見渡し偶然捉えた窓の外、雪の積もる中にナックはいた。呼びかけようとナックの背中を見つめている…が、何やら様子がおかしい。
シャクルは黒い革のジャケットを羽織り外に出た。雪は降ってはいないが冷たい風が吹く屋外。
「おーいナック。何してんだ風邪引くぞー…ってか精霊って風邪引くのか…?」
「あ、シャクル…」
「何してんだよナック。寒いんだから夜出歩くなって」
「今は夜じゃないよ…もう朝なんだよ」
「朝?これが朝か?」
辺りを見回すが、空も景色もあきらかな夜。だが感覚は確かに何かが違うような気がする……暗いだけじゃない。空気か?寒さとも違う、悪寒とも言える感覚までする。
「シャクル…何か感じないかい?」
「ん?…あぁ。何か嫌な感じがするな……まさかこれって…」
「うん。おそらくね…」
「…マジかよ…」
大きなため息と共に頭をボリボリと掻くシャクル。そして家の方に振り返り、無言のままに戻っていく。その背中に対し、ナックは言葉をかける事なく見送った。
シャクルは家の前で少し立ち止まり、再び大きなため息を1つ。そして扉をゆっくりと開くと、静まる室内に小さな呻き声が聞こえる。
何事か!?っと声のするエルセナの部屋に入ると、ベッドで苦しそうに蹲るエルセナの姿がすぐに目に入ってきた。その横には杖を手に立つシグの姿も。
「おぉシャクル!」
「おい大丈夫かよ!?エルセナ!」
「うぅ…痛いよぉ…」
「バアさん、これは?」
「陣痛がきたようじゃのう」
「ウソだろ、こんな急に…どうすんだよ、バアさん」
「どうするもこうするも、早く【コナッテ】の所に連れて行くんじゃ、シャクル」
「コ、コナッテ?…あ、あぁ」
【コナッテ】とはシグ程ではないが、島では有名な肝っ玉婆さんの1人。医療的な知識があり、出産時などは全てコナッテが診ていた。
「わかった、すぐに行ってくる。でもバアさん、奴が――…」
エルセナに毛布を掛け、抱え上げた瞬間……
ッ、ドォオォォォォォンッ!!
轟音と共に激しい落雷が村に落ちる。
「何だ!?」
「来おったか…!?シャクル!早く行かんか!!」
「だけど!」
「安心せい、わしが行く」
「そんなバアさんじゃ――…」
「お前が行くよりは幾分かマシじゃ!だから早く行け!!」
その言葉に一度は躊躇うも、頷き駆け出すシャクル。その姿を見送るシグは後ろにいるナックを見た。
「さて行くぞナック。世界と…あの2人の"未来"為に」
「うん、行こう」
◆◆◆――…
雪道をエルセナを抱え走るシャクル。周囲では落雷の稲光と轟音が鳴り響く。
「コナッテさん!!すいません!コナッテさん!!」
村の外れにある1件の家の前でシャクルがエルセナを抱え叫んでいると、ゆっくりと扉が開き、中から恰幅のいい老婆が出て来た。
「何だい?こんな夜に――…って、おや?シャクルじゃないかい。それにエルセ――…っ!?」
コナッテはすぐにエルセナの様子に気づき、「早く中へ」と入れてくれた。そしてベッドにエルセナを寝かせる。
その時既に足からは真っ赤な血が伝ってきており、エルセナは激しい痛みを訴え続けていた。コナッテはエルセナの寝間着をめくり、出血する腹部を見ると……
「何てこったい…もう出てきちゃってるじゃないかい!しかも足から…逆子だなんて、早くしないと大変な事になるよシャク――…?…シャクル?」
振り返るコナッテ。しかしそこにシャクルはいない。見渡す視界にシャクルを捉えたのは玄関口。視線が合うと、シャクルは少し笑ってみせた。
「コナッテさん。後は頼みます」
「頼むって…あんたどこ行く気だい?」
「守らなきゃいけないんです…俺の大事な家族を…」
「守るってまさか…この空も奴のせいって事かい?」
「コナッテさん…知ってたんですか?冥王の存在」
「そりゃ島の住民だからねぇ…あんた、まさかだけど…」
「………」
あえて答えずコナッテから視線を外して、出口の扉にゆっくり手をかけた瞬間…
「シャ…ク…ル…」
震えるようなエルセナの声がシャクルの耳に届く。振り返ると、今まで痛みで呻いていたエルセナが、必死にシャクルに向けて手を伸ばしている。開けかけた扉から手を離し、エルセナに駆け寄り伸ばした手を握る。
「エルセナ…」
「ダメ…行っちゃ…ダメ…」
シャクルの握り返す手を、エルセナは己の頬に運び当てた。
「お願い…行かないで……1人にしないで…」
「………」
「シャクル…お願い…」
「…頑張れよ、エルセナ。元気な赤ちゃん生むんだぞ」
そう言って微笑みかけ、握る手をゆっくりと離す。
「いやぁ…行かないで…シャクル…」
「大丈夫だ。必ず…必ず戻るから」
「シャクル…待ってシャクル…!」
……――パタン…
外は吹雪に変わっている。
薄暗い空を見上げ、己の頬をバシッと両手で叩くシャクル。小さく「行くか…」っと呟き、吹雪に荒れる雪道を走った。




