P.014 継承と誓い(2)
「な、なぁ…どういう事だよ?説明してくれよ」
そう言ってシグを見るが、シグは無言で俯いたまま動かない。シャクルはエルセナに視線を移すと、エルセナはゆっくりと目を閉じ小さく息をはく。
「…昔々…」
答えるエルセナが口を開く。まるで今から子供達にお話を聞かせるような、とても穏やかな口調で……
…………………………
1万年――…いやもっと前になるだろうか…人の文明が創られはじめた頃、2つの顔を持つ地球は、自然に満ちた平和な世界であった。
核なる大地と呼ばれしマザーランドは、様々な種族が暮らす緑に溢れた世界。外界大地と呼ばれるアースランドには、霊召士と共にマザー無き世界でも影響を受けない人間が移り住み、互いにそれぞれの歴史に生きていた。
自然界を見守る『地・水・火・風・光・闇』の女神達は、これらを統べる『命・時』の精霊の命により、2つの世界を行き来していた。この6人と8体の精霊により、自然界は守られていた。
それから時代は進み、マザー無き世界に生きている内、マザーを使えぬ体になっていったアースランドの人間。それが普通となりかけていた…むしろ霊召士という存在すら忘れてられていた頃の事。1人の男が霊召士の力を望み、闇の精霊を宿す女神を殺し、その身に闇の精霊を憑り込んだのだ。
素養の無い身になった人間が、強大なマザーを持つ精霊を憑り込んだ事により、闇に繋がる負の力に呑み込まれ、欲深き人の心が暴走した。ただ人を統べたい…支配したいという欲望に…
これが悪夢の始まりだった……
"悪しき心"に暴走した精霊は制御を失い、マザーランドのマザーを吸収し、他の精霊達もどうする事も出来ない【冥王】へと姿を変えた。
自我を失い、欲望のまま破壊を繰り返す冥王。名を【デフィテンザーク】
女神達は精霊の力を駆使し立ち向かうも、冥王の強大な力の前に倒れ、皆死んだ……
そこで【"命の精霊"レリス】。【"時の精霊"クロノ】の2大精霊がその身を捨て、マザーの根源を司る世界樹へ、世にあるマザー全てを使い冥王を封印したのだ。
そうして世界は再び平和が訪れた。
しかし冥王は死んだ訳ではない。ただ封印されただけ。精霊達にはわかっていた。冥王の力は全く弱まる事はなく、封印に力を注ぐ命と時の精霊、世界樹のマザーが弱まっていくのが……近い将来、再び冥王は蘇る。
そこで精霊達は残る霊召士らと誓いをたてた。
『もし再び冥王が蘇る時がくるのなら、"光が消えれば闇も消える"…その自然の摂理に従い、光の精霊と共に相殺消滅をしよう』…それまで光の精霊ナックが世界樹を見守り、危機が近づいた頃に地上の霊召士を連れ、共に死のう…っと……
……………………………………
…………………………
話しが終わり、シャクルは唖然とした。
「つまり、その冥王が復活?」
「そう…自然元素を消してでも、終わりにしなくちゃいけない歴史。私が命をかけて世界を守らなきゃいけないの」
「おいおい、そんなの嘘だろ…」
「嘘じゃないわ。霊召士には代々この話が伝わっているの。冥王はもうすぐ復活をする…私が死ねば、皆が助かるの」
「ま、待てよ!何で死ななきゃいけないんだよ!?…もしかしたら倒せるかもしれないだろ?その冥王を」
「シャクルや…無理なんじゃよ」
「え…?」
「そうなんだ。冥王を消すには、ボクの力の消滅意外に手はない。倒す為には霊召士の生命力を全て使って相殺するしかない」
「そっ、そんな……やってみなきゃわからないだろう…なら、俺が戦う。俺が倒してやるさ!エルセナは死なせねぇ」
「シャクル…でも…」
「余計な手出しは無用だよ。死人が増えるだけだ」
「何だと…!」
「死ぬのはボクと霊召士で十分さ」
「テメェ!!」
怒りの表情でナックに向かうシャクル。
「これシャクル!」
「やめてよ!!」
エルセナの声が響き、ナックに向かうシャクルが足を止める。
「エルセナ…?」
「もういいの…いいのよ…もう…」
声が震えている。ゆっくりと祭壇を降り、そしてシャクルの横を通り過ぎ、
「ごめんね……少しだけ1人にさせて…」
小さく呟き寺院を出る。
小走りに遠退いていくエルセナの背中に、シャクルは何も言えなかった。
「…ごめんよ。ボクの言い方が良くなかったよね…?」
「いや、いいさ……よく知りもしねぇ奴が熱くなっちまって悪かった。考えてみりゃ、俺達の世界の為にお前が来てくれたようなもんなんだよな」
その言葉に以外そうな表情を浮かべるナック。
「まさかそう言われるなんて思ってもみなかった…『来てくれた』だなんて」
「?」
「だって言い方を変えれば、ボクは1人の霊召士を強制的に死なせてしまう…死の精霊のようなものなのに……ボクの力を継承すれば死ぬのに…何の曇りもない笑顔で『おいで』なんて…」
するとアグナーがふわりと浮き上がり、ナックにすり寄っていく。
「やぁアグナー。久しぶりだね…何千年ぶりだろうね?」
優しく微笑みアグナーを撫でるナック。
「心配するな。エルセナは…わしらもお前を死の精霊などとは呼ばん。あの子が決意したのなら、共に戦おうぞ…ナック」
「ありがとう。すごく嬉しいや…」
◆◆◆――…
数時間後……外はもう夜だ。
月明かりの小高い丘の上に1人、エルセナはいた。静かに月を見上げている。
そこにシャクルがゆっくりと近づいた。するとエルセナが気配に気づき、シャクルを見る。
「1人にしてって、言ったじゃない…」
「………」
呟くように背を向けるエルセナ。
「もう帰って…」
「…いや…その…」
その背中にかける言葉が見つからない。こんなにも小さな背中に、突如背負った大きな使命。それは"平和"と共に訪れるであろう"死"……自らの"命"と引き換えの"平和"なのだから……
胸が締めつけられた……
死なせたくない!!
シャクルはエルセナを後ろから抱きしめた。
「っ…シャクル?」
「…!」
何も言わず、ただ強く抱きしめる。
するとシャクルの腕に、そっとエルセナの手が触れた。
「何でよ…何でぇ…」
抱きしめる肩が震えはじめ、エルセナの頬を涙が伝う。
「何で来るのよぉ…」
「悪い…」
「バカ…」
触れるエルセナの手が、抱くシャクルの腕を強く握る。
「祖母様が言ってたの…マザーランドから伝わるマザーが最近変化している。もしかするとそろそろ冥王が復活するかもしれない、って…私がそうでも構わないって思ってた。世界を救う事が出来るだなんて、霊召士としての最高の"誇り"にさえ感じていたわ……なのに…」
シャクルの腕にポツ…ポツ…っと、大粒の涙が落ちてきた。
「どうして…どうして貴方に出会っちゃったんだろ…」
「エルセナ…」
「出会ってしまわなければ、こんな気持ちにはならなかったのに…」
するとエルセナはシャクルの腕を振り払い、その泣き顔を向けた。
「貴方は…貴方は私の"誇り"にとっての重荷でしかないの!!お願いだから帰って!…ここにいないで!…私の傍に…もう傍にいないで…」
溢れ出る涙に震えるエルセナの体を、シャクルは再び抱きしめた。強く…そして優しく頭を撫でる。
「………」
「どうしてよ…」
シャクルの胸に顔を埋めたエルセナは、ゆっくりとシャクルの体に腕を廻し、ギュっと抱きついた。
「どうして…どうして私なの?嫌だよ…死にたくないよぉ……ずっと一緒にいたいよぉ、シャクル…」
「精霊の誓い程強くねぇけど、俺も誓う……絶対死なせない…お前を絶対に死なせない…!」
月明かりの小高い丘の上。ゆっくりと…静かに……シャクルとエルセナの唇が重なった…




